もう一つの闘い
エリックは鋼鉄のワールド・スピリットを消した。ダークたちを襲っていた刃や棘は、地面に溶けるように消えていった。
星明りが照らす地上に、湿った風が通り過ぎる。その場にいる人間たちの服や髪をなぶっていった。
決闘。
この言葉がエリックの口から発せられた時に、異様な雰囲気になった。
グレイとナイトは驚き、互いに顔を見合わせる。ダークは一瞬だけ両目を見開いたが、不敵に笑いだした。
「狙いは分かるぜ。ブレイブの従者たちも、シルバーも倒れている。一人で俺たち三人を相手にするのは分が悪いよな」
ダークはほくそ笑む。
「決闘は断る。有利な状況を手放す理由がないからな」
「倒れている三人を僕たちが操れば、形勢の逆転は望めません」
グレイが付け加えた。
ナイトが抑揚のない声で呟く。
「エリックは諦めるべき」
「何の見返りもなく決闘をしろと言うつもりはない」
エリックは淡々と告げる。
「ダークが勝てば、俺は絶対服従を誓う。どんな命令も好きにやってほしい」
「ほう……」
ダークの片眉がピクリと上がる。
「敵が俺に従うフリをして、どんな目に遭ったか知らないわけじゃねぇよな?」
「分かっている。死ぬまで戦わされたな」
エリックは表情を変えずにダークを見据える。
「あんたが勝ったら、俺を同じように扱っていい。敗者の定めだ」
「てめぇが勝ったらどうするんだ?」
「どうもしない。ただ、この場はシルバーとメリッサを見逃してほしい」
エリックは一呼吸置く。
「アリアはどっちでもいいけど」
「ああ、そう……」
ダークは両目を白黒させたが、やがて口の端を上げた。
「いいぜ。てめぇが勝ったらシルバーとメリッサは見逃してやる。アリアは放っておく」
「ダークさん!? 本当によろしいのですか!?」
グレイの声は裏返っていた。
「シルバーさんはリベリオン帝国軍を倒したのですよ!?」
「もちろんシルバーを許す気はないぜ。エリック、あいつらの容態は?」
ダークに問われて、エリックは銀髪をポリポリとかいた。
「リベリオン帝国軍なら、みんな生きていた。介抱が必要な人間もいたが、命に別状は無いはずだ」
「だろうな。てめぇはそれを確認したから、シルバーを助けに来たんだろ? 余裕ぶっていたが、実は慌てていただろ」
ダークは苦笑する。
「介抱していたから、ここに来るのがシルバーより遅れたんだろうな」
「……そこまで分かったうえで、エリックさんの絶対服従を手に入れようとお考えになられたのですね。相変わらず人が悪いですね」
グレイは感嘆の溜め息を吐いた。
「ダークさんも僅かばかりの良識をお持ちであると思った時間を返して欲しいです」
「大した時間じゃねぇだろ。決闘を申し入れたのはエリックだし」
「まあ、その通りですが……確認なのですが、審判は本当に僕たちでよろしいのですね?」
ダークもエリックも頷いた。
ダークは愉快そうに両目を細める。
「ワールド・スピリットの使用は有りでいいな?」
「そのつもりだ」
エリックの紫色の瞳は冷徹な光を帯びる。
「決闘の前に、シルバーとメリッサを安全な場所に運ばせてほしい」
「いいぜ。その後で存分に暴れようぜ」
ダークは、ルドルフとブレイブの決闘を横目に、薄ら笑いを浮かべていた。
即死のワールド・スピリットを操りながら大剣を振るうルドルフに対して、ブレイブはひたすら避けながら攻撃の機会を窺っている。
互いに相手の体力が尽きる瞬間を狙っている。スタミナ勝負の戦いだ。もうしばらく決着はつかないだろう。
不意にブレイブが横に手を伸ばす。その途端に、シルバーとメリッサがゆっくりと起き上がった。
ダークは苦笑した。
「ヒーリングを使ったのか。余裕がないくせに」
地面の一部が急激に乾き、わずかに亀裂が入る。気づいているのはダークくらいだろう。
エリックがシルバーを、メリッサがアリアを肩で支えて歩き出す。
ダークはため息を吐いた。
「アリアが目を覚まさないのか。グラビティの威力は同じくらいだったはずだが……」
ダークは、シルバーとメリッサとアリアに超重力を加えているが、各々のダメージに差異を付けたつもりはなかった。
グレイはくすくす笑う。
「無意識に恨みの重さが出たのかもしれませんね。さて、そろそろ決闘開始のご挨拶をいたしますね」
エリックがダークに向き直っているのを確認し、グレイは微笑んだ。
「改めて決闘のルールを説明します。決闘は互いの了承を得て、一対一で行います。敗北条件は死亡を含む戦闘不能、降参。どんな理由があっても外部の人間の手助けを借りれば即敗北とします」
グレイは一呼吸置いた。
「それでは開始してください」
エリックとダークの瞳が、ぎらついた。




