帰り道
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私の名前と続けざまに告げられた言葉。
先程のことは夢だったではないのか、とそんな疑問を感じてしまうほど、彼女にとってはあまりにも都合がよすぎるものだったからだ。
呪文を唱え終わるのを眺めている間、しきりに手の甲をつねってみたり頬をたたいてみたりもしてみた。
クラウスには心配されたが、その件については本当に申し訳ない。
そうこうしているうちに無事にアルベルトとも合流をはたした。
相変わらず彼のオーラは、存在感を主張し続けている。
ここまでくると、怖いよりもちょっと五月蝿いのほうが勝ってくる。
最初はただの黒色を纏っていると思ったが、ここにきて違うことが判明した。
粘着質のストーカーのようにつきまとっているオーラは、完全な漆黒などではなく暗闇を照らすランプのようなカバーをつけた黒色だ。
結局、黒のことには変わりない。
彼は、歩く黒色ランプだ。
とても便利である。
今回、彼が居てくれたおかげでマリアの恐怖心が
和らいだ。
心もとない明かりだけでは、やはり不安だったのだ。
ぜひ、今後とも仲良くしてください!アルベルト
彼女は暗闇が怖いのである。
マリアは話せるタイミングを見計らって彼らに声をかける。
「…ねぇ、クラウス。ありがとう」
「……ん?ああ、抱えて走ることくらい何ともないですよ。なんせお嬢は羽のように軽いですからね」
「…ナンパ癖はあれど一応、曲がりなりにもコイツは騎士だ」
「ちょっと、団長!“一応”は一言余計ですって!?」
「…ふふ、勿論。そのことも、とても感謝しているわ。貴方がたのおかげで彼と長く話すことができたわ」
本来、もうちょっと早くから出発しなくてはお父様との約束の時間には到底間に合わない。
それを分かっていて実行してくれたのだろう、この二人は。
かなりギリギリのスケジュールだが、大丈夫なんとかなるだろう!そう信じたい……。
帰り道、やっとアルベルトにも合流できたと思ったらクラウスに声をかけられて、さっとマリアを抱えあげられた。
一瞬、何が起きたか分からなくなって私はされるがままに。
そして、気がついたら地下牢を爆走していた。
道すがらにいた囚人さん達がぎょっとした目でこちらを二度見していた。
——気持ちはお察しします。
傍から見れば、騎士服を着た二人組が女の子を攫っているようにも見えた。
——だから牢の中にいるそこの心優しい囚人さん、大丈夫ですよ。この人達は一応正規の騎士ですので……私、攫われているわけではないんですよ……。
囚人たちの中には、体をある程度自由に動かせるものもいるようだ。
その人は、小さいマリアが攫われているように見えたのだろう。
体を動かすことができれど声は出すことができないのか、鉄格子に手を掛け必死にガタガタ揺らしていた。
目を光らせてこの場所を巡回している看守さんが”何事だ”と言いながら詰め寄っている。
だがしかし、話すことができないからか会話に困難しているようだ。
瞬時に囚人さんも会話できないことに気づき、私達の方へと指差しながらなんとか伝えようとしていたが…看守さんに”何のことを言っている?”と首をかしげながら言われている。
可哀想なくらいがっくり肩を落としている様子の囚人さんの姿が最後に見えたのであった。
——囚人さん、哀れなり。
誘拐犯(仮)の二人組はというと、そんな囚人さんの様子に気づくことなく全力疾走で駆け抜けていた。
走りながらでも喋る余裕はあるみたいで、騎士って凄い…。
誘拐犯と勘違いされたことはこの際黙っておこう。
私に彼らの意図が伝わっているのが、恥ずかしがっている騎士さん達に今伝えることではない。
「……………うわぁ~。気づいていたんですか。チョッ、恥ずかしぃ…」
「……気にすることはない。俺達が勝手にやったことだ」
「…お嬢、団長の言う通り、気にしないでくださいね。…あ、でもでも、公爵には内緒ですよ?これ以上のペナルティ倍増は俺が死んでしまいます!団長は死んでも生き返るので大丈夫ですけど…俺は人間なんで!!そこのところはよろしくお願いします!!!」
「…おい、クラウス」
「ふふ、分かった。クラウスもアルベルトも有難う」
「いえいえ、どういたしまして」
「………任務はきちんと遂行する…」
知り合ってばかりだったからいろいろと心配していたけれど、思った以上よりも親切な人たちで良かった。
目的も一先ず達成できた……それと同時にあの子の言葉を思い出す。
私の心の箱が嬉しい気持ちでぎゅう詰めになるくらいにいっぱいだ。
——うぅ~。この気持ちを誰かと共有したい、話したい。
そんな風に思いながらも彼女は顔にも声にも出さない。
そのかわりに言葉にしたのは、
「ええ。最後までお願いね。グラツィア公爵のところまで私を時間通りに届けて!!」
彼らへのお願いだった。
アルベルトとクラウスの軽快な返事が返ってくる。
「……承知」
「はい!!どーんとお任せください」
「頼りにしてます。騎士様方」
貴族の令嬢と誘拐犯(仮)の三人組は、周りのカオスな状況を気にせず只管に廊下を猛ダッシュするのであった。