最優先にするべきもの
アステロイドの地下に、闇の眷属しか知らない通路がある。通路の先には広い空間があり、避難所として使用される。
襲撃を受けて、多くの人が不安に駆られていた。しかし、希望を見出す人も多かった。
「きっとローズ・マリオネットが助けてくださる」
「彼らの強さは神がかっている。数多くの戦場を勝利に導いたんだ」
「ブレイブさえいなければ、きっと大丈夫だ」
人々の顔色は明るい。勝利宣言が告げられるのを、今か今かと待っていた。
そんな中で、嗚咽をこらえる女性がいた。
「娘が……サナがいない」
女性、サナの母親はしゃがみ込んでいた。
そんな女性の傍で歯噛みする男性がいた。女性の夫だった。サナの父親である。
父親はサナより小さな幼子を抱きかかえている。サナの妹だ。
妹は両目をパリクリさせる。
「お姉ちゃんいないの?」
「うう……」
母親の両目からとめどなく涙が流れる。何度も拭うが止まらない。
「私が手を放さなければ良かったのに」
「おまえは何も悪くない。たまたまぶつかられて、二人とも転んでしまっただけだ。起き上がった時に、サナを連れて行く余裕は無かった。運が悪かったんだ」
慰める父親と視線を合わせられず、母親はうつむいた。
「サナはきっと辛い目にあっているわ」
会話が途絶えた。
父親は何も言えずに両肩を震わせ、母親は顔を両手で覆う。
妹は涙ぐんだ。
「お姉ちゃんいないの? 嫌だよ、嫌だよ!」
妹は人目もはばからずに泣き出した。
泣き声は避難所に響き渡る。
周囲の人間は同情の視線を向けたり、耳を塞いで目を閉じたりした。先ほどまで希望を見出していた人々の表情が暗くなる。
そんな中で怒声をあげる男性がいた。
「うるせぇな! 俺の親友なんかみんなを逃がすために戦った挙句に、神官様に見捨てられたぞ!」
男性の怒声が響き、緊張感が走る。泣き声も止んでいた。
男性は言葉を続ける。
「泣きたいのはみんなそうだ! でも、みんなを守るために戦った連中がいたのを忘れるな!」
男性は言い終えると荒い息をした。
誰も何もしゃべれなくなった。絶望的な雰囲気になった。
そんな時に、空間の歪みが生じる。
次の瞬間に、黒い神官服の男性と、黒いワンピースを着た幼子が現れた。
ダーク・スカイとサナである。
「おい、サナの両親はいるか!? いるならさっさと来い!」
ダークが声を張り上げると、サナの両親は慌てて走ってきた。
母親は両手を広げた。
「神官様、ありがとうございます! サナ、おいで」
サナは元気よく母親の胸に飛び込んだ。
父親も妹も、再会を喜んだ。
ダークは溜め息を吐く。
「俺だけの手柄じゃねぇよ」
「神官様、お召し物に傷がありますね。まさかサナを助けるために!?」
母親が青ざめて、ダークの神官服を指さす。ルルワのワールド・スピリットをくらってズボンの横側がいくらか裂けていた。
ダークは舌打ちをする。
「かすり傷も負ってねぇよ。気にすんな」
「ああ、本当に申し訳ございません! なんとお詫びをすれば良いのか……」
「敵の攻撃を食らったのは、俺の恥だ。詫びなんかいらねぇよ」
ダークのつっけんどんな口調に、母親は涙ぐんだ。
「サナを守るために苦労なさったのですね」
「気にすんなと言ったはずだぜ。俺は地上の状況を確認してくる。騒がずに待ってろ」
ダークは出口に向かって歩き出す。
「いちおう祈りの言葉を紡いでおくぜ。我が魂、リベリオンと共に」
ダークの言葉につられるように、人々は両手を合わせて祈りだしていた。
避難所を出て通路に入り、ダークは一息つく。
このところ戦いっぱなしだ。ローズ・マリオネットとして数多くの戦場を駆けてきたが、いつにも増して密度が濃い。
サンライト王国の跡地の戦いも、草原の戦場も、アステロイドの動乱も、疲労が溜まっていないと言えば嘘になる。
弱音を吐く気はないが、少しは身体を休めないと持たないだろう。
「その前に、グレナイの状況を確認するか」
ダークは襟元の黒い薔薇のブローチに片手をあてる。ブローチが淡く輝く。
「こっちは収まった。そっちだどうだ?」
「エリックさんの助力もあり、収まりました!」
