決闘、決着
ルドルフの大剣が漆黒に染まる。同時に、地面の亀裂から闇色の風が噴射した。
「その風に触れないように気を付けろよ。消滅するから」
「言われなくても触らないようにするよ」
ブレイブは真剣な眼差しで、ルドルフを見据えていた。
「あと一撃で、君を倒す」
「同じセリフを返してやる。次の一撃で仕留められるのは、おまえだ」
ルドルフの足元にヒビが入る。
ルドルフは悲鳴と区別がつかない雄たけびをあげて、大剣を振りかぶる。
ブレイブには理解できる。
ルドルフは今、死んでいった仲間たちの断末魔が聞こえている。自身に忠誠や愛情を注いだ人間の死に際を体感している。
ゴッド・バインドは、彼らの犠牲と引き換えに莫大なエネルギーを得ているのだ。
そんなエネルギーに対抗する手段は一つだ。
「僕もゴッド・バインドを使うしかないんだろうけど……」
ブレイブは震えながら、両の拳を握り直す。
「うまくいくかは分からないけど……」
「おいおい、こんな時に怖じ気づくなよ。戦う意義が薄れる」
ルドルフは笑っているが、涙目になっている。
「俺はリベリオン帝国を、ひいては闇の眷属を守るために、多くの犠牲を払ったんだ。最後の戦いはカッコつけさせてもらうぞ」
「カッコつけたい所で悪いけど、怖いものは怖いんだ。本当にうまくいくか分からない」
「じゃあ、降参するか? そんなはずはないだろ」
ルドルフが軽い口調で言う。
ブレイブは片足を前に出した。
「やるしかないんだ!」
ブレイブは大地を蹴る。ルドルフと一気に距離を詰める。
ルドルフは豪快に吠える。
「よくぞ言った! リベリオン帝国最高位の人間として、最大の礼を払ってやる!」
大剣が振り下ろされる。地面から噴射した漆黒の風と共に、ブレイブに襲い掛かる。
ブレイブは避けない。
拳の間合いに入る事だけを考えていた。
「僕は……」
頭は真っ白である。何も考えられない。
しかし、確かに感じている事がある。
「この世界を、みんなを……」
大剣と拳がぶつかる。同時に、漆黒の風がブレイブの身体に浸食していくらか消滅させる。
「癒すんだぁぁあああ!」
叫び声と共に、真っ白い光が広がった。
目も開けられないほど眩しい光だった。ブレイブ自身も視覚を奪われる。拳が血だらけになり、全身に激痛がめぐる。
しかし、手ごたえがある。
大剣にヒビが入る。
ヒビが一気に広がり、大剣が粉々に砕け散る。
ルドルフは一瞬だけ両目を見開き、呆然とする。
「俺のゴッド・バインドまで癒しただと……?」
その一瞬は、ブレイブにとって充分な時間だった。
ルドルフが身に着ける鎧の胸部がへこむ。ブレイブの拳の跡がありありと刻まれていた。
そして、ルドルフは後方へ派手に吹っ飛んだ。
吹っ飛ぶ先には、巨大な亀裂がある。このままでは奈落の底へ落ちてしまう。
ルドルフは、朦朧とした意識で、亀裂の端につかまる。しかし、自身を持ち上げる体力が残されていない。
「これまでか……」
そう呟いた時に、何者かがルドルフの腕をつかむ。
ローズベルだった。
「ダーク、グレナイ、手伝いなさい!」
ローズベルは声を張り上げた。
ルドルフは苦笑する。
「審判のおまえが俺を手助けしたんだ。反則負けだな」
「そんな事をおっしゃっている場合ではありません!」
ローズベルの華奢な身体では、ルドルフを持ち上げられない。ローズベルは徐々に引っ張られている。
ダークは気を失っている。彼を運ぶのが精いっぱいで、グレイとナイトはすぐには来れない。
そんな時に、走ってくる人間が二人いた。
エリックとシルバーだった。
二人は何も言わずにルドルフの腕をつかみあげ、一気に地上へと引っ張り上げた。
ルドルフは仰向けに倒れこみ、乾いた笑いを浮かべる。
「亀裂だらけだな」
エリックは頷いた。
「世界の源が枯渇したのでしょう」
「おまえの冷静さはすごいな。すごすぎて笑える」
「これでも焦っています。どうしようもないのでしょうか?」
「どうしようもない!」
ルドルフは豪快に笑って、天に向けて拳を突き出した。天空も禍々しい赤黒い色に染まっていた。
「世界は生きる力を失ったんだ、滅ぶしかない! 精いっぱい生きた俺たちに乾杯だ!」
「喜んでいる所で悪いけど、僕はまだやれると思っているよ」
ブレイブがおぼつかない足取りで、ルドルフに近づく。
「僕たちで世界を癒すんだ。ルドルフ皇帝、ローズベル、そしてローズ・マリオネットたちの力をもらいたい」
「俺はそんなに喜んでいないけどな。しかも、他人の力をもらうって何だ? 普通は借りると言わないか?」
ルドルフは苦笑していた。
ブレイブは真剣な面持ちで首を横に振る。
「本当にもらうんだ。たぶん君たち、いや、世界から異能ワールド・スピリットが消える」




