エピローグ前編~安心して~
ミネルバがカインを連行していった。どこへ連れていくのか謎であるが、カインが絶望的な表情を浮かべていたため、決して彼が望む場所ではないと察せられる。
ブレイブは起き上がり、安堵の溜め息を吐いた。
「世界を癒す事ができて、本当に良かったよ!」
「そうですわね。ですが、問題はここからですわ」
シルバーも起き上がり、悩まし気に首を傾げた。
「東部地方の住み分けを本格的に考えなくてはなりませんわ。今までは闇の眷属だけ生き残ればよいと考えていましたけど、そうもいきませんもの。大きな恩義が出来てしまいましたわ」
エリックが倒れたまま頷いた。
「水の出どころが少なすぎて、誰もが長く住める地域ではないが……なんとかしたいな」
「東部地方は砂漠が多すぎますからね。水を引くか、水を保つ方法を試せばいい気はしますよ」
グレイが口を挟んだ。ナイトを抱きしめたまま寝転がっているが、会話をしっかり聞いていたようだ。
「ダークさんから教わりましたが、オアシスはある程度人工的に作れるらしいですよ」
「かなり手間が掛かるけどな。殺しあうよりはマシだろ」
ダークはめんどくさそうな表情を浮かべて、あぐらをかいた。
「また頭が痛くなりそうだぜ」
「今は左肩の怪我を治すのに専念してください」
メリッサが、ダークの左肩に包帯を巻いていた。カインの部下が放った矢に貫かれていたが、血は止まっていた。
ダークは溜め息を吐いた。
「敵の介抱なんかやっていいのか?」
「あなたなら大丈夫だと思います」
「何が大丈夫なのか知らねぇけど……欲しいものはあるか?」
「お礼をしてくださるのですか? 律儀ですね」
メリッサが微笑むと、ダークはそっぽを向いた。
「人の恩義に報いるように、マザーから何度も言われていたからな。随分と不孝を働いたが、この言いつけだけは守ってやりてぇんだ」
「そうですか……では、遠慮なくお願いしますね」
メリッサは包帯を巻き終えて、一呼吸置いた。
「あなた自身の心と向き合ってください。サンライト王国でブレイブ様がやってほしかった事と同じです」
「それはできねぇ。変えろ」
ダークがメリッサを睨む。切れ長の瞳がぎらついていた。
メリッサはきっぱりと言い放つ。
「嫌です」
「変えろ、刺すぜ!?」
ダークの口調が荒くなる。震える手で、赤く染まっている矢を握る。自らの肩を貫いていた矢だ。
「俺は永遠に殺し合いをやる! 敵に恐れられ、従わせるマリオネットだ!」
ダークが吠えて、メリッサを力づくで押し倒す。
アリアが拳を構える。しかし、ブレイブが首を横に振って制した。
メリッサは、真剣な眼差しでダークを見つめていた。
「あなたの呪縛を断ち切るのは、罪になりますか?」
澄んだ声だった。
「あなたは大切な人たちを守りたかったのでしょう。誰かを傷つける以外の方法があれば、そうしたかったのではありませんか?」
ダークは答えない。唇を噛んで、全身を小刻みに震わせていた。
メリッサは続ける。
「あなたの呪縛は、あなた自身が断ち切るべきです。しかしながら、介抱した人間を刺し殺す道もあるでしょう。私が苦しまないようにお願いします」
メリッサは両目を閉じた。
波の音だけが、辺りに響く。
やがてダークは、メリッサから離れて、矢を水路に投げ捨てた。
「……ローズベル様、ご報告があります」
「何かしら?」
ローズベルはゆっくりと立ち上がる。
ダークは自嘲気味に笑った。
「ローズ・マリオネットを続けられそうにありません。あなたの命令に従うのは、これが最後となるでしょう。どうしますか? 出来損ないのマリオネットとして始末するのなら、今のうちですよ」
ローズベルは闇色が迫る空を見上げた。
「そうね。あなたが変わってもおかしくないわ。リベリオン帝国の有り様も変わるでしょうし。今後あなたがどうするのか、あなた自身が決めなさい」
湿った風が吹く。
ローズベルはルドルフに向き直る。深々と礼をする。
「一人のローズ・マリオネットが戦線を離脱しますが、どうかお許しください」
「いいぞ。もともと神官だしな、無茶をさせたな」
ルドルフは朗らかに笑っていた。
ダークは首を横に振った。
「ローズ・マリオネットは俺自身が選んだ生き様でした。充分な働きをできなかったのが、心残りです」
「ダークさああぁぁぁああん、泣くならあたしの胸に飛び込んでおいでぇえええ!」
グレゴリーが号泣して両手を広げていた。
ダークは口元を引くつかせた。
「誰が泣くと思ってんだ?」
シルバーは深々と頷いた。
「グレゴリーと肉体関係ができたら、詳しく報告なさい。特別に聞いてあげますわ」
「ぶっ殺されてぇようだな」
ダークが拳をワナワナと震わせるのを、ブレイブは笑って見ていた。
「僕は安心してサンライト王国に戻れそうだ」




