とある宿で
リベリオン帝国北部の街道沿いに大きな宿がある。日頃なら容貌も出身も異なる人間たちがたむろする。
しかし、今は一つの軍隊が貸し切っていた。黒い鎧に身を包む男たちがほとんどで、各テーブルで和やかな雰囲気で談話している。
彼らはリベリオン帝国軍である。今は他愛ない会話をしているが、一度任務を与えられれば冷酷な殺人部隊と化す。
そんな彼らに指令を与える立場の人間たちも座っていた。黒い短髪を生やす、黒い鎧に身を包むガタイのいい男と、赤いマーメイドドレスを身にまとう黒髪を結い上げた華奢な女だ。
リベリオン帝国皇帝のルドルフと、リベリオン帝国精鋭部隊ローズ・マリオネットの司令塔であるローズベルだ。
ルドルフがどっかりと腰かける椅子には、ルドルフの身長と同じくらいの大剣が立て掛けられている。ひとたびルドルフが振るえば、大剣は恐ろしい破壊力を発揮する。見てくれだけの武器ではないのだ。
ルドルフ本人はハンバーグを頬張って上機嫌だが、この場にいる誰もが畏怖を抱いていた。
ルドルフに畏怖を抱くのは、隣で上品に座るローズベルも一緒だ。しかし、彼女はルドルフに積極的に意見を言う立場にある。
「お食事は終わりそうでしょうか?」
言外に、早く食べ終えろと圧力を掛けているのだ。
そんなローズベルの意図を察しているのかいないのか。
ルドルフは上機嫌な表情のまま、のんびりとハンバーグを口にしていた。
「うまいな! パワーアップできそうだ!」
「その力は本番まで取っておいてくださいね」
ローズベルが微笑むと、ルドルフは苦笑した。
「おいしいものを食べれて良かったと言うべきじゃないか?」
「観光に来ているのではありませんので」
ローズベルは笑顔のまま、念を押すように語調を強める。
「中央部の防衛を最低限にして挑んでいるのです。早急に目的を達成したいものですね」
「分かっている。だが、最低のコンディションで勝てる相手じゃない。ローズ・マリオネットが何度も倒されているからな。できるだけ良い状態で挑みたい」
ルドルフは自分の言葉を噛みしめるように、何度も頷いた。
「もっと食べてもいいだろ。明日はいよいよ作戦決行だ! アステロイドに到着するぞ!」
ルドルフがフォークを持つ手を振り上げると、他の男たちは雄たけびをあげた。
ローズベルは頷く。
「そうですね。そろそろダーク・スカイにも作戦の全貌を話してもよいのかもしれません」
ローズベルは左胸に付けた赤い薔薇のブローチに触れる。
しかし、返事は無かった。
ルドルフとローズベルが互いに顔を見合わせる。連絡をしたいのに、つながらない。こんな事は今まで無かった。後にしてほしいと要求される事はあっても、必ず返事はあった。
ルドルフもローズベルも、ダークは返事ができないような非常事態であると考えていた。
ローズベルが苦々しい表情を浮かべる。
「珍しいですね……」
「あの男が簡単にくたばるとは思わないが、確認する必要があるな。グレイに連絡できるか?」
ルドルフが穏やかに問いかけると、ローズベルは頷いた。
ブローチが淡く光る。
グレイのかしこまった声が聞こえだす。
「お呼び出しでしょうか?」
「いいえ、ちょっと確認したい事があるの。ダーク・スカイの様子を教えてもらえるかしら?」
「先ほど襲撃者を制圧したという連絡を受けました」
「直接会って話したわけではないのね」
ローズベルが念を押す口調になった。
グレイは一瞬だけ間をおいて、ゆっくりと話し出す。
「アステロイドが襲撃を受けてから、二手に分かれました。それ以来、見ておりません」
「そう……報告ありがとう。ご苦労様、ゆっくりしなさい」
「はい、失礼します」
ローズベルがブローチから手を放す。淡い光は消えた。
ルドルフは大急ぎでハンバーグを食べ終えて、立ち上がる。革帯を使って、大剣を背中にくっつけた。
「すぐに出発だ」
ルドルフが獰猛な目つきになり、宿の出口へ歩き出す。
ローズベルは当然のごとくついていく。
他の男たちも、雄たけびをあげてルドルフとローズベルの後に続いていた。




