対面②
「騎士、アルベルト・シュタインと申します、お嬢様。先程のご無礼をどうかお許しを」
「…いえ、私にも非があるので大丈夫ですわ。マリア・グラツィアと申します。こちらこそ案内、よろしくお願いたしますわ、アルベルトさん」
マリアは食物をゆっくりと咀嚼するときのように丁寧に言葉を切ってしゃべった。
貴族令嬢というものは、生まれた瞬間から『美しい所作』というものを求められている。
それは女性としての価値の一つにもなるし、一種の武器でもあるからだ。
例え幼くとも、令嬢として生まれたマリアも例外ではない。
その頬は、まだ赤みが帯びていたが彼女のカーテシーは貴婦人にも劣らないものだった。
………はずなのだが何故か私が挨拶した後、彼はその大きな深紅色の美しい目を開く。
そんなに驚くような要素なかった気もするが無意識に失礼なことでもしてしまったかもしれない。
身体の水滴が流れていくのを感じる。
念のためチラリとお父様の方を見たが、ニコニコと見守っているだけで私への注意なども全くなかった…。
アルベルトさんも何も話さないから、しばらくは気まずい見つめ合いが続くのか…。
そう思いきや、もう一人の青年によって状況が一変する。
「お初にお目にかかります、お嬢様。同じく、黒騎士所属のクラウス・フォルマーと申します。先程のお嬢様へのご無礼、どうかお許しください」
「ええ、許します」
「お嬢様の慈悲深い心に感謝を…」
そして、目の前で膝をついて流れるように私の手を取り、彼は手の甲へと触れる。
「おい!?クラウス」
「これくらい挨拶の基本ですし、今回ばかりは別に構わないでしょう公爵。…今まで、お嬢にお会いできる日をずっと楽しみに待っておりました。敬称は必要ないですよ。どうか、クラウスと呼んでください」
「え、あ、くらうす?」
「はは、そうです。そう呼んでください。何かあればこのクラウス、お嬢様のためならばどこへでも駆けつけましょう」
「…ええ、ありがとう。クラウス」
クラウス自身の親しみやすい雰囲気が自然と私の緊張を緩ませたのだろう。
…いつの間にか、彼に身を流されるまま動かされてしまっていた。
サラッと手の甲にもキスを落としていく。
鮮やかな手口。
随分と手慣れていますね。
騎士さん…さてはあなた常習犯ですね。
やはり、陽キャ属性は怖い…。
心の中では半泣きなマリア。
——ところで、何故そんなにお父様は慌てていたのかしら。
マリアはそう思い、先ほどから黙りこくっている父様のほうへと向く。
彼はこめかみの辺りをひくつかせており、体全体でぶるぶると震えて、どうみても明らかに怒りの不機嫌さを物語っていた。
その公爵の様子を見て、マリアは素早くアルベルトの後ろへ…。
いついかなる時も、命は大事にするものだ。
「ぐ、グラツィア公爵?」
「ハハハ、そんなに私を見なくても…私は寛容だからね。許してあげるよ?ああ、勿論さ…そういえば…マリア。先程からアルベルト達を見ていたが、何か気になることでもあったかい?」
「えっ!あっ、いや、その…こ、この間王宮では白を基調としていた服を着ている方をお見掛けしまして、それに何か意味があるのかと思いまして…」
「ああ、そういうことか…黒は我が家の騎士達で王宮の近衛騎士は白色…それぞれ所属している騎士団が違うんだよ。詳しくは後でアルベルト達に聞くといい…」
「は、はい。分かりましたわ!」
ボーっとしていた間、正直…彼らに見とれていただけだ。
だけど流石にそんなことを今のお父様の目の前で言うことができず、咄嗟に彼女は言い訳したが何とか彼の追求から免れたらしい。
それすらもバレていたら終わりだけど…
「それにしても、マリアから突然そんなことをお願いされるとは思わなかったな…」
“ぎくり”、そんな効果音が思わずついてしまうほど顔が引きつっている自覚があった。