逃げたくない
ブレイブは汗にまみれながら走り続けていた。
ルドルフの放つ即死のワールド・スピリットをかわしながら、反撃の機会を窺っていた。
しかし、ルドルフの大剣を前に、ブレイブの拳が届くとは考えづらい。
絶望的な状況だ。
シルバーは黒紫色の馬を猛然と走らせながら、声を張り上げる。
「ブレイブ、お逃げなさい! 私が時間を稼ぎますわ!」
戦略的撤退だ。シルバーたちとブレイブたちの間にグレイやナイト、そしてダークがいる。彼らと猛獣たちをうまく戦わせて、ブレイブを逃がす心づもりだ。
傍目では、ブレイブが生き残るうえで最善の手段である。
しかし、ブレイブは首を横に振る。
「決闘しているんだ、絶対に逃げたくない!」
「決闘!? どうしてそんな大それた事を」
「喧嘩から始まる友情もあると思うんだ!」
ブレイブの意思は固い。
シルバーの顔面が青くなった。
決闘は原則として一対一で行われる。どんな理由があっても、味方に手を出された人間の敗北が決まる。
シルバーが手を出せば、ブレイブの負けが確定する。
シルバーは歯噛みして、猛獣たちの動きを止めた。
「もう決闘を始めてしまったのなら、どうしようもありませんわ」
「見守るだけで終わるつもりはない」
アリアは熊から降りて、長剣を抜き放つ。グレイとナイト、そしてダークを順に睨みつける。
「ローズ・マリオネットたちがいる。今度こそ決着をつける」
「あなただけで僕たちを倒そうというのですか?」
グレイが憐みの視線を浮かべる。
ナイトはアリアに、露骨に軽蔑の眼差しを向けていた。
「無謀にもほどがある」
「アリア、待ってくれ! これ以上彼らが戦う理由を与えないでくれ!」
ブレイブはあらん限りの大声を発していた。
シルバーも頷いていた。
「もどかしいのは分かりますが、今は見守りましょう。決闘で手出しをしてはいけませんわ」
「重々承知だ。だが、彼らを放っておくつもりはない」
星明りを受けて、アリアの長剣がかすかに光る。
ダークが口の端を上げる。
「やり合うのは構わないぜ、どうせ敵同士だしな。シルバーもその覚悟があるだろ? リベリオン帝国の軍隊を倒してきたんだから」
切れ長の瞳が心底愉快そうに細められる。
シルバーの胸の鼓動が早まる。ダークたちにとって許されない行為をした自覚はある。
しかし、言うべきことはある。
「先に戦う意思を示したのは彼らの方ですわ。私は仕方なく相手しましたの」
「てめぇが闇の眷属を危険に追いやるからだろうが。ブレイブの従者たちを連れているし、どっちの味方になったのかハッキリしたぜ」
ダークは左の拳を突き出し、親指を下に向けた。
「死んで詫びろ。コズミック・ディール、グラビティ」
「いきなり……!?」
不意打ちを食らい、シルバーは対応できなかった。
容赦のない超重力が全身に襲い掛かる。身体が軋み、骨の髄まで圧力がのしかかる。呼吸さえままならない。
本気で殺す気なのだろう。
猛獣たちも立っていられなくなり、地面に伏せる。シルバーも倒れこむ。
シルバーはワールド・スピリットを放とうと口を動かすが、うめき声がもれるだけだ。
シルバーにとって、ダークは勝負になるギリギリの相手だ。しかしそれは、彼が本気を出していない間だけだ。
実力を発揮されたら、簡単にひねりつぶされてしまう。
シルバーの身体は超重力のせいでまったく動けない。呼吸も意識も遠のいていく。
アリアとメリッサは全く動かない。気を失ったのだろう。
ダークが舌打ちをする。
「アリアの狙いは、わざと俺たちに殺されて、ブレイブのゴッド・バインドを強力にさせる事だろ。ルドルフ皇帝を相手に逆転できるとしたら、それくらいだからな」
ゴッド・バインドは、忠義や愛情を抱いて死んだ人間の魂を、強力なエネルギーにできるというワールド・スピリットだ。ブレイブとルドルフしか扱えない。
ダークは口の端を上げる。
「てめぇらに逆転の余地なんか与えねぇよ。絶望の中で、ブレイブが死ぬのを見届けてもらうぜ」
「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」
微風に流されそうな声だ。淡々とした口調でワールド・スピリットが放たれていた。
地響きが起き、地面からいくつもの木の根状の刃が勢いよく伸びる。刃は群れを成してダーク、そしてグレイやナイトに襲い掛かる。
シルバーの瞳に涙があふれる。
「エリック……いらしてくださったのね」
「できれば穏便に済ませたかったが、そうもいかないようだな」
建物の陰から、エリックがゆったりと歩き出た。
ダークは呆れ顔になっていた。
「コズミック・ディール、リバース・グラビティ」
超重力が解除され、反重力が木の根状の刃をはじき返す。
ダークは露骨に溜め息を吐いた。
「てめぇらがブレイブに付いた時点で、俺たちが殺しあうのは決まったようなもんだ」
「あくまで考えを曲げるつもりはないのか。状況を見誤ると互いのためにならないのに」
エリックはシルバーの傍で足を止めた。
「互いに主張を譲る気がないなら、力づくで認めさせるしかないのだろうな」
エリックの紫色の瞳が、冷徹な光を放つ。
「リベリオン帝国中央部担当者ダーク・スカイ、あんたに決闘を申し込む。審判はグレナイでいいだろう」
予想外の発言に、グレイやナイトはもちろん、ダークも両目を見開いた。




