マザーの導き
ダークは苦笑する。
「マザーの死因は寿命だ。穏やかな表情で逝ったぜ」
「……ちゃんと弔えたか?」
ブレイブが絞り出すように尋ねた。
「たとえ血がつながっていなくとも、親の死は辛かったはずだ。エリックは長い間、想い人を弔えず、辛い想いをしたんだ」
「俺とエリックが同じにように見えるのか? 冗談じゃねぇぜ!」
ダークは笑いながら首を横に振った。
「俺はもうローズ・マリオネットだった。マザーの死に目に会えただけ運が良かったぜ」
「きっと君を待っていたんだと思うよ」
「さて、どうだか!」
ダークは露骨に溜め息を吐いた。
カインは微笑み、ルルワに視線を送る。
「仕込みは終わったかな? 喉が渇いたよ」
「分かっているわ」
ルルワはトレーに三つのグラスを乗せた。三つとも赤紫色の飲み物が入っている。
「ブレイブはぶどうジュースよ。あとの二人はワインでいいわね」
飲み物がテーブルに乗せられると、果物のかぐわしい香りがした。
「美味しそうだ!」
ブレイブは頭上で両手を叩いた。
ダークは訝しげに首を傾げる。
「俺がワインを飲めない可能性を考えなかったのか?」
「君の事はよく調べさせてもらったからね。僕からの奢りだ。今までの非礼の詫びだと思って、受け取ってくれると助かるよ」
「へぇ……」
ダークは口の端を上げて、ワインに口を付ける。その目は笑っていなかった。
ブレイブは無邪気にぶどうジュースを飲む。
「美味しい! すごくフルーティーだ!」
「君には代金を頂戴しようかな」
「え!?」
「冗談だよ」
カインがクスクス笑うと、ブレイブもつられるように笑った。
ダークはワインを飲み干した。心なしか頬を赤らめ、まぶたを閉じかけている。
カインが指をさして笑い、立ち上がる。
「意外とアルコールに弱かったのか。仮眠室に連れて行こうか?」
「……必要ねぇよ」
ダークは天井を仰いで、ニヤついた。
「薬を盛っただろ。睡眠薬だけじゃねぇ。たぶん痺れ薬も」
「……いや、それは、その……」
カインは額に汗をにじませた。
ダークは続ける。
「てめぇが指定した店で何の罠も仕掛けられてねぇと考えるほど、能天気じゃねぇよ。騙し討ち事件で返り討ちにしたのが俺か、確認していたしな。テーブルの下に大量の伏兵が隠れているんだろ?」
「……そこまで分かっていて、どうしてワインを飲んだの?」
ルルワが震えながら問いかける。
ダークは天井を仰いだまま、か細い声で言葉を紡ぐ。
「休みたかったんだ。これくらい許してよ、マザー」
呟きは、これまでのダークからは考えられないほど弱々しかった。
ブレイブは強烈な眠気に襲われていた。ぶどうジュースにも、睡眠薬が盛られていたようだ。
カインは溜め息を吐く。
「ブレイブ王子が完全に意識を失ってから、どうにかするつもりだったけど……仕方ない。サプレッション、ブルースカイ」
ダークを抑えるワールド・スピリットが放たれた。
テーブルが一斉にひっくり返される。武器を手にした大量の男たちがダークに向かって襲い掛かる。
ダークは天井を仰いだまま、微笑む。虚ろな瞳が何を映しているのか、傍目では分からない。
「マザー、お導きください。罪深き私をどこまでも」
男たちの武器がダークの身体に届く寸前に、ダークは椅子から転がる。転がる瞬間に、何人も切っていた。
ダークはバランスを崩したまま、しかし床に倒れない程度によろめきながら、ナイフを振るっていた。
「あなたが見守るなら、どこまでも行きましょう。永遠の安らぎを。We wish you a mercy killing」
男たちの悲鳴があがる。
カインは焦りを滲ませた。
「僕のワールド・スピリットが、まだ効いていないのか? サプレッション、ブルースカイ」
「クリスタル・ウェーブ、ブレード」
ルルワのワールド・スピリットも放たれる。ダークの足元で、青く透明な刃が幾つも伸びる。触れれば切られるだろう。
ダークの全身の力を抑えるワールド・スピリットも同時に放たれている。
ダークはその場で倒れる、はずだった。
ダークは不安定な足取りのまま青い刃をかわしていた。彼の手元からいつの間にかナイフが消えていた。
ルルワの腕と、カインの太ももに、ナイフが刺さっていた。
ルルワは腕を抑えてうずくまる。
カインは立てなくなり、全身を震わせる。
「バカな……全身の力が抜けた状態で、投擲したのか?」
「……そうみたいだね」
ブレイブは強烈な眠気と戦いながら、立ち上がる。
「彼とはまだ話したい事があるんだ。なんとかしないと」
「君の場違いな言葉は、本当に頼もしいよ」
カインは苦笑した。




