世界を救った先に
景色が消えた。果てしない混沌と言うべき世界になった。
そんな中で、ブレイブは意識だけつなぎとめていた。
肉体はもう見えない。五感のすべてが消えている。
しかし、不思議と恐怖は無かった。
みんながいる。
そんな気がしていた。
ブレイブのやる事は決まっている。
世界を癒す。それだけだ。
次に目が覚めた時には、世界がどうなっているのか。
楽しみで仕方ない。
ブレイブはいたって普段どおりに、癒しを行うのだった。
ゆっくりと両目を開ける。
夕闇がまぶしく、思わず目を伏せる。
仰向けに倒れていたようだ。しばらく身体は動きそうにない。波のせせらぎが聞こえる。アステロイドの水路は無事のようだ。
「みんなは大丈夫か?」
ブレイブが声を出すと、ルドルフの笑い声が聞こえた。倒れているが、笑い声は快活だ。
「大丈夫のはずがないだろ! みんな疲労困憊だぞ」
「良かった、元気そうだね」
ブレイブは安堵の溜め息を吐いた。
地面に尻もちをつくメリッサがクスクス笑う。
「ブレイブ様は相変わらずですね。安心できます」
「……少しは主君を躾けろよ」
ダークが半身を起こし、呆れ顔で言っていた。
「言っている事が理解しにくいし、無鉄砲すぎるだろ」
「それがブレイブの良さだけどな」
エリックが倒れたまま、茜色の空を見て微笑む。
シルバーもエリックの隣で倒れたまま、頷いた。
「みんなと足並みをそろえるブレイブなんて、ブレイブではありませんわ」
「それは主君としてどうなのでしょうか? まあ僕たちに害はなさそうですが」
グレイが地面に寝転がりながら、ナイトを抱きしめて微笑んだ。
「僕たちの愛に対する障害でなければ、どうでもいいのです」
「うん、関係ない」
ナイトは抑揚のない返事をしていた。
ルドルフが豪快に笑って、よろよろと立ち上がる。
「とにかく俺たちは助かった! 本当に良かった……!?」
満面の笑みを浮かべていたルドルフの表情が、一瞬にして青ざめる。
ヒュッと鋭く風を切る音がしたかと思うと、ダークが左肩から血を流していたのだ。矢が刺さっている。
ルドルフは、ダークが倒れるのを見ながら、両肩をワナワナと震わせた。
「こんな時に誰だ!?」
矢が飛んできた方向を睨みつける。
そこには戦闘態勢にある集団がいた。集団の中央に、カインとルルワがいた。
カインが不敵な笑みを浮かべる。
「こんな時だからだよ。リベリオン帝国を屈服させるいい機会だ」
「やめろ! 彼らは世界を救ったんだよ!?」
ブレイブは両手を踏ん張って、立ち上がろうとする。しかし、ほんの少し顔を持ち上げるのが精いっぱいだった。
カインがせせら笑う。
「ブレイブ王子、君のおかげでリベリオン帝国を手中に収められそうだ。感謝するよ。クレシェンド王国のミネルバさんも強いけど、ローズ・マリオネットには遠く及ばない。君がいなかったら、リベリオン帝国に対抗できる人間はいなかっただろう」
「僕はそんなつもりで戦ったわけじゃない!」
ブレイブが声を張り上げる。
それに呼応するように、これまで気を失っていたアリアがゆっくりと立ち上がった。
「リベリオン帝国は憎い。償いをしてほしい。しかし、こんなやり方は好かない」
「何が嫌なんだ? 敵が弱っていたらトドメを刺すのは当たり前だろうに。ミネルバさんがいたら正攻法で戦わせるつもりだったけど、到着が間に合わなかったみたいだからね。交渉をしよう」
カインはミネルバの力を利用するつもりで、戦闘に参加するように持ち掛けていたようだ。しかし、彼女は戦闘に間に合わなかったようだ。
カインが愉快そうに両目を細める。
「力づくで僕たちを倒そうとするのなら、何の力も持たない闇の眷属を殺すよ」
