表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る  作者: 今晩葉ミチル
アステロイドの動乱
41/62

最優先にするべきもの

 アステロイドの地下に、闇の眷属しか知らない通路がある。通路の先には広い空間があり、避難所として使用される。

 襲撃を受けて、多くの人が不安に駆られていた。しかし、希望を見出す人も多かった。

「きっとローズ・マリオネットが助けてくださる」

「彼らの強さは神がかっている。数多くの戦場を勝利に導いたんだ」

「ブレイブさえいなければ、きっと大丈夫だ」

 人々の顔色は明るい。勝利宣言が告げられるのを、今か今かと待っていた。

 そんな中で、嗚咽をこらえる女性がいた。


「娘が……サナがいない」


 女性、サナの母親はしゃがみ込んでいた。

 そんな女性の傍で歯噛みする男性がいた。女性の夫だった。サナの父親である。

 父親はサナより小さな幼子を抱きかかえている。サナの妹だ。

 妹は両目をパリクリさせる。

「お姉ちゃんいないの?」

「うう……」

 母親の両目からとめどなく涙が流れる。何度も拭うが止まらない。

「私が手を放さなければ良かったのに」

「おまえは何も悪くない。たまたまぶつかられて、二人とも転んでしまっただけだ。起き上がった時に、サナを連れて行く余裕は無かった。運が悪かったんだ」

 慰める父親と視線を合わせられず、母親はうつむいた。

「サナはきっと辛い目にあっているわ」

 会話が途絶えた。

 父親は何も言えずに両肩を震わせ、母親は顔を両手で覆う。

 妹は涙ぐんだ。

「お姉ちゃんいないの? 嫌だよ、嫌だよ!」

 妹は人目もはばからずに泣き出した。

 泣き声は避難所に響き渡る。

 周囲の人間は同情の視線を向けたり、耳を塞いで目を閉じたりした。先ほどまで希望を見出していた人々の表情が暗くなる。

 そんな中で怒声をあげる男性がいた。


「うるせぇな! 俺の親友なんかみんなを逃がすために戦った挙句に、神官様に見捨てられたぞ!」


 男性の怒声が響き、緊張感が走る。泣き声も止んでいた。

 男性は言葉を続ける。

「泣きたいのはみんなそうだ! でも、みんなを守るために戦った連中がいたのを忘れるな!」

 男性は言い終えると荒い息をした。

 誰も何もしゃべれなくなった。絶望的な雰囲気になった。


 そんな時に、空間の歪みが生じる。


 次の瞬間に、黒い神官服の男性と、黒いワンピースを着た幼子が現れた。


 ダーク・スカイとサナである。

「おい、サナの両親はいるか!? いるならさっさと来い!」

 ダークが声を張り上げると、サナの両親は慌てて走ってきた。

 母親は両手を広げた。

「神官様、ありがとうございます! サナ、おいで」

 サナは元気よく母親の胸に飛び込んだ。

 父親も妹も、再会を喜んだ。

 ダークは溜め息を吐く。

「俺だけの手柄じゃねぇよ」

「神官様、お召し物に傷がありますね。まさかサナを助けるために!?」

 母親が青ざめて、ダークの神官服を指さす。ルルワのワールド・スピリットをくらってズボンの横側がいくらか裂けていた。

 ダークは舌打ちをする。

「かすり傷も負ってねぇよ。気にすんな」

「ああ、本当に申し訳ございません! なんとお詫びをすれば良いのか……」

「敵の攻撃を食らったのは、俺の恥だ。詫びなんかいらねぇよ」

 ダークのつっけんどんな口調に、母親は涙ぐんだ。

「サナを守るために苦労なさったのですね」

「気にすんなと言ったはずだぜ。俺は地上の状況を確認してくる。騒がずに待ってろ」

 ダークは出口に向かって歩き出す。

「いちおう祈りの言葉を紡いでおくぜ。我が魂、リベリオンと共に」

 ダークの言葉につられるように、人々は両手を合わせて祈りだしていた。

 避難所を出て通路に入り、ダークは一息つく。

 このところ戦いっぱなしだ。ローズ・マリオネットとして数多くの戦場を駆けてきたが、いつにも増して密度が濃い。

 サンライト王国の跡地の戦いも、草原の戦場も、アステロイドの動乱も、疲労が溜まっていないと言えば嘘になる。

 弱音を吐く気はないが、少しは身体を休めないと持たないだろう。

「その前に、グレナイの状況を確認するか」

 ダークは襟元の黒い薔薇のブローチに片手をあてる。ブローチが淡く輝く。

