悪い人
ダークは大地を蹴る。一気に距離を詰めるつもりだ。
おびただしい数の人間が倒れているが、ダークにとって敵対する人間たちだ。踏みつけても良心の呵責は全くない。
そんな様子を見て、カインはせせら笑いを浮かべた。
「ダーク・スカイは接近戦に持ち込むしかないからね。まあ、ナイフの間合いに入ったら僕たちは殺されるだろうけど」
「クリスタル・ウェーブ、ウォール」
カインの隣で、ルルワがワールド・スピリットを放った。
透き通る青い壁が地面から伸び立ち、ダークの目の前を阻む。ダークは間髪入れずに横に跳んで壁を避ける。
その動きを見透かしたように、ルルワが新たなワールド・スピリットを放つ。
「クリスタル・ウェーブ、ブレード」
透き通る青い刃が地面からいくつも生える。刃はダーク目掛けて勢いよく伸びる。常人なら避けられない速さの攻撃だが、刃の伸び方はいずれもまっすぐで予測がつきやすい。
ダークは難なくかわして、口の端を上げる。
「安直すぎるぜ」
ルルワは悔しそうに両肩を震わせた。
「化け物じみた体術ね」
「ルルワ、攻撃を続けなさい。近づけてはいけないよ」
カインは落ち着いた口調で嫌らしい笑みを浮かべる。
「もうすぐ作戦が実行できるはずだ」
「カイン様、連れてきました!」
一人の青年が走ってきた。その腕には、泣きじゃくる幼子が抱えられている。幼子は黒いワンピースを着る女の子だった。
闇の眷属の子供が捕らえられているのだ。両親とはぐれて逃げ遅れたのだろう。
青年は幼子に短剣を突き付ける。
「ダーク・スカイ、おまえが動けば子供が死ぬぞ!」
「見え据えた脅しだな。本気で通じると思うのか?」
ダークは足を止めて、愉快そうに両目を細めた。
「無駄な作戦だな」
「ふざけた事を! 今のおまえに何ができる……!?」
青年は短剣を握る手を強めるようとする。しかし、なぜか力が入らない。幼子を抱える腕が、意識していないのにずり落ちていく。
青年の両腕にナイフが刺さっていた。投擲されたものだと気づいた時には、幼子は腕から零れ落ちていた。
呆然とする幼子の目に、ダークが映る。
ダークは一言、口にする。
「走れ」
幼子は泣きじゃくりながら走る。
アステロイドの戦いは、ほとんどダークの思惑通りであった。
闇の眷属の大多数が避難し、敵対する人間たちを徐々に追い詰めていっている。自らのワールド・スピリットを封じられた事は予想外であったが、倒せない相手ではないだろう。
幼子が、倒れている人間たちの隙間をぬって駆け寄ってくる。
ダークは舌打ちをして自分の後ろを親指でさした。
「その調子で走れよ。親が待っているだろうから」
「うわあああぁぁああん!」
幼子はダークの足元にしがみついた。助けてくれる大人と認識したのだろう。
今のダークにとって迷惑でしかない。
「おい、ガキの世話なんてできないぜ!?」
「クリスタル・ウェーブ、ブレード」
いくつもの透き通る青い刃がダークを囲うように地面から出現する。このままでは串刺しにされる。
ダークは咄嗟に幼子を片腕で抱え上げて跳躍し、刃の囲いから出た。刃は神官服を多少傷つけたが、身体に届く寸前にかわす事ができた。間髪入れずにナイフを投擲し、ルルワの腕に命中させる。
ルルワはうめき、腕を押さえてうずくまる。
その様子をカインが冷めた目で見ていた。
「ひどいね。女性を傷つけるなんて。サプレッション、ブルースカイ」
「同じワールド・スピリットを重ねて意味があるのか……!?」
ダークの問いかけは、状況が明確に答えを示した。
ダークの身体が突然に動けなくなった。両手両足が鉛になったように重くなり、呼吸もままならない。地面に倒れこむしかなかった。幼子を抱える余裕もない。
幼子は、ダークの腕にしがみついて泣きじゃくる。どうする事もできないだろう。
