それぞれの想い
白い靄に、人影が浮かび上がっている。それぞれの深層心理を表したものだった。エリックは迷い、シルバーはエリックをまっすぐに見つめ、アリアは怯え、メリッサは微笑んでいた。ダークの影は泣いていたものから呆然としているものに変化していた。
そして、ブレイブの影は力強く拳を作っている。
実物と影の形は異なっている。
グレイとナイトを除いた全員が、その場に立ち尽くしている。穏やかな風と朝の光が、辺りを優しく撫でていた。
白い靄は空気に溶けるように消えていく。人影も消えていった。
ダークは溜め息を吐く。
「俺の精神まで治したのか」
ダークの精神はグレイとナイトのワールド・スピリットで破壊され、その力をいい様に利用されていた。シルバーやアリアの精神も破壊されていたのを、ブレイブが共に治したのだ。
ブレイブは力強く頷く。
「君とはじっくりと話したいと思ったんだ。今はグレイの治療をしたいけど」
倒れているグレイの胸には、エリックのナイフが深々と刺さっている。放っておけば確実に死に至るだろう。
ダークは視線をそらす。
「てめぇに感謝しないと思うぜ」
「構わないよ。彼らが僕を嫌っているのは分かっている。でも、助けられる人間を放っておきたくないんだ」
ブレイブはグレイにそっと歩み寄る。
グレイを抱きしめて、ナイトが涙ながらに首を横に振る。
「やめて。私が嫌われる。耐えられない」
ナイトの声は震える。
「グレイの意地を守れなかった。見捨てられる」
「もしも見捨てられたら、世界を癒すために、僕たちと一緒に頑張らないか?」
ブレイブはしゃがむ。
ナイトは首を何度も横に振った。
「世界なんて癒せるものじゃない」
「俺もそう思うぜ。世界は残酷だ」
ダークが口を挟む。
「生き残りたい奴は、力づくで生き延びしかないぜ」
「私たちにはもう力が残っていない」
ナイトの両目から大粒の涙がこぼれる。涙を拭う事なく、グレイを抱きしめていた。
「グレイだけは死なせたくなかった」
「諦めるのか? 生き残る手段が残っているのに」
「え?」
ダークの問いかけに、ナイトは首を傾げた。ダークの視線を追うと、ブレイブがいる。
ナイトは戸惑った。
「本気で言っている?」
「見捨てられるとか嫌われたくないとか、てめぇの感情を否定するつもりはないが、それがグレイの為になるかよく考えろ」
ダークは舌打ちをする。
「見殺しにして納得がいくのなら、そうしろよ」
突き放すような言い様に、ナイトは言葉を失った。青と黒のオッドアイが揺れる。長いような、短いような時が経つ。
やがて涙をぬぐい、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……グレイを助けて」
「いいよ、ちょっと待ってね」
ブレイブは優しく微笑んだ。
アリアが声を張り上げる。
「お待ちください! 殺そうとしてきた人間を無条件に助けるなど、都合が良すぎます!」
「心配しないで、僕は大丈夫だから。アリアは納得できないかもしれないけど、僕に決めさせてほしい」
毅然とした口調で言われて、アリアは戸惑った。
「いったいどこまでお人良しなのですか……」
「アリアさん、分かりきっている事でしょう。ブレイブ様は目の前で苦しんでいる人を見捨てられません」
メリッサが、アリアの肩を軽く叩く。
「主の方針に従いましょう」
「……おまえたちは分かっているのだろうな? ブレイブ様から多大な恩を受けているという事を」
アリアがダークとナイトを交互に睨む。
ダークは呆れ顔になっていた。
「好きにやらせているだけだ。敵という認識は変わってないぜ」
「本当にそう思っていますか? 顔に嘘だと書いていますよ」
メリッサが微笑むと、ダークは両目を見開いた。
「俺の顔に?」
「嘘ですよ。完璧な悪役顔でした。ただ、仲間を救われて悪い気はしていないでしょう?」
メリッサがクスクス笑うと、ダークは両手でナイフを構えて両肩をワナワナと震わせた。
「死にてぇようだな」
「不愉快にさせたならごめんなさい……あら?」
メリッサは両目をパチクリさせた。ダークの襟元のブローチが小刻みに震えていた。誰かが連絡を取りたがっているのだ。
ダークが右手の甲でブローチに触れた途端に、号泣が響き渡る。
「ダークさあぁぁああん! 助けてぇぇええ、アステロイドが大変なのおぉぉおおん!」
グレゴリーの声だった。
ダークは溜め息を吐く。
「襲撃か?」
「本当に厄介よん、ローズ・マリオネット抜きに無理よ、助けてぇぇええ!」
「うるせぇよ、静かにしろ。グレナイ、すぐに行くぜ」
ダークが声を掛けると、起き上がったばかりのグレイは両目をぱちくりさせた。胸に刺さっていたナイフは抜かれて、傷口は塞がっていた。
「あの……僕は何も状況が分からないのですが……そもそもなんで僕は生きているのでしょうか?」
「察しろ」
ダークの答えは短かった。
ナイトは不器用に笑う。
「良かった。ブレイブ、少し好きになった」
「妬けますね。僕よりも好きになってしまいましたか?」
「ありえない。何があってもグレイが一番好き」
ナイトとグレイの会話を聞きながら、ダークは首を横に振った。
「もう行くぜ。コズミック・ディール、テレポート」
空間転移により、ダークとグレイとナイトが一瞬にして姿を消した。
ブレイブは立ち上がり、エリックに向き直る。
「僕たちも行こう」
「俺たちが行く必要があるのか? アステロイドはあの三人に任せていいと思う」
エリックが淡々と言うと、ブレイブは首を横に振る。
「三人だけでは大変だろう。人手は多い方がいいはずだよ」
「底なしのお人好しだな」
エリックは口の端を上げる。
「俺もそのお人好しに救われた。恩には報いる。インビンシブル・スチール、スライス・ウィング」
エリックの背中に、鋼鉄の薄い翼が生える。風に乗れば空を飛ぶ事ができる。
ブレイブは両目を輝かせて、エリックの右手に捕まった。
「ありがとう!」
「私を置いていくのはありえませんわ!」
シルバーがエリックの左手を掴む。
その後も、アリアがブレイブの手を、メリッサがシルバーの手を掴む。
「ブレイブ様をお守りするのが私の使命です」
「皆さん私を置いていかないでください~」
それぞれの想いを口にして、ブレイブたちは空へ飛び立つ。
綺麗な朝ぼらけが広がっていたが、楽しむ余裕は無かった。




