急転直下な話
小さな喫茶店の前で、人だかりができていた。アリアやメリッサの他に、カインの部下たちもいた。シルバーや闇の眷属もいる。みんな緊張した面持ちで立っていた。
シルバーが大粒の唾を呑み込む。
「ブレイブがダークと対話するなんて、何も起きないとは考えられませんわ」
「そ、そんな……お話するだけでしょう?」
メリッサがおずおずと尋ねると、シルバーは首を横に振った。
「あなたは状況を甘く見すぎていますわ。戦うつもりのないダークほど厄介な生き物は存在しませんわ」
「どういう事でしょうか? 殺気まみれの時は怖かったのですが」
メリッサが両目をパチクリさせる。
シルバーは自らを抱きしめた。心なしか震えている。
「あの男は身体を休ませる寸前の方が恐ろしいのですわ。カインにもブレイブにも忠告しましたけど、聞き入れなければ大変な事になりますわ」
ブレイブ、カイン、ダークの三人は喫茶店に入っている。ルルワもカインに連れていかれていた。
三人が喫茶店に入る前に、シルバーは忠告したのだ。
ダークに薬を盛ってはいけないと。痺れ薬や睡眠薬は論外だと。
ブレイブもカインも笑っていた。ブレイブは、そんな酷い事はしないよと屈託なく笑っていた。心配の種は、カインの目が笑っていなかった事だ。
アリアは溜め息を吐いた。
「ブレイブ様の命令で喫茶店に入らないようにするが、緊急事態になればやむを得ないな」
「きっと緊急事態になりますわ」
シルバーは確信したように言っていた。
メリッサは乾いた笑いを浮かべる。
「緊急事態になれば、私はお役に立てませんね」
「おまえの力は当然借りる。覚悟しておけ」
アリアにきっぱりと言われて、メリッサは身を縮こませて震えた。喫茶店の窓は閉じられ、外から様子が分からないように木の板がはめられていた。
喫茶店の中はオシャレな空間になっていた。壁や天井など、至る所に小さな花が飾られ、彩り豊かである。
木製の椅子は座り心地がいい。
各所に置かれた丸いテーブルには、清潔な白いテーブルクロスが掛けられている。テーブルクロスは床に届くほどの長かった。
真ん中のテーブルを囲うように、ブレイブたちはいた。
「綺麗な店だね。きっと普段は賑わっているだろう」
ブレイブが口を開くと、カインは朗らかに笑った。
「そうだね。ルルワは僕と違って器量がいいから、開店前にお客さんが待っている事もあるよ」
カインの笑い声が気に入らないのか、ダークは舌打ちをした。
「いろんな情報が集まるだろうな。反抗勢力は便利に使っていただろ」
「まあね。秘かに仲間を集めるのもここでやったね」
カインはニヤ付いていた。
「作戦会議もやりやすかったな」
「カイン、余計な事を言わないで。私たちを危険に晒す気?」
店の奥のオープンキッチンで仕込みをするルルワの両目が吊り上がる。
カインは両の掌を上に向けて、首を横に振った。
「そんなつもりは無いよ、おもてなしのついでだ。せっかく話し合うんだ。仲良くやろう」
カインがウィンクすると、ブレイブは親指を立てて、ダークはガンを飛ばしていた。
二人の温度差に気づいていないのか、ブレイブは笑顔を浮かべていた。
「二人ともすごい人だから、楽しみだな。まずはダークの趣味を語ってくれ」
「俺はすごくないし、趣味なんて無いぜ」
ダークが片手をめんどくさそうにパタパタと振る。
ブレイブは両目を丸くした。
「ローズ・マリオネットの仕事以外にやる事がないのか?」
「あるわけねぇだろ」
ダークの視線は冷たいが、ブレイブは食い下がる。
「趣味が無いのなら、始めよう。読書はどうだろう?」
「必要な知識なら集めるぜ。てめぇこそ少しは本を読んだらどうだ?」
「なんで僕が読書していないと分かったんだ!?」
ブレイブは驚きのあまり声が裏返った。
ダークは溜め息を吐く。
「いろいろ外れているからな」
「そうか、発想が自由だという事か」
「そのポジティブさは、ある意味ですげぇけどよ……仲間に苦労を掛けている自覚はあるか?」
「人は支え合って生きていくものだよ」
ブレイブの両目は澄んでいた。
ダークは天井を仰いだ。
「誰かこのバカ王子をどうにかしてくれねぇか?」
「僕に期待しても無駄だと思うよ」
カインがケラケラと笑う。
ダークは舌打ちをしてカインを睨む。
「誰もてめぇなんかに期待しねぇよ」
「分かった分かった、落ち着いて。神官のくせにガラが悪すぎるよ」
「今さら気にする事じゃねぇだろ」
「いやいや、ちょっとした噂を聞いた事があってね。確認したいんだ」
カインはダークの切れ長の瞳をジッと見つめる。
「かつて闇の眷属を騙し討ちしようとした集団が、返り討ちにあった事件があったみたいだ。もしかして、君が返り討ちにしたんじゃ?」
「俺じゃねぇよ。もっと偉大な神官だ。俺たちの間でマザーと呼ばれていたな」
ダークは遠い目をする。
「俺を育てた老婆だったな。変な所で厳しかったが、優しくて頼もしい御方だったぜ」
ブレイブは両目を輝かせた。
「ダークにとって頼もしいなんて、きっとめちゃくちゃすごい人だね」
「まあな。もう死んだけど」
「え?」
急転直下な話についていけず、ブレイブは呆けた。




