闇色の軌道
湿った風が吹きすさぶ。分厚い雲が赤い空を覆い始める。
辺りは間もなく闇に包まれようとしていた。
地上ではブレイブとルドルフによる決闘が行われようとしている。その場にいる人間は、二人から距離を取った。
ブレイブは緊張した面持ちで両の拳を構え、ルドルフは不敵な笑みを浮かべて大剣を振りかぶる。
「この俺に単身で挑む事に敬意を表する。だが、後悔するなよ」
「後悔なんてしないよ。僕は負けないから」
ブレイブはルドルフの様子を窺いながら、じりじりと歩を進める。
ルドルフは大笑いをして、鋭く吠える。
「よくぞ言った! その志を粉砕してやる! フェイタル・リベリオン、デリート」
ルドルフの大剣が禍々しい闇色を帯びた。
触れたもの全てを消滅させる即死のワールド・スピリットが放たれたのだ。
ルドルフは大剣を勢いよく振り下ろす。
闇色の軌道が、音を立てて地面を削りながら、真っ直ぐにブレイブに向かう。土埃が巻き上がる。軌道が通った後、地面はパックリと消失していた。
リベリオン帝国の軍勢は興奮し、雄たけびをあげた。
「ルドルフ皇帝がいきなりワールド・スピリットを!」
「あの小僧、絶対に生きて帰れないぞ!」
彼らの熱気を察しているのかいないのか。
ローズベルが冷めた瞳で口を開く。
「ルドルフ皇帝の決闘を見ていたいのは分かるけど、任務を忘れないようにしなさい」
「そうでした、行って参ります! ブレイブの従者たちを捕まえてきます!」
軍勢が一斉にその場を離れだす。
一方でブレイブは闇色の軌道を横に跳んでかわす。少しでも触れれば消滅していただろう。
ブレイブはローズベルに視線を向ける。
「何のつもりだ!? 僕の仲間に何をするつもりだ!?」
「あら、敵軍を壊滅させる理由なんて説明する必要があるかしら?」
ローズベルはわずかに口の端を上げる。
「あなたが負けたら死んでもらうつもりよ」
「そんな約束してないよ!」
「従者を見逃すなんて一言も言ってないわ。憎むなら、ご自身の思慮不足を憎みなさい」
ローズベルは上品に笑う。人を人と思わないような、冷酷な笑みであった。
ブレイブはゾッとした。全身に冷や汗が噴き出る。
背筋に悪寒が上る。
「この決闘は何としてでも勝たないと……!」
言ってるそばから、ブレイブは咄嗟に地面を転がった。元居た場所に闇色の軌道が走り、ルドルフの大剣まで戻っていった。
大剣にまとわりつくように、闇色のらせんを描いていた。
ルドルフは高らかに笑う。
「いたずらにブレイブの動揺を誘うのはやめてやれ、ローズベル! 審判だろ!」
「質問をされたので答えただけです。以後、口を慎みます」
ローズベルは軽く一礼して微笑んでいた。
ブレイブは大急ぎで立ち上がり、ルドルフに向かって走り出す。攻撃を当てないと、勝ちようがない。
ルドルフは大剣を振りかぶる。振り下ろしてくれば、闇色の軌道がブレイブに襲い掛かるだろう。その前に殴り込みたいが、距離がある。
ルドルフが大剣を振り下ろす。案の定、闇色の軌道が真っ直ぐにブレイブに向かってくる。
音を立てて地面を消失させている。ブレイブは土埃を浴びながら、ルドルフを見失わないようにしていた。
ブレイブはギリギリまで走りこむつもりでいた。闇の軌道は避ける以外に対策はない。避ける距離を最小限にして、できるだけ前に進むつもりでいた。
闇色の軌道が迫る。ブレイブは斜め前に地面を転がって避ける。
狙いが功を奏したのか、ブレイブは体勢を整えると、ルドルフに大幅に近づく事ができていた。
ブレイブの間合いに入るまで、あと少しだ。闇色の軌道が戻ってくる前に決着をつけたい。
しかし、ルドルフには大剣がある。
大人の身長ほどの刃は、飾りではない。
ルドルフは間合いを詰めようとするブレイブを歓迎するように、右足を一歩前に出した。
「ワールド・スピリット抜きの俺が雑魚だと思ったら大間違いだぞ!」
大剣が横なぎに振られる。
ブレイブに受け止める術はない。避けるしかない。
ブレイブはしゃがみ、身体のバネを使ってルドルフに殴り込もうとしていた。
しかし、闇色の軌道が戻ってきたため、また避けるしかない。身体のバネを斜め前方向へ使う。
少しでも距離を詰めておきたかった。
しかし、その狙いは見透かされていた。
ルドルフは、闇色のらせんを描く大剣を、地面を薙ぐように振った。
ブレイブはルドルフに近づく事ができず、いったん距離を取る。
両肩で息をする。走り回って足が痛くなってくる。呼吸が苦しい。
しかし、負けるわけにはいかない。
ブレイブは再び走り出す。
決闘の決着は、すぐにつきそうにない。




