仮眠室にて
ルルワが切り盛りする店内の奥に、仮眠室がある。普段は店員が休憩をするのに用いられる。客を招く場所でないため、質素なベッドと椅子くらいしか用意されていない。
そんな部屋の椅子に腰かけ、メリッサは眉を寄せていた。
目の前のベッドに、ダークが横たわっている。その服装をジッと見つめていた。
黒い神官服のズボンが、幾らか裂けているのだ。
「どの糸を使えば良いのでしょう……」
アイテム・ボックスから裁縫道具を取り出して、真剣に悩んでいた。黒い糸を取り出して、ズボンの色と照らし合わせては首を横に振る。
「黒色を合わせるのは難しいですね。いっそ紺色の糸が良いのでしょうか。しかし、それでは縫い目が目立ってしまいますし……」
「もういいだろう、メリッサ。敵のために悩む事はない」
メリッサの隣に立つアリアが、しびれを切らした。
「散々ブレイブ様を傷つけた男だ。少しは報いを受けるべきだ」
「そうかもしれませんが……彼が戦う理由は、仲間のためです。その点は私たちと同じでしょう」
「同じ?」
アリアの片眉がピクリと上がる。
「おまえはいつから分別をなくした? その男は私の同胞を何人も殺した大罪人だ。許されるものではない」
「確かに重い罪を犯しています。なんとしてでも償ってほしいですね」
「償いようのない罪だ。この男は無残に死ぬしかない」
呪詛のようなアリアの言葉に、メリッサは震えた。
「アリアさんのおっしゃりたい事は分かります。しかし、ブレイブ様は純粋にお話しをしたい様子でした」
メリッサはブレイブに視線を向ける。
ブレイブはベッドの傍らに置いた椅子に座り、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
アリアとメリッサの知らない所で睡眠薬を盛られたし、疲れをため込んでいたのだろう。ダークをベッドに寝かせてから、すぐに眠りに落ちてしまった。
眠る前に、アリアはダークに絶対に触れてはいけない、攻撃するのはもっての外と言われている。
「ブレイブ様のご命令が違うものであれば、この男の首をすぐに刎ねるものを」
アリアは溜め息を吐いた。
ふと、メリッサが歓声をあげた。
「いい色の糸が見つかりました! これでダークのズボンを直せます!」
「直してどうする?」
「私の気が収まります」
言うが早いか、メリッサはダークのズボンをチクチクと縫い始める。瞳は爛々とし、含み笑いを浮かべている。裁縫をしている手元を見ていないと、邪悪な魔女の儀式に思えてくる。
しばらくすると、神官服のズボンの裂け目が消えていた。
メリッサは怪しい笑いを浮かべたまま、得意げに胸を張る。
「裁縫は久しぶりでしたが、上出来でしょう」
「そこまで本気にならなくても良いだろうに……」
アリアは呆れ顔で溜め息を吐いた。
ふと、ミシミシと何かが軋む音がした。
音のする方を見れば、床にヒビが入っていた。
メリッサは首を傾げる。
「急にヒビが入るなんて……何があったのでしょうか?」
「建物の欠陥というわけではないだろう。何が起こっても対応できるようにするべきだな」
「そ、そんな怖い事を言わないでください」
アリアが何の躊躇もなく答えると、メリッサは両手で口元を覆って青ざめた。
二人の会話が途切れた頃合いで、ダークがゆっくりと両目を開けた。
「……怖いなんてもんじゃないぜ。世界の源が枯渇しているのかもな」
「え?」
メリッサが呆けている間に、アリアは長剣を抜き放った。
「目を覚ましたのか。ブレイブ様が起きないうちに、永遠の眠りに導いてやる」
「てめぇは今まで何を見てきたんだ? ブレイブが何を考えているのか分かるだろうに」
ダークは不敵な笑みを浮かべ、親指を下に向けた。
「どうしても戦いたいなら付き合うぜ」
「やめましょう! 世界の源が枯渇するのがどういう事か知りたいです。何より、この人が死んだらブレイブ様が悲しみます!」
メリッサは慌ててアリアの腕にしがみついた。
アリアはワナワナと両肩を震わせたが、長剣を鞘に納めた。
「ブレイブ様の恩を笠に着る卑怯者め」
「誉め言葉と受け取っておくぜ。てめぇに好かれなくて清々するぜ」
ダークが心底愉快そうに笑う。
アリアが再び長剣を抜こうとするのを、メリッサは両手に全体重を乗せて一生懸命に押さえ込んでいた。
「ダーク、世界の源が枯渇する事について話してください!」
「いいぜ。体力回復の時間稼ぎにちょうどいいし」
ダークは遠い目をして天井を見ていた。




