帰り道③
「エリック!?大丈夫か…」
煌々たる白光下に照らし出されると同時に見えたそれは、黒服の騎士の姿だった。
息が乱れ、肩が不規則に上下している。
エリックと呼ばれた人物が歩いてきたと思われる道のりに、ぽつぽつと柘榴色の液体が垂れ落ちていた。
近づてくる気配に彼も気づいたのか、ばっと顔を上げてこちら側を見る。
「え、団長…クラウス副長…。なんでここに…」
目が合った途端、鋭かった眼が一瞬にして丸くなり、徐々に眼のふちから涙を滲ませていく。
平静を装おうとしたであろうその声は最後になるにつれ、酷く震えていた。
「…なにがあった。その傷は、白騎士との戦闘ではないな」
アルベルトは応急手当をしながら彼に話しかける。
まるでガラス細工を触っているように優しく、それでいて迷いない手つきで処置していた。
エリックも次第に安心してきたのか、強張った肩が緩んでいく。
半分開いていた彼の口が一度閉じ、喉仏がぴくりと動いた。
「……はい。その通りです。白騎士に扮装した侵入者が入り込んでいます。今の所、確認できたのは七……いえ、八人です」
「白騎士に?では先程見かけたのは…まさか」
「…あぁ~なるほどね…負傷者については?そこのところ、分かるか、エリック。できる限り、詳細を教えてくれ。勿論、無理しない程度にね?」
「はい。ご心配有難うございます。ですが、私よりも先輩の方が酷い怪我で…………それなのに、それなのに…」
ハキハキとしていた声がだんだんと曇ってきて、涙を見せまいとエリックは俯く。
彼に伝えられていく情報を脳が理解すると、私の血がスーッと体全体に動いて落ちていく感覚がした。
——エリックさんから様子を聞く限り、エリックの先輩は大怪我している可能性がたかい!?
えっ…でも、私らが通ってきたルートではすれ違っていないし、怪我をしているならばそんなに遠くには行っていないはずだ。
マリアは慌てて周りを見渡し、誰もいないことを確認した。
場所確認のため護衛騎士たちに相談しようとしたが、アルベルトもクラウスも…エリックの話を聞いて、慌てるどころか何処か納得しているような雰囲気を見せた。
むしろ、二人とも呆れているような表情をしている。
——あれ?思っていた反応と違って、私の方が困惑するんだけど?
私の頭の中は困惑と疑問が竜巻のようにぐるぐる回っていく。
その人、心配無用系なの?大丈夫な奴?
……というか、アルベルトもそんな表情ができたのね…嫌いな食べ物を食したときかのように顔が引きつっているわよ……。
ある意味すごい人物なのかも?アルベルトにそんな顔をさせるほどだし……。
もしかして、その人常習犯なのか?だからか、だからなのか?
だれか、私に答えを教えてくれませんかしら!?
若干、怒り気味に心の中が暴走しているマリア。
そんな彼女の心の中を知らないクラウスは、んー………、と思案声を漏らしながらもあっさり言った。
「エリックと当番のやつは…あぁ~確かに、あの戦闘狂ならやりかねない…まぁ。アイツのことなら大丈夫さ。暴れ馬よりも暴れる狂人だから。きっと血だらけになりながらも、けろっとした顔で帰ってくるよ」
「エリック。よくやった」
「……っつ……いえ、自身にできることをやったのみです。むしろ、この傷は私の力不足で…」
「…そこまで判断できるなら十分だ。応援を呼びに行こうとしただろう?」
「はい。流石に、こんなところに団長や副長がいることは知りませんでしたけど………そういえば、どうして…」
団長に褒められてまた泣きそうになってしまったエリックは咄嗟に話題を変える。
彼の疑問に対し、クラウスはまるで自慢話しているかのように胸を張って答えた。
「ふふん。お嬢様の付き添いで偶々ここに用事があってね」
「お嬢、様?…………ええ!?マリアお嬢様!?」
クラウスに言われて初めて私の存在に気づいたようだ。
マリアの姿が彼らの影になって隠され、エリックの方から上手い具合に見えなかったみたいだ。
…彼に幽霊をみたかのような反応をされ私はちょこっと傷ついたが、挨拶しないわけにもいかない。
「え、は、初めまして。マリア・グラツィアですわ。どうぞよしなにエリックさん」
「いっ、いえ、ご丁寧に…わ、私は」
「おい、遮ってわるいが挨拶している場合ではない…二人ともすまないが後にしてくれないか。エリック、奴らはバラバラに分かれたのか…どっちの方向だ?」
「あ、すみません。団長!…方向は…」
そういいながらエリックとアルベルトはたったと駆けていく。
ひとまずコレが落ち着いてから後日、彼らが所属する騎士団にご挨拶へ伺おうかしら。
二人の姿が見えなくなったころ、クラウスが私に声をかける。
「お嬢、俺らは公爵のところに向かいましょうか。エリックたちの方は大丈夫ですよ~。なんせ、黒騎士の中でも圧倒的な強さを誇る団長がついていますからね。………あっ、もしかして、もしかして俺の方を心配していますかね!?確かに、俺一人だと心もとないかもしれませんが、これでも実力は団長の折り紙付きですのでご安心くださいね!」
彼は私と目線を合わせて安心させるように話しかけてくる。
私が無言でいたからか不安になっていると勘違いされたようだ。
全くそんなつもりも考えてすらいなかったことなので、否定するためにマリアは口から声を出す。
「そんな…クラウスの実力を心配しているわけではないの…。貴方とは短時間でしか接していないけれど信用できることは確かだから……」
——だから……
「ねぇ、クラウス。一つお願いしたいことがあるの…」




