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熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る  作者: 今晩葉ミチル
最強のローズ・マリオネットたち
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見極めなさい

 白い糸が無尽蔵に広がり、エリックが召喚した鋼鉄を勢いよく絡め取り、包み込んでいく。

 エリックは焦りを滲ませた。

「糸を切り刻めない……」

 木の根状の鋼鉄を足場にしているエリックは、さらに鋼鉄を伸ばして足場を増やす。今は白い糸から逃げる事しか思いつかない。

 そんな時に、シルバーの悲鳴が聞こえた。声のする方を見れば、白い糸に胴体を絡め取られていた。

 エリックの顔面は青くなった。

「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」

 慌てて地面から木の根状の鋼鉄を生やす。勢いよく伸びた鋼鉄はシルバーを絡め取る糸を切り刻むが、新たに伸びる糸が、再びシルバーを絡め取る。

 そんな時に残酷な言葉が響く。

「ソウル・ブレイク、デスペア」

 精神を破壊させるワールド・スピリットだ。ナイトが泣きながら放っていた。

 その場にいる多くの人間の瞳から光が消える。

 シルバー、アリア、そしてダークまでも瞳が虚ろになっていた。

 エリックは鋼鉄の上を走りながら、苦々しく呟く。


「味方のはずのダークも操るのか」


「コズミック・ディール、ヘル・コラプサー」


 信じられないほど抑揚のないダークの声が響く。まるでナイトがしゃべっているかのようだ。

 エリックの目の前に崩壊星が生まれる。地上も見れば、崩壊星は幾つも生まれていた。凶悪な引力が地上、上空問わずに発生する。焦げた大地が土埃をあげる。光さえ逃がさない崩壊星に吸収されれば、誰も助からないだろう。

 エリックは額に汗を滲ませた。

「インビンシブル・スチール、フォレスト」

 自らの足元や仲間たちの身体を木の根状の鋼鉄でぐるぐる巻きにした。一時しのぎに過ぎないが、大人しく崩壊星に吸収されるつもりはない。

 しかし、崩壊星は急速に膨らみ、引力を増していく。ダークがいる限り、無限に膨らむだろう。

 崩壊星を止めるには、ダークを倒すしかない。

 エリックは新たに鋼鉄を召喚し、ダークを切り刻もうとする。

「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」

 木の根状の刃がダークに迫る。

「コズミック・ディール、グラビティ」

 刃は勢いよく伸びていた。しかし、凶悪な重力を受けて地面に伏せる。

 同時に残酷な言葉が響く。

「ソウル・ブレイク、デスペア」

 エリックの首筋に白い糸が巻かれていた。崩壊星に気を取られていて、気づかなかったのだ。

 エリックの胸の内が重くなる。暗い気持ちに支配される。

 暗闇に人影が浮かび上がる。ボサボサの紫色の髪を肩まで生やした、少女だった。


「バイオレット……」


 エリックが名前を呼ぶ。幼い頃に自分を庇って殺された少女だ。エリックの想い人だった。

 紫色の髪を生やす少女は感情の伺えない表情で、一言だけ呟く。

「死んで」

 エリックの胸がズキリと痛む。

 少女は言葉を続ける。


「どうしてあたしだけ死んだの? どうして?」


「……俺を庇ったからだ」


 エリックの声が震える。バイオレットがサンライト王国の軍人に切り刻まれている間、エリックは泣き叫ぶ事しかできなかった。

 自分の非力さをずっと責めていた。

 エリックの足元に、黒い手が伸びる。奈落の底に引きずり落とそうとしているのだろう。

 今のエリックに抵抗する気力はない。目を閉じて、なされるがままにされた方が楽だとさえ感じる。

 そんな時に、エリックの耳元で強烈な怒鳴り声が響いた。


「なんで大人しくしているの!? 言い返しなさいよ!」


 エリックにとって、知らない声ではなかった。


「バイオレット……? 分裂したのか」


 声のする方を見ても、誰もいない。

 しかし、確かな温かみを感じる。

 暗闇から、はつらつとした声が聞こえる。


「あたしは分裂なんてしないよ、あっちが偽物! あたしはあんたに死ねなんて絶対に言わない! どっちが本物かちゃんと見極めなさい!」


 怒っているようだ。しかし、エリックにとって笑いがこみ上げるほどありがたいものだった。

 バイオレットの姿をした少女は、感情の伺えない表情のまま、抑揚のない声で呟く。

「ひどい……自分だけ助かろうなんて」

「あんたなんか幻でしかないんだから、大人しく消えなさい!」

 温かな声は、エリックに勇気を与えていた。

「ありがとう、バイオレット」

 エリックは表情のない少女の胸を、力いっぱい殴りつけた。

 少女は甲高い断末魔をあげて、消え去った。

 気づいた時には、頭上に星空があった。先ほどの暗闇が消えたようだ。

 しかし、目の前に崩壊星が迫っている。

 エリックは大慌てで木の根状の鋼鉄で、自らの足元を絡ませて、引力から離れる方向に跳び退いた。

 地上の仲間たちは、木の根状の鋼鉄に巻かれていたおかげで、崩壊星に吸収されずに済んでいる。エリックが精神破壊で意識を奪われていたのは、ほんの一瞬の出来事だったようだ。

 その一瞬で分かった事がある。

 精神破壊は行われた。しかし、それ以上に心を守る働きかけがあった。

 エリックは口の端を上げる。


「ブレイブの復活は近い」


 地上では、木の根状の鋼鉄に絡まれたシルバー、アリアがいる。そしてメリッサに頭を撫でられているブレイブがいる。

 メリッサは優しい声で呟いていた。

「頑張りましたね。少しはご自身を癒しても良いと思いますよ」

「ボクを……?」

 ブレイブは虚ろな瞳のまま、首を傾げた。

 メリッサは力強く頷いた。


「世界を癒すなら、まずは自分自身からですよ」


 ブレイブはメリッサの言葉に素直に従って、自分自身の胸に手を当てた。

「ヒーリング」

 ブレイブが温かな光に包まれる。

 メリッサは微笑む。

「思い出してください。あなたを支えてきた人たちの事を」

 温かな光から、白い靄が生まれ、広がっていく。柔らかな靄に包まれたシルバーとアリアの瞳に、光が取り戻される。

 幾つもの崩壊星が、いずれも小さくなっていく。引力が弱まっていく。

 無尽蔵に広がっていた白い糸が、力なく地面へ崩れ落ちていく。

 エリックは安堵の溜め息を吐いた。

「ゴッド・バインドか」

 ゴッド・バインドは、ごくわずかな血筋の人間に、神から贈られたものと言われている。大切に想ってくれる人が死ぬほどエネルギーを増す。

 確実に強くなれるが、悲しい力だ。

 しかし、今のブレイブはうまく使いこなしている。

 崩壊星が消える。

 エリックは安全を確認して、シルバーやアリアを絡める鋼鉄を消した。鋼鉄は地面に溶けるように消えていった。

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