「こっちは収まった。そっちだどうだ?」

「エリックさんの助力もあり、収まりました!」

 グレイの声音はどことなく明るかった。

「僕たちだけでは勝てるか分かりませんでした。雷を伴う嵐に苦戦しました」

「ダークが戦ってくれれば楽勝だったのに」

 ナイトのぼやきが聞こえる。

 ダークの口の端が引くつく。

「俺に頼りきりになるな。てめぇらローズ・マリオネットだろ?」

「無駄に試練を与えないで」

「無駄じゃねぇだろ。てめぇらが嵐を抑えている間に、闇の眷属を避難させる事ができたんだ」

 ダークは一呼吸置く。

「俺は野暮用があるから、てめぇらで避難所に来て勝利を伝えておけ」

「え!? 僕たちがですか!?」

 グレイが驚いているが、ダークはさっさと連絡を切った。


「コズミック・ディール、テレポート」


 空間転移のワールド・スピリットを使う。

 空間転移を行う時に、中間点がある。歪みしか存在しない、上も下もない空間だ。ダークしか留まる事ができない場所である。歪みの空間から出れば、思う場所に瞬時に移動できる。

 ダークは歪みの空間から出る前に、薔薇のブローチに触れる。とある人物に連絡を付けるためだ。

 返事はすぐにきた。

「何かあったの? ダーク・スカイ」

 艶のある女性の声だ。ローズ・マリオネットの司令塔であるローズベルである。

 ダークは苦笑する。

「何の用事もないのに連絡つけていいんですか?」

「そうね、愛の告白は避けなさい」

「一生やりませんよ。そんな事より、ブレイブの事です」

 ダークの声が低くなる。

「あの野郎、俺たちとの戦いを通じて強力になりました」

「ゴッド・バインドを使えるものね。もう私が動くしかないかもしれないわね」

 ローズベルの口調が険しくなる。

「ローズ・マリオネットがここまで勝てない相手は早々に始末して、闇の眷属に平穏をもたらさないといけないわ」

「その事ですが、提案があります。あくまで草案レベルですけどね」

 ダークの言葉に虚をつかれたのか、ローズベルが黙る。

 ダークは続ける。

「ブレイブを殺すのではなく、あの野郎を利用するのはどうでしょうか?」

「冗談はよしなさい。また闇の眷属を危険に晒すつもりかしら?」

「俺は本気ですよ。ローズ・マリオネットは全力を尽くして負けました。誰が一番認めたくないかは分かると思いますが、負けました。ブレイブは、ゴッド・バインドの使い方も巧妙になりました。勝ち筋が見えません」


 ダークはさらに畳みかける。


「リベンジしたいしプライドを守りたいのは山々ですが、俺たちが最優先にするべき目的は、闇の眷属の生き残りです。苦渋の選択肢となると思いますが、ご検討のほどよろしくお願いします」

「あなたまでそんな事を言うのね。まるでエリックみたい」

「エリックと同じにしないでください。殺しますよ」

 ダークのこめかみは怒張した。

 ローズベルの上品な笑い声が聞こえる。


「喧嘩するほど仲が良いと言うけど、限度があるわね。あなたがブレイブに負けたのは、ローズ・マリオネット同士が争ったせいもあると思うけど、どうかしら?」


 ダークは返事に窮した。エリックがブレイブに味方したせいだと答えるのは、自分の能力で彼らを粉砕できないと認めるようで癪であるが、取り繕う言葉も思いつかない。

 ローズベルは続ける。

「仲良くしなさいとは言わないけど、ローズ・マリオネット同士で共通の敵と戦えるといいわね」

「……俺にとって、エリックも敵です。共闘はありえないでしょう」

 ダークは絞り出すように言った。

 ローズベルはクスクス笑う。

「そうね。無理にとは言わないわ。ローズ・マリオネット同士が力を合わせられないと判断すれば、私がブレイブと戦うわ。全ては闇の眷属の生き残りのため。我が魂、リベリオンと共に」

「分かりました。迎えに行きますか?」

「いらないわ。久しぶりにリベリオン帝国の中央部以外の様子も見て回りたいし。あなたはブレイブを引き止めて」

「アステロイドから出さないようにします」

「お願いするわ。それじゃあまた」

 連絡は切られた。

 ダークは溜め息を吐いて、歪みの空間から出た。交渉事は好きではないが、アステロイドから出ないように言い聞かせるくらいなら、引き受けてもいいだろうと判断していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