世界を癒すために
ブレイブは空を見上げた。赤黒い血の色に染まっている。
「世界は怪我をしているんだ。治してあげないと」
「治すたって、どうやるんだ?」
ルドルフが尋ねると、ブレイブは確かな口調で答える。
「一度世界の源を滅ぼすんだ。そのエネルギーを使って、世界を癒すんだ」
「……何を言っているんだ?」
ルドルフは両目を丸くした。
ローズベルは悩まし気に小首を傾げた。
「ダーク・スカイに通訳させたい所ですけど……気を失っていますね」
「起こすしかないだろう。グレゴリーを呼んで来い。あいつがキスしようとしたら、身の危険を感じて絶対に起きるから」
「グレゴリーは半死半生になりますが、仕方ありませんね」
ローズベルとルドルフの会話を聞いて、ブレイブは曖昧に頷いた。
「世界を滅ぼすには、彼を含めたローズ・マリオネット全員の力が必要だ」
「……気を失っている人間を無理やり働かせようなんて、てめぇらに人の心はあるのですか?」
ダークが目を開けた。仰向けに倒れたままだが、意識が回復したようだ。
「世界が滅ぶ瞬間くらい休ませてくださいよ」
「そうも言っていられないわ。ダーク・スカイ、ブレイブが何を言っているのか教えなさい。一度世界の源を滅ぼして、そのエネルギーを使って世界を癒すらしいけど」
ローズベルの命令を受けて、ダークは溜め息を吐いた。
「世界の源が完璧に枯渇するレベルでワールド・スピリットを使った後で、同じレベルのヒーリングを掛けるつもりですかね?」
「もうちょっと嚙み砕いて」
「世界の源をヒーリングで治すつもりなのでしょう。俺たちのワールド・スピリットから生じたエネルギーを利用して」
ローズベルが両目を見開いた。
「たった一人の人間のワールド・スピリットで、世界を癒そうというのね。途方もないわ」
ブレイブは力強く頷いて親指を立てた。ダークに笑顔を向ける。
「さすがは通訳系癒し担当者だ」
「いらねぇ二つ名を考える暇があったら、分かりやすい説明を心がけろよ」
「これからもよろしく頼むよ」
「人の話を聞け」
ダークは呆れ顔になっていた。
ブレイブの笑顔は変わらない。
「うまくいくか分からないけど、君たちがいると心強いよ」
エリックとシルバーが頷いた。
「やってみるしかないだろう」
「放っておいたら世界が滅ぶのでしょう。やれる事があるのなら、やってみたいのですわ」
地面の亀裂は広がるばかりだ。
そんな亀裂から、白い靄がたちこめる。白い靄はゆっくりとエリックに近づき、人の形を取る。
ボサボサの紫色の髪を肩まで生やした少女になる。
エリックにとって、忘れられない人物だ。
「バイオレット!?」
「やめてよ、お化けでも見るような目つきなんて! 確かに死んでるけどね!」
バイオレットの口調はおどけていた。
エリックの瞳は揺れていた。
「あんたに会えたのは嬉しいけど……どうして来れたんだ?」
「あたしもよく分からないけど、世界の源になる前にあんたに会いたいと強く願ったからかな?」
バイオレットは照れたように笑った。
シルバーは瞳を潤ませた。
「きっと奇跡が起きたのですわ」
「奇跡が起こるのはこれからだと思うよ。あたしはもうすぐ世界の源になる。エリック、あんたの事を覚えていられるのか分からないけど、素敵な彼女ちゃんと一緒に幸せになってね」
バイオレットがシルバーに向けてウィンクをする。
シルバーの顔面は耳まで真っ赤になった。
バイオレットは両手を広げる。
「さあ、エリック! 世界をちゃんと救うんだよ! あたしの犠牲を無駄にしないようにね!」
エリックは一瞬だけ俯いたが、決意を固めた目でワールド・スピリットを放つ。
「インビンシブル・スチール、インフィニティ・フォレスト」
エリックが扱える最大のワールド・スピリットだ。
亀裂から無数の鋼鉄が勢いよく伸び、亀裂の隙間を埋めていく。
その勢いに逆らうように、亀裂は更に広がっていく。
シルバーも決意を固めた。
「もうどうにでもなれ、ですわ。デッドリー・ポイズン、エターナル・レイン」
赤黒い空に、水分が滲んでいく。もうすぐ雨が降りそうだ。
しかし、水分が雫になれない。空が雨を奪おうとしているようだ。
ダークは苦笑する。
「魂のつながりのある人間が、世界の源になる前に会いに来たって所か。俺に会いに来る奴なんかいねぇな」
「そんな寂しい事をいうもんじゃないよ、ブルースカイ」
しわがれた老婆の声を耳にして、ダークは両目を見開いた。
ブルースカイとは、ダークの本名だ。思い出と共に封印したものだ。
思い出の中には、生活と共にした子供たちと、育ての親の老婆がいる。
その子供たちと老婆が、ダークを囲うように立っていた。
子供たちがはやし立てる。
「ブルースカイったら僕たちの事を忘れちゃったの?」
「みんなでルドルフ君を守ろうとしたのにね」
ルドルフはかつて皇帝ではなかった。その時の呼び名がひどく懐かしい。
ダークは歯噛みした。
忘れるはずがない。彼らが無残に殺された事こそが、長い戦争を続けた理由だと言っても過言ではない。
老婆がしゃがんで両手を伸ばし、そっとダークの両頬を包む。
「おまえは昔から真面目だったね。抱えきれないものを一人で抱えようとしていたね。神官をやめてローズ・マリオネットに徹すると言ってきた時には、本当に驚いたよ」
「……あの時は、本気で怒っていましたよね。決闘を申し込まれるなんて、思ってもみませんでした。俺が勝ったから良かったですけどね」
ダークは吐き捨てるように言っていた。
老婆は微笑む。
「おまえが傷つくのが目に見えていたからね。子供たちが殺されて悔しかったのは分かるけど、私はおまえの優しさを大切にしたかったよ」
「ローズ・マリオネットをやるのなら、神官も続けるように言ってきた事も驚きましたよ。かなり苦労しています」
「そうだろうね。でも、おまえはよくやっているよ」
子供たちは頷いていた。
「ブルースカイは偉いよ」
「本当に頑張っているよ」
老婆は立ち上がる。
「おまえも世界を救う力がある。私たちはこれから世界の源になって、世界を支えるよ。おまえは一人じゃない」
ダークはゆっくりと起き上がった。そして、よろめきながら立ち上がる。
「世界は終わらせない。ぜってぇ生き延びてやる。コズミック・ディール、ビッグバン」
虚空から眩い白い光が出現する。
全てを吸収する崩壊星と対をなす、全てを生み出す爆発だ。
その爆発を吸い込むように、亀裂から信じがたい引力が生まれていた。このままでは全員が引きずりこまれるだろう。
ブレイブは声を張り上げる。
「グレイ、ナイト、ローズベル、ルドルフ皇帝! 君たちも早く!」
「フリーダム・トワイン、オール・スプリード」
「ソウル・ブレイク、デスペア」
世界を覆いつくすような無数の糸に、相手の魂を奪うワールド・スピリットが付与される。
「ブラッディ・フォッグ、ラスト・ジャッジメント」
「フェイタル・リベリオン、ワールド・デリート」
天から光が差し込み、地上では暴風が吹き荒れる。
最大級のワールド・スピリットが放たれた。




