対面③
公爵の目を真正面に見ることができなくなった。
ありゃ、やはり、そこに気づいてしまうか。
ほんの少しの驚きと思わず肯定したくなるほどの納得感が私の心を占めた。
そうだよね。むしろ疑問に思わなければ寧ろ変か…。
お父様から見れば突然、娘が急成長したように見えてしまっていることだろう。
今までの私であれば、首に突っこまないで尋ねもしなかった会話だったはずだ。
それらを含めて考えると、身体中の水分という水分がじりじりと干上がっていく感覚がしてくる。
(正直、やらかしている自覚はかなりあるのよね…)
「旦那様、子供の成長は早いものですよ。とくに女の子となると」
「…そうだね。マリアも大きくなったね」
「…ええ、当たり前です!私だって日々、成長していきますもの!」
彼女は願をかけるように“大丈夫、大丈夫。まだばれていない”そう何でもないように言い聞かせて彼らの会話に参加する。
今度からはちょっとだけ自重しようと心に誓った。
しばらく会話している皆を眺めていると、何処かいつものお父様ではないような気がした…。
何かに苛立っている?ような…いつもと雰囲気が少し違って見えた。
それもあくまで勘でしかないが、一応私の中できちんとした根拠は存在する。
…何故なら、普段のお父様であれば先程の私の様子に気づいていそうだから。
たったそれだけではあるが、たったこれだけで確かな理由になり得ると私は思った。
あとなんか、今のお父様すごくこわい。
実の所、彼女が気がついたこの小さな違和感。
このあと公爵のとある言葉によって、それは強ち間違いではなかったことがすぐに証明された。
「そうだ…クラウスよ」
「は、はい。なんでしょうか」
「今回の付き添い、アルベルト達と一緒にクラウスも行っても構わないよ?」
「えっ!?ホントですか!?」
「ああ、勿論」
「はい、拝命されました!!」
まるでポップコーンの種のようにはじけて、すぐにでも外へと飛びだしていきそうなくらい喜んでいるクラウス。
その一方でお父様の方は…頬と口との周りを綺麗に作られていたが、彼の綺麗な眼は一切笑っていなかった。
「では、マリア。もう準備が整っているなら早ければ早いうちに案内してもらいなさい…」
「……?…早いうちに、ですか?」
「うん、そうだよ。クラウスはこれから五か月間、鍛錬2倍ペナルティ付きになるから」
「えっつ!?こ、公爵様!?」
「そうなると、マリアのゆっくり案内できる時間がなくなるだろう?……ああ、それとも他の騎士に任せれば問題ないかな?」
「……っつ……いえ、公爵のご心配には及びません。ご安心ください」
「そうかい?ならいいが…」
ポップコーンの種はグラツィア公爵の手によってあっという間にしぼんでしまった。
…ああ、やはり怒っていたのね、お父様。
現在、公爵が浮かべている笑みは、茶会やパーティなどでよく見せているような薄っぺらいものだった。
この微笑みで、いままで何人の女性が褒めたたえて嘆いて騙されてきたことだろうか。
お父様の微笑みには実はなんの深みもないことをマリアは知っている。
機械的に見せるスマイル、ただの習慣の一つ、“笑顔”という名の仮面の形を作っているだけに過ぎない。
まぁ、身内しかいない(マリアがいる)今の状況では、さして怖くはない……。
でもその微笑みの濃度の薄さを見るたびに、彼女は恐怖を感じることもあった。
お父様は基本、私に対してソレを見せることはあまりない。
だからこそ、慣れることないその笑顔をときどき見かけるたびに、私の心臓はビクッと跳ねることになる。
まるでランダム性のあるビックリ箱のようだ。
公爵はそんな可愛らしいものではないため、その笑顔で確実に誰かの寿命を縮めていることだろう。
父様の笑みは一種の凶器だ。
本人にそんなことは言えるはずもないけど、これは間違えのない事実だ。
その事実を踏まえて分かるのは、今の一連の父の会話はクラウスをただ揶揄っているだけに過ぎない。
クラウスは焦っていて気づいていないようだが実際に…先程の仮面とは打って変わって、お父様の目線は彼自身を包むかのような優しい眼差しに変化していた。
(お父様…揶揄うのも程々にしてあげてくださいね?)
グラツィア公爵は娘に悟られていることに気づいたのか、今にも舌を出しそうな悪戯っぽい笑みを浮かべる。
$$$
とある一室。
暗闇に潜んだ影が二人ゆらりゆらりと蠢く。
部屋には、西洋式の甲冑やら象牙やら鹿の剥製やらが飾られ、住人の趣味の悪さをこれでもかと誇示しており、その片隅にはひっそりと明かりがともり続けていた。
時々、柱時計の振り子の音が戸の隙間から漏れて聞こえてくる。
「報告に参りました」
「……聞いたぞ、どうやら失敗したようだな」
「はい、アレの生死は不明。少しこちら側の人材を失いましたが…問題ありません。公爵家の警備も強化されてしまったため、捜索するにも容易には動くことができなくなりました」
「確か子供の精霊使い、だったか…ちっ、アレはまだ使える。取り返してこい!他の始末も終わっているんだろうな?」
「…勿論。アレらは使い捨てで痛くもかゆくもございません。…次こそは、成功することでしょう」
彼らの会話が途切れると同時に、そこにいたであろう闇はその濃さを増して、やがて影の輪郭さえも覆い隠し、静かに消えていった。
子供の叫び声、石を蹴る馬蹄の音、動物の悲鳴のように鳴り響くドアベル。
いろんな音が絡み合って闇の中に沈殿していく。
そして闇の影もまた静かに、その日常へと溶け込んでいく。