「私には関係のない事だ」
アリアが両の拳を構える。長剣はどこかに行ってしまったが、闘志をむき出しにしている。
メリッサはフラフラと立ち上がる。
「私たちは無駄な争いを望みません。闇の眷属と争わない道を一緒に模索しませんか?」
「僕なりに模索したよ。主導権を握ってしまえばいいんだよ」
カインは含み笑いをして、親指を立てた。
集団の後ろ側から、悲鳴が聞こえた。男の子の悲鳴だ。
続いて、やめて! と女が悲鳴じみた声を発している。男の子の母親だろう。
カインはニヤついた。
「悲鳴をあげたのは闇の眷属の親子だよ。外の様子が気になって、居ても立っても居られなかったんだろうね。今は髪の一部だけど、君たちの決断によっては、どんどん身体を切り取られるんだ。次は指かな?」
「おい、本当にやめてくれ! 俺にできる事ならやる。それ以上罪のない人間を傷つけないでくれ!」
ルドルフは両手を広げて、武器を持っていない事を示した。
しかし、ルルワの表情は険しい。
「信用する根拠がない」
「そうだね、僕もそう思うよ。せめて上層部の人間が一人以上無抵抗に捕まってくれないと、約束なんて簡単に反故にされるだろう」
カインはクスクス笑っていた。
ルドルフは自分自身を指さした。
「俺が捕まればいいんだな!?」
「……落ち着いてください。てめぇはリベリオン帝国のシンボルであり、心の支えです。捕まってはいけません」
ダークが左肩に刺さっている矢を、自ら抜いた。血だらけの矢を杖代わりにして、立ち上がった。
「俺が行きます。頃合いを見てあのクソ野郎をぶっ殺します」
「無茶はやめなさい。いくらあなたでも、生きて帰れるとは思えないわ」
これまで沈黙を保っていたローズベルが、地面に倒れたまま、顔だけ上げた。
「ダーク・スカイを奪われるくらいなら、人質たちを見捨てるべきよ」
カインは大笑いをしていた。
「この場にミネルバさんがいなくて本当に良かった! おかげで好き放題できるよ!」
「ねぇ!? 今の聞いたでしょん!? あたしたちは被害者なのよん!」
集団の後ろ側から、不気味しい男の声が聞こえた。グレゴリーだ。
露骨な溜め息が聞こえる。
「カイン殿、これはいったいどういう事だ? 私たちは残虐非道な闇の眷属を撲滅するために来たはずだが?」
ミネルバが来ていたのだ。顔からくるぶしまでスッポリ覆う通気性の良い白い服をたなびかせていた。彼女の赤い瞳は、燃えるようにギラついている。
カインの表情が固まる。冷や汗をダラダラと流している。
「や、やだなぁ……来ていたのなら言ってくれればいいのに」
「つい先ほど到着した所だ。グレゴリーは怪しい男だったが、闇の眷属が被害を受けているという話は本当だったようだな」
ミネルバの視線が鋭い。
カインは乾いた笑いを浮かべた。ルルワも何も言えずにいる。
グレゴリーがわめく。
「さりげなくあたしを罵倒しないでくれる!? あたしはちっとも怪しくなんかないわん!」
「良かった、ミネルバがまともな人で」
ブレイブは両目を輝かせた。グレゴリーがムキイィィイイと金切り声をあげるが、構う気はない。
「ミネルバ、人質たちを解放させてくれないか?」
「そのつもりだ。いいな?」
ミネルバはカインに睨みを利かせた。カインはこくこくと頷いた。
男の子の元気な声が聞こえる。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
メリッサやアリアは微笑みを浮かべる。
ルドルフやローズベル、そしてローズ・マリオネットたちは安堵の溜め息を吐く。
ブレイブは胸をなでおろした。
「世界を救った先には、みんなの笑顔が待っていて良かったよ」




