皇帝現る
ブレイブは笑顔を輝かせた。
「ルドルフ皇帝に会えるのか! どこにいるんだ!?」
ブレイブの口調は明るかった。
思わぬ反応に、シルバーは一瞬呆けたが、すぐにブンブンと首を横に振った。
「絶対に会ってはいけませんわ! 殺されますわ!」
「大丈夫だよ、僕はきっと負けないから」
「その自信はどこから来ますの!? ルドルフ皇帝はゴッド・バインドを使いますのよ!?」
シルバーがヒステリックな金切り声をあげるが、ブレイブは朗らかに笑った。
「ゴッド・バインドなら僕も使えるよ」
「……さっきからうるせぇな。ルドルフ皇帝が来たのか?」
ダークが気怠そうに起き上がる。
ブレイブは頷いた。
「話し合いをしたいね」
「シルバー、ルドルフ皇帝はどこにいる?」
ブレイブの言葉を横に置いて、ダークはシルバーに視線を向ける。
シルバーは大粒の唾を飲み込んで、首を横に振った。
「……あなたを相手に言えませんわ」
「すぐ近くにいるのか」
ダークが口の端を上げて、襟元の黒い薔薇のブローチに触れる。
ブローチは淡い光を帯びる。
「ローズベル様、アステロイドの付近にいますか?」
「あら、よく分かったわね。正門にいるわ」
「シルバーの焦り様を見れば分かりますよ。ブレイブを連れて行きましょうか?」
ダークの提案に、シルバーの顔面は真っ青になった。
ブローチから艶やかな笑い声が漏れる。
「優しいわね、エスコートしてあげるなんて」
「ここまで酷い皮肉は初めてですよ」
「怒らないで。ブレイブはちゃんと仕留めるから。それじゃあよろしく」
ブローチの光が消えた。
ダークは獰猛な笑みを浮かべて、ブレイブに視線を向ける。
「そんなわけだ。覚悟はできたな?」
「連れて行ってくれるなら感謝するよ」
ブレイブが微笑むと、ダークは舌打ちをした。
アリアが声を荒立てる。
「ブレイブ様、危険です! お考え直しください!」
ブレイブは穏やかに首を横に振った。
「なんとかするよ」
「考える時間なんて与えねぇよ。コズミック・ディール、テレポート」
ダークとブレイブの姿が消えた。
シルバーは身を震わせていた。
「……私も行くべきですわね」
アステロイドの正門付近は物々しい雰囲気になっていた。
夕暮れのもとで、黒い鎧を身に着けた屈強な男たちが、闘志をむき出しにしていた。
彼らはリベリオン帝国の軍隊だ。
その先頭に、大剣を背負う大柄な男と、赤いマーメイドドレスに身を包む華奢な女がいた。リベリオン帝国の皇帝ルドルフと、ローズ・マリオネットの司令塔ローズベルだ。
ルドルフは深呼吸をして空を仰いだ。
「とうとうブレイブと直接対決する日が来たか」
「緊張していますか?」
ローズベルが微笑み掛ける。
ルドルフは苦笑した。
「戦う時に緊張しない人間なんかいるのか?」
「ルドルフ皇帝は根っからの武人だと考えておりました」
ローズベルが上品に笑うと、つられるようにルドルフも朗らかに笑った。
「そうだな。俺から戦闘狂を取ったら何も残らないな」
「ご安心ください。ダーク・スカイに対する数々の失言が残りますので」
「あいつにはいろいろと迷惑かけたな。そろそろ来るか」
彼らの前に、空間の歪みが生まれている。誰かが空間転移してくる前触れだ。
黒い神官服を着た長身の男と、茶髪の少年が姿を現した。ダークとブレイブである。
ダークは片手を胸において恭しく礼をすると、怪しげに口の端を上げた。
「ブレイブ・サンライトを連れてきました」
「ご苦労」
今までの朗らかな雰囲気はどこに行ったのか、ルドルフの目つきが変わる。
全身に獰猛な闘志をまとい、瞳に冷徹な光を宿していた。
「ローズ・マリオネットたちが世話になったな。全滅させてくれるとは思いもよらなかったぞ」
「世話なんてしてないよ。世話になったのは僕の方だ!」
ブレイブは両手をパタパタを振り、何度も礼をしていた。
「エリックもシルバーも、僕を大事にしてくれた。グレイやナイトも少し仲良くなれそうだし、ダークだって話し合いに応じてくれたんだ」
ルドルフはため息を吐いた。
「世話になったというのを字面どおりに受け取ったのか……皮肉が通じない男だな」
「皮肉なんてそんな……本当に世話になったんだけど……」
ブレイブは両腕を組んで首を傾げた。
「僕は誤解される事を言ったのか?」
「なるほど、噂通りの天然だな。笑わせてくれる」
ルドルフはブレイブを睨みつける。
「俺からの要求は一つだ。二度と俺たちの前に姿を現すな」
「そんなに悲しい事を言わないでほしい。何か気に障ったのか?」
ブレイブは真っ直ぐにルドルフを見つめる。
ルドルフは嘲笑を浮かべた。
「分からないならハッキリ言ってやる。目障りだ。おまえのおかげで闇の眷属は平穏を勝ち取れないんだ」
「平穏なら一緒に手に入れよう」
「おまえの存在が諍いを引き起こすんだ」
ルドルフは背中の大剣を抜いた。
「決闘を申し込む。俺が勝てば自害か一生人前に出ないか選べ」
「僕が勝ったらどうするんだ?」
ブレイブが尋ねると、ルドルフは声を大にして笑った。
「自分で考えろ! 俺は負けないけどな!」
思い悩むブレイブに嘲りの視線を送ったまま、ルドルフはゆっくりと語る。
「どうしても決められないなら、リベリオン帝国の支配権にしておけ。おまえたちと違って俺たちは統率されている。トップの命令なら、俺も話し合いに応じるしかない」
「僕は君たちの気持ちを踏みにじりたくない。命令で従わせるなんて嫌だ」
ブレイブが反論すると、ルドルフはニヤついた。
「カッコつけてる場合か? 俺たちを懐柔するせっかくのチャンスなのに」
「僕は君たちを含めた世界を癒したいんだ」
湿った風が吹く。赤い色の空は、暗い色合いを帯びつつある。
「君たちにも協力して欲しいけど、無理にとは言わないよ」
「分かった。俺に勝ったら協力してやる」
ルドルフは大剣を真っ直ぐにブレイブに向ける。
「誰の助力も借りずにこの俺に負けを認めさせたら、協力するべき人間だと認めてやる」
「分かったよ。喧嘩してから築ける友情もあるだろうから」
ブレイブは両の拳を構える。
ローズベルは微笑む。
「僭越ながら審判は私が行います。決闘は互いの了承を得て、一対一で行います。敗北条件は死亡を含む戦闘不能、降参。どんな理由があっても外部の人間の手助けを借りれば即敗北とします」
「……俺は決闘の邪魔をされないようにします」
ダークが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「リベリオン帝国の支配権を提示するとか、頭がおかしいとしか思えません。ルドルフ皇帝の味方による妨害を防ぐ必要がありますね」
ダークは建物の陰に視線を向けて舌打ちした。
そこには、様子を窺うグレイとナイトの姿があった。
エリックも近くにいるだろうと、ダークは見当を付けていた。




