子供特有の子供らしさ
「こんなに笑った日なんて一体いつぶりだろうか……………」
「…………」
「…………もし」
「…………?」
「もしも……あんたが俺の最初の主人であったなら、もうちょい俺の人生もマシなものだったかもしれないな……」
彼は自嘲するように、けれどどこか遠くを懐かしむような、優しい声でそう言った。
「…………」
「……はは、なん~て。なに、冗談だ。奴隷同然の扱いはもうこりごりだ。だから、そんな顔しなくt……」
「……それはっ!!」
遮るように響いた私の声に、彼の言葉が凍りつく。
「それは――今からでも有効?」
「………………………は?」
呆然とする彼を、私は逃がさないように真っ直ぐに見つめた。
「あなたの過去を変えることは、流石の私でも無理だけれど。……今なら、貴方の本当の意志を聞くことができるわ」
ままならない感情を言葉を彼にぶつける。
冗談だなんて、そんな言葉で彼自身を切り捨てさせるものか。
そんな悲しい諦め方を、マリアが許すはずもなかった。
少なくとも、私はそうしたいと思った。
「貴方は、どうなの?」
「はっ……。な、に……言ってるんだ。冗談だって、言っただろう……」
必死に虚勢を張ろうとするその声は、微かに震えていた。
言葉の節々に、抑えきれない彼の感情が、隠しようもなく滲み出ている。
彼の瞳には生気が宿っていた。それは、先ほど見た“糸の切れた人形”のような空虚さとは程遠い、一人の人間としての、命の輝きであった。
彼が嘘をついて演技をしているようには、どうしても見えなかった。
もしかすると、私が勝手にそう信じたいだけなのかもしれない。
けれど、激しく揺れ動くその双眸は、彼がどれほど否定しようとも、隠しきれない本音を饒舌に物語っている気がした。
「…………少なくとも、先ほどの貴方が冗談を言っているようには、聞こえなかったわ」
「だから、冗談d………いや、こんなこと俺が言ったとしても、あんたはさっきみたいに否定し続ける、だろうな……」
「ふふ、私のこと少しずつ分かってきているじゃない。当たり前でしょ!」
「……だが、現実的に無理だぞ。……あんたの父である公爵が、俺をそう簡単に許すわけがない」
「ふふ。案外、何とかなるものよ。……いいえ、何とかしてみせるわ。私は、そう決めたの。だから……」
「………?」
「貴方も、生きることを諦めないで」
「…………っ…」
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――変な奴だ
俺に話しかけているコイツを見て、最初に抱いたのはそんな感想だった。
未だに一人で話し続ける令嬢に、ほんの少しだけ興味が湧いてきて、少しぐらいなら暇つぶしに話してみてもいいかなと思った。
――だが、嫌いじゃない
命乞いにまみれた泣き言や、偽善を振りかざす振る舞いを聞かされるよりは、断然、心地よかった。
今まで会った奴らとは、何かが違う。
俺のことが怖いはずなのに、コイツは逃げ出さない。
それどころか、俺の目を真っ直ぐに見据えて、一歩も怯まない。
――一等の変わり者。
帰るように上手く説得したつもりが何故か怒られ、しまいには頑固とか石頭とか言われる始末。
これまで、もっと悍ましい罵言を浴び続けてきた俺にとっては、そんな言葉、ちっとも痛くも痒くもなかった。
……一瞬、語彙の少なさに驚き呆然としてしまったが、何より驚いたのは俺に似合わない言葉が入っていたから。
『親切』だなんて。……俺が? あり得ない。
――もしもがあるなら……そんな言葉を抱かずにはいられないほど、彼女との時間はあまりに眩しかった
最初は、世間知らずで殺されることも理解できていない、頭がお花畑な令嬢かと思ったが、彼女と話してみて俺の考えが全くの見当違いであったことが分かる。
こんなにも心から笑えたのは、一体いつぶりだろうか。
……無意識のうちに、胸の奥に秘めていたはずの想いが、独り言となって空気に溶け出していった。
すると彼女は、突如立ち上がる。
目の前にいるこの子は、こんなにも小さかったのか。
話し方や態度もやけに大人びていて忘れていたが、情報には確か五歳と記されていたような?
………もしかして貴族の子供っていうのは、みんなこんな感じなのか?
目の前にいる彼女はどこか、左右をかけまちがえたボタンのようにアベコベだ。
左右のボタンは見た目も形も同じもの。
だが、彼女のボタンだけは何故かかけ間違えているように感じた……。
彼女は嘘をついていない。
それは俺の経験上、間違いではないことが分かる。
ただ……子供特有の子供らしさがないようなそんな気がした。
まるで使っている食材や調理の仕方までいつもと同じなのに、食べた時に砂のようなガリっとした変な違和感を感じたときのようにどこか彼女は可笑しい。
……実際に彼が感じていることは、的を得ている。
だがマリアは彼女で、彼女はマリアなことは確かであった。
それゆえに、彼は自身で感じたことと事実の違和感に困惑してしまう。
結局のところ、考えた末にだした答えは俺の気のせいだったかもしれないという結論だった。
拗ねていることすら認めようとしない頑固さとか、普通に子供らしいところがそういえばあったなと思い出す。
最初の時点で会話してくれなければ、これ以上までない子供らしさ秘技・駄々こねを彼女に披露されていたとは微塵も知らない彼。
もしもそれが実行されていたならば、彼が怪しむことはなくなるだろうが、マリアのプライド心にはかなり深い傷を負ったであろう。
ぼんやりとした思考で彷徨っていたはずの脳が、彼女の発した言葉によって目を覚ます。
頑固なのは彼女も変わりないようだ。
いくら否定しても全く聞き入れてくれやしない。
早々と俺が先に折れてしまい、最後の抵抗として公爵の話題をだした。
“たぶん無理だろうな”と自身では諦めていた……浅はかな希望だ。
それでも……例え力なくとも、それが歪であったとしても、笑みを浮かべることができたのは、間違いなくこの子のおかげだろう。
俺の人生で出会えたことが奇跡だ。
それで、この話は終ったはずなのに…。
「だから、貴方も生きることを諦めないで」
「…………っ…」
その言葉が、その真っ直ぐな水色の瞳が、俺の胸を何よりも重く貫いた。




