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闘志と覚悟

 黒紫色の猛獣たちがアステロイドの大地を突き進む。湿った向かい風に立ち向かうかのように、猛然と駆けていた。

 猛獣たちはそれぞれ人を乗せている。シルバーが乗る馬を先頭に、メリッサが乗るヒョウと、アリアが乗る熊が続いていた。

 アステロイドの正門に向かっている。そこにブレイブがいるはずである。

 シルバーは焦りを浮かべていた。


「ブレイブはきっとルドルフ皇帝と戦わされますわ。勝てるはずがありませんのに」


 メリッサは頷いた。

「私にできる事はないと思いますが、様子を見に行きたいですね」

「今の発言は猛省しろ。主君のために役立つのが従者の使命だろう」

 アリアにたしなめられて、メリッサは涙目になった。

 そんな彼女たちの前に、黒い鎧を着た男たちが立ちはだかる。

 リベリオン帝国の軍勢だった。


「止まれ! ブレイブの従者たちだな!?」


 男が怒号を飛ばした。

 シルバーは苦々しい表情を浮かべて、猛獣たちの動きを止めた。

「急いでおりますの。道を空けてくださる? まさか私までブレイブの従者と考えておいでではないでしょう?」

「シルバー様、我々はあなたを信じています。ブレイブの従者たちを捕まえるのにご協力ください」

 男たちは各々の武器を取り出す。全員が並々ならぬ闘志を放っている。

 シルバーは溜め息を吐いた。

「私の申し上げた言葉が聞こえていないのかしら? 急いでおりますのよ。どかないのなら命の保証はいたしませんわ」

「命の保証のされた戦場なんて存在しません。我々はローズベル様、ひいてはルドルフ皇帝の命令で動いています。あなたの都合を優先するわけにはいきません」

 男たちが獰猛な笑みを浮かべる。

「ローズ・マリオネットとは一度は戦ってみたかったんだ」

「帝国最強の名を手に入れるぜ」

 男たちの言葉を聞きながら、シルバーは呆れ顔になった。


「この私に歯向かうなんて、万死に値しますわ。デッドリー・ポイズン、ヴェリアス・ビースト」


 虚空から大量の猛獣が召喚される。いずれも毒々しい黒紫色の毛を生やし、黄色い瞳をぎらつかせていた。

 同時に、黒い鎧の男たちが雄たけびをあげた。

 猛獣たちと男たちの殺意や闘志がぶつかり合う。

 その合間を縫うように、シルバーを乗せる馬が駆ける。メリッサを乗せるヒョウも、アリアを乗せる熊も続いていた。

 男たちが次々と倒れるを横目に、メリッサは心配そうにシルバーを見つめる。

「シルバーさん、仲間と戦う事になってしまいましたね。本当にすみません」

「勘違いなさらないでくださる? 一方的に蹂躙しているだけですわ」

 シルバーは前を向いたまま、つっけんどんな口調になっていた。

「リベリオン帝国の諍いなんて日常茶飯事ですの。これくらいで心配なさらないでくださる?」

「大変そうですね」

「楽勝ですわ。心配するなら、ご自身の身の上にすればよろしくてよ」

 シルバーの表情は分からない。

 しかし、メリッサはくすくす笑う。

「私の身を案じてくださり感謝します」

「お礼を言われる筋合いはありませんわ」

 シルバーの口調は棘がある。

 しかし、一瞬だけ水路に映ったシルバーの表情は、不器用に笑いをこらえていたのだった。

 つい先ほど、黄色い薔薇のブローチが震えていたのだが気づいていなかった。


 シルバーたちがアステロイドの正門へ向かっている頃に。

 グレイとナイトが、建物の陰に隠れて途方に暮れていた。

 時折ブレイブとルドルフの決闘を覗き見て、二人でうめいていた。

「どちらの味方をするべきでしょうか……」

 グレイが素直な悩みを口にする。

 ナイトは首を横に振る。


「分からない。ローズベル様に逆らいたくないけど、ブレイブに恩がある。おまえの命が救われた」


「そうですよね……あの時のあなたの微笑みは忘れられません」


 グレイが死にかけた時に、ブレイブのヒーリングが救った。

 ナイトの、青と黒のオッドアイが揺れる。

「もうあんな想いをしたくない。グレイを失うなんて絶対に嫌」

「そうですよね……あなたにはご迷惑をお掛けしましたね」

 グレイの瞳は憂いを帯びる。

 ブレイブたちと戦った時に、グレイはナイトに、自分の精神を破壊してワールド・スピリットを存分に利用するように命令した。

 グレイを壊したくないという、ナイトの気持ちを無視していた。

 ナイトはしゃくりあげる。

「もう二度と、あんな命令をしないで」

「分かりました。本当に辛い想いをさせましたね」

 グレイは微笑む。

 そんな二人の様子を見て、露骨に溜め息を吐く男がいた。ダークだった。

「そろそろ話しかけていいか?」

「あ、はい。僕たちが二人で愛を語らいたい時に、なんて無粋な男でしょうなんて申し上げるつもりは欠片もありませんのでどうぞ」

「愛の語らいはよそでやってくれ。そんな事より、シルバーがこっちに向かっている。ブレイブを手助けするつもりだぜ」

 ダークの言葉に、グレイもナイトも両目を見開いた。

「間違いないのでしょうか?」

「ブローチで連絡取ろうとしたら、あいつの言葉が聞こえたんだ」

 ダークは襟元に付けた黒い薔薇のブローチを指さした。

 薔薇のブローチに触れれば、同じ形のブローチを持つ人間と言葉を交わす事ができる。周囲の音を拾う事もできる。


「猛獣たちを使って、リベリオン帝国の軍勢とやりあってるぜ」


「反乱ですね。ルドルフ皇帝の軍隊と戦うなんて」


 グレイとナイトの瞳に鋭い光が宿る。

 ダークは口の端を上げた。

「エリックがどこにいるか分からねぇし、またゴタゴタしそうだな」

「ローズ・マリオネット同士の闘争も覚悟するべきでしょう」

 グレイとナイトは、互いの顔を見合わせて頷いた。

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