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熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る  作者: 今晩葉ミチル
最強のローズ・マリオネットたち
32/62

無数の糸と精神破壊

 ブレイブは逡巡していた。

 グレゴリーのワールド・スピリットで穴をあけられた建物は、ヒーリングで治せる。しかし、上空にいるグレゴリーを倒す手段を思いついていなかった。グレゴリーはグレイのワールド・スピリットのおかげで、上空で宙づりになっているのだ。グレイとナイトは、白い糸で作られた足場に乗っている。


「まずはグレイを倒すべきなのだろうけど……」


 ブレイブはうなった。両手で拳を作るが、到底届かない。彼らの足場を崩そうとアリアが地上につながる白い糸を切り刻んでいるが、一向に崩れる気配は無い。

 そんな時に、シルバーがワールド・スピリットを放つ。

「デッドリー・ポイズン、ヴェリアス・ビースト」

 猛毒を持つ猛獣を召喚するワールド・スピリットだ。使い手が死なない限り、永遠に召喚する事ができる。シルバーが得意とするものである。

 グレゴリーがあざ笑う。


「いくら猛獣を召喚したって、空中にいるあたしたちに届かないでしょう……!?」


 あざ笑う顔が固まった。


 黒紫色のヒョウが召喚されたのは、グレイの目の前だった。グレイは躊躇いなく後ろに跳び、ヒョウの牙を逃れる。グレイの左腕を抱きしめるナイトも同様の動きをしていた。

 牙をかわされたヒョウは地面に落下するものと思われた。

 しかし、シルバーが次の手を打つ。

「デッドリー・ポイズン、ヘイトレッド・ファウンテン」

 ヒョウの形が崩れ、一瞬にしてドロドロの液体となる。猛毒の液体だ。グレイとナイトに襲い掛かる。

 グレイとナイトは白い糸で吊り上がり、さらに上空に行って猛毒をかわした。

 グレイは微笑む。


「予想しておりました」


 猛毒の液体が地面へ落ちていく。いくらか白い糸に触れて溶かしたが、グレイたちの足場を揺らがせる事ができない。

 落ちて来る猛毒の液体をかわしながら、シルバーは悔しさをにじませた。

 シルバーの表情を見て、グレイが苦笑する。

「僕たちだって苦い想いをしておりますよ。グレゴリーさんを落下させておけば、もっと簡単にブレイブさんたちを倒せますのに」

「それでいい。ブレイブ退治は何よりも優先される」

 ナイトがしれっと答えた。

 グレゴリーが悲鳴をあげる。

「ちょっと何言ってんの!? あたしを見捨てたらダークさんが黙ってないわよ!?」

「ナイトさん、素晴らしい案ですね。いざという時にはダークさんに、グレゴリーさんは尊い犠牲になったと伝えましょう」

「素晴らしくなんてないわよん! ダークさん助けてえぇぇえええ!」

 グレゴリーは襟元のブローチに触れて絶叫した。薔薇の形をした緑色のブローチだった。同じ形のブローチを持った人物と連絡を取り合える。

 グレイは朗らかに笑う。

「うるさいですね、お静かにお願いします。あなたを落とすタイミングはお任せください」

 白い糸がグレゴリーの首に絡みついて、締め上げる。グレゴリーはぐえっと嗚咽をもらし、しゃべれなくなった。

 ブレイブは地上から声を張り上げる。

「君たちの人間関係は分からないけど、仲間を苦しめる行為はやめるべきだよ!」

「ご安心ください、グレゴリーさんは仲間ではありませんので。少しは役に立つと思いましたが、うるさいし役に立たないのでいりません」

 グレイがほくそ笑む。


「仲間でなくとも、役に立つ道具を作る事はできます。フリーダム・トワイン、コンフュージョン」


 グレイが右手の杖を振るう。

 ブレイブは何が起こったのか分からなかった。上空は、グレゴリーがわめいている以外に変化はない。

 しかし、地上ではアリアが悲鳴じみた声をあげていた。

「お逃げください!」

 不自然に高いジャンプをして、あろうことかブレイブに向けて長剣を振り降ろす。

 ブレイブは全力で走ってかわすが、アリアの長剣が追撃してくる。

「糸は白いものだと思っていましたが、見えない糸もあるようです! ここら一帯がグレイの糸に支配されていると思って間違いないでしょう!」

「アリアは見えない糸に絡め取られて、自分の意思に反して動かされているのか。グレイは厄介な能力を持っているな」

 ブレイブは建物の合間を走りながら、冷や汗を流した。

 グレイはクスクス笑う。

「僕よりもナイトさんの方が優秀で強いですよ」

「ソウル・ブレイク、デスペア」

 ナイトが抑揚のない声でワールド・スピリットを放った。

 ブレイブの胸の内が重くなる。何かが転移してきたわけではない。物理的な攻撃ではない。しかし、重苦しい感覚に見舞われる。


「う……ぐっ」


 ブレイブは胸を押さえて倒れこむ。


 様々な声が聞こえだす。

 サンライト王国の国王だった父、女王だった母、死ぬまで戦った軍人たちや国民たち。

 そのすべてが、ブレイブの死を望む言葉を発している。

 無数の黒い手が伸びて来る。ブレイブを包み込み、奈落の底へ引っ張ろうとしている。

「やめてくれ……僕は……ボクは……」

 死を望む声も、黒い手も、精神的な攻撃で他の人に見えるわけではない。ブレイブは一人で、精神的にもがいていた。

 ブレイブの目は虚ろになり、地面に倒れたまま、その場で動けなくなった。

 アリアが苦悶の表情を浮かべる。


「精神破壊か……ブレイブ様さえ勝てなかったのか……」


「いったいどうすれば良いのです!?」


 シルバーは嘆いていた。

 アリアは奥歯を嚙み締めた。絶望的な状況だ。

 アリアの長剣は、シルバーが召喚した熊の爪が防ぐ。しかし、もはやグレイたちを相手に勝ち目はないだろう。

 そんな時に、メリッサが震えながら建物の陰から顔を出した。

「……もうみんな、逃げるしかありません。私が逃がすしかありません!」

 メリッサは決意を込めて、祈りを捧げるように両手を組んだ。

「アブソリュート・アシスタンス、アイテム・ボックス」

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