カインが勝ち誇った笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「苦しいだろ? 本当はここまでするつもりはなかったよ。でも、君が大人しくしないから」
カインは短剣を片手に持ち、ダークの傍でしゃがむ。
「僕の仲間が負った傷を君にも与えるよ。その前にうるさい子を黙らせようか」
カインは幼子に手を伸ばす。
幼子は泣きじゃくりながら首を横に振る。足がすくんで逃げられないのだろう。
カインはあざ笑う。
「しつけのなってない子供は嬲り甲斐がありそうだ」
「……触んな」
ダークが低い声を発し、カインを睨む。切れ長の瞳はぎらつき、底知れない殺気を放っている。
カインは両目を見開いた。
「驚いた。まだそんな剣幕を出せるのか。もっと痛めつけておいた方が良さそうだ」
「こっちだ! こっちから子供の泣き声が聞こえたよ!」
唐突に少年の声が響いた。茶髪の少年だった。ブレイブが猛獣に乗ってきていた。
ブレイブだけではない。シルバーやアリア、そしてメリッサも猛獣に乗ってきていた。
カインの全身が震え、冷や汗だらけになる。見るからに動揺していた。
「ブレイブ王子!? どうしてこんなところに」
ブレイブ・サンライトは名高く、清廉潔白だと聞いている。ローズ・マリオネットを何人も倒したという。悪者だと認識されて殴られたら、ひとたまりもないだろう。
ブレイブは猛獣の動きを止めて、辺りを見渡した。
「アステロイドで暴動が起こっていると聞いて心配になったんだ。多くの犠牲が出るんじゃないかって」
ブレイブは猛獣から降りた。
「たくさんの人が倒れている。早く治療しないと」
「……そうだね、ブレイブ王子。僕の仲間たちが倒れているのは、ダーク・スカイのせいだ。ルルワだって傷つけられた。彼を拘束するのが先だ」
カインは咄嗟に取り繕うと考えた。彼の仲間たちがダークのワールド・スピリットで倒れたのも、ダークのナイフでルルワが傷ついたのも、嘘ではない。
カインは黒い手枷を取り出す。特殊な手枷だ。はめられた人間はワールド・スピリットを使えなくなる。
カインはダークの腕に手を伸ばす。後ろ手に手枷をはめるつもりだ。
その手を、ブレイブは掴んだ。
「ダークの様子がおかしい。ひどく苦しそうだよ」
「僕の大切な仲間たちが傷つけられたから、懲らしめようとしたんだ。捕まえるのに苦労したよ」
「そうなのか、僕が説得するよ」
「説得が通じる相手じゃないよ」
カインは憐みの視線を浮かべる。ブレイブが逡巡するのを、内心でほくそ笑んでいた。
しかし、思わぬ言葉を浴びる事になる。
「助けて、その人悪い人」
幼子が涙声で言って、カインを指さした。
ブレイブは両目を丸くする。
「詳しく聞かせてくれるか?」
「私たちを殺そうとした。怖い人」
「そうなのか……」
ブレイブはカインをじっと見る。
カインは内心で恐怖におののいていたが、笑顔を取り繕った。
「誤解だよ。僕はダーク・スカイたちと仲良くしたいだけだ。彼が大人しかったら僕は何もしなかった」
「ダークの性格に問題があるのは認めるけど、話し合いをしたい。文句はないよね?」
ブレイブは真剣な眼差しでダークにヒーリングをかけた。
カインは歯噛みしたが、何も言えなかった。
ダークは何度か荒い咳をしたが、すぐに普通の呼吸を取り戻した。
「……死ぬかと思ったぜ」
「生きてくれて嬉しいよ」
ブレイブが微笑み掛けた。
ダークは舌打ちをしてその場であぐらをかいた。
「命を助けられたと認めてやる。要求は何だ? 可能な限り応えてやる」
「前々から言っているけど、君と話し合いがしたい」
ブレイブの素直な言葉に、ダークは溜め息を吐いた。
「俺なんかと話すなんて、何の得があるんだか」
「君は君が思っている以上にすごい人だ。大丈夫だよ」
ダークは怪訝な顔つきになったが、ブレイブに対して何かするわけでもなく、立ち上がった。