グレイの声音はどことなく明るかった。
「僕たちだけでは勝てるか分かりませんでした。雷を伴う嵐に苦戦しました」
「ダークが戦ってくれれば楽勝だったのに」
ナイトのぼやきが聞こえる。
ダークの口の端が引くつく。
「俺に頼りきりになるな。てめぇらローズ・マリオネットだろ?」
「無駄に試練を与えないで」
「無駄じゃねぇだろ。てめぇらが嵐を抑えている間に、闇の眷属を避難させる事ができたんだ」
ダークは一呼吸置く。
「俺は野暮用があるから、てめぇらで避難所に来て勝利を伝えておけ」
「え!? 僕たちがですか!?」
グレイが驚いているが、ダークはさっさと連絡を切った。
「コズミック・ディール、テレポート」
空間転移のワールド・スピリットを使う。
空間転移を行う時に、中間点がある。歪みしか存在しない、上も下もない空間だ。ダークしか留まる事ができない場所である。歪みの空間から出れば、思う場所に瞬時に移動できる。
ダークは歪みの空間から出る前に、薔薇のブローチに触れる。とある人物に連絡を付けるためだ。
返事はすぐにきた。
「何かあったの? ダーク・スカイ」
艶のある女性の声だ。ローズ・マリオネットの司令塔であるローズベルである。
ダークは苦笑する。
「何の用事もないのに連絡つけていいんですか?」
「そうね、愛の告白は避けなさい」
「一生やりませんよ。そんな事より、ブレイブの事です」
ダークの声が低くなる。
「あの野郎、俺たちとの戦いを通じて強力になりました」
「ゴッド・バインドを使えるものね。もう私が動くしかないかもしれないわね」
ローズベルの口調が険しくなる。
「ローズ・マリオネットがここまで勝てない相手は早々に始末して、闇の眷属に平穏をもたらさないといけないわ」
「その事ですが、提案があります。あくまで草案レベルですけどね」
ダークの言葉に虚をつかれたのか、ローズベルが黙る。
ダークは続ける。
「ブレイブを殺すのではなく、あの野郎を利用するのはどうでしょうか?」
「冗談はよしなさい。また闇の眷属を危険に晒すつもりかしら?」
「俺は本気ですよ。ローズ・マリオネットは全力を尽くして負けました。誰が一番認めたくないかは分かると思いますが、負けました。ブレイブは、ゴッド・バインドの使い方も巧妙になりました。勝ち筋が見えません」
ダークはさらに畳みかける。
「リベンジしたいしプライドを守りたいのは山々ですが、俺たちが最優先にするべき目的は、闇の眷属の生き残りです。苦渋の選択肢となると思いますが、ご検討のほどよろしくお願いします」
「あなたまでそんな事を言うのね。まるでエリックみたい」
「エリックと同じにしないでください。殺しますよ」
ダークのこめかみは怒張した。
ローズベルの上品な笑い声が聞こえる。
「喧嘩するほど仲が良いと言うけど、限度があるわね。あなたがブレイブに負けたのは、ローズ・マリオネット同士が争ったせいもあると思うけど、どうかしら?」
ダークは返事に窮した。エリックがブレイブに味方したせいだと答えるのは、自分の能力で彼らを粉砕できないと認めるようで癪であるが、取り繕う言葉も思いつかない。
ローズベルは続ける。
「仲良くしなさいとは言わないけど、ローズ・マリオネット同士で共通の敵と戦えるといいわね」
「……俺にとって、エリックも敵です。共闘はありえないでしょう」
ダークは絞り出すように言った。
ローズベルはクスクス笑う。
「そうね。無理にとは言わないわ。ローズ・マリオネット同士が力を合わせられないと判断すれば、私がブレイブと戦うわ。全ては闇の眷属の生き残りのため。我が魂、リベリオンと共に」
「分かりました。迎えに行きますか?」
「いらないわ。久しぶりにリベリオン帝国の中央部以外の様子も見て回りたいし。あなたはブレイブを引き止めて」
「アステロイドから出さないようにします」
「お願いするわ。それじゃあまた」
連絡は切られた。
ダークは溜め息を吐いて、歪みの空間から出た。交渉事は好きではないが、アステロイドから出ないように言い聞かせるくらいなら、引き受けてもいいだろうと判断していた。




