素直じゃない
ブレイブは天に向かって両の拳を突き上げた。
「倒れている人たちの治療をして、女の子を親御さんに届けたら話し合いだ!」
ブレイブは倒れている人たちに、手当たり次第にヒーリングを掛けていく。気を失っている人々の顔色がみるみるうちに良くなった。意識を取り戻すのは時間の問題だろう。
ダークは頭をかいた。
「敵のはずなのに、闇の眷属まで治療するなんてな。何を考えてんだか」
「ブレイブ様は世界を良くしようと必死なのです。あなたならきっと理解できると思います」
メリッサが口を挟んだ。シルバーが召喚した猛獣から降りて、幼子に目線を合わせる。
「あなたのような子供が安心して暮らせるように頑張っているのです」
「ブレイブ、いい人。覚えた」
幼子の返答に、メリッサは深々と頷いた。
「理解が早いですね。あなたは本当に頭のいい子ですね」
メリッサが微笑み掛けると、幼子はダークの足元に抱きついた。はにかんだ笑みを浮かべている。
ダークは呆れ顔になっていた。
「離れろよ。歩きづらいぜ」
「やだ。あいつ、こわい」
幼子はカインを指さす。
カインは両手を叩いて、心底愉快そうに笑った。
「ははは、参ったな! まさかローズ・マリオネットより恐れられるなんて。ローズ・マリオネットは人に恐れられ、従わせるのが使命のはずなのに。ダーク・スカイはいつの間にか、子供すら恐れない中央部担当者になっていたんだね」
「死にてぇならそうするぜ」
ダークはカインを睨みつける。切れ長の瞳に底知れない殺意が宿る。
カインは鼻で笑っていた。
「そんな事を言っていいのかな? 僕は君のすべてを封じる事ができるのに」
「止止しましょう。殺し合っても、誰も幸せになりません」
メリッサが間に入る。
ダークは舌打ちをする。
「カインが死んだら、俺は幸せだけどな」
「よし、治療完了!」
ブレイブの歓声が響く。倒れていた人たちのうち、多くの人が起き上がる。信じられないという表情を浮かべて、互いに顔を見合わせていた。
ブレイブは人々の治療に成功したと確信すると、幼子に歩み寄る。しゃがんで視線を合わせる。
「君をご両親のところに連れて行きたい。名前は言えるか?」
「……サナ」
幼子サナは、ダークの足に抱きついたまま恥ずかしそうに答えていた。
ブレイブは鷹揚に頷く。
「可愛い名前だね。僕と一緒に歩けるか?」
「うん。パパとママは避難所にいると思う」
サナは小さく頷いて、右手を伸ばす。ブレイブはその手をとって、笑う。
微笑ましいやり取りだ。メリッサもクスクス笑う。
しかし、ダークは溜め息を吐いた。
「サナ、その手を放せ」
「え? なんで?」
サナは両目をパチクリさせて首を傾げた。
ダークの眼光は鋭い。
「ブレイブは敵だ。一緒に行動するなら、てめぇも殺す」
「ええ……ブレイブ、いい人なのに」
サナは困惑した。ダークとブレイブを交互に見て、泣きそうな表情を浮かべている。
「死ぬのやだ。でも、パパとママに会いたい」
「俺が連れて行く。それで文句はねぇな?」
ダークが威圧すると、サナは曖昧に頷いた。
ブレイブは朗らかに笑って、サナから手を放した。
「ダークは相変わらず素直じゃないな」
「敵を避難所に連れて行くわけにはいかねぇよ。サナを両親に届けたらここに戻る。少し待ってろ。コズミック・ディール、テレポート」
ダークとサナが一瞬にして姿を消した。
あとには微笑むブレイブ、にやつくカイン、そして戸惑う人々が残されていた。




