白い貴公子とオッドアイの少女
日の光が赤くなり、辺りは夕闇に包まれようとしていた。
グレゴリーは高笑いをあげる。
「最強のローズ・マリオネットたちがくれば、あんたたちなんて目じゃないわ!」
「……あの二人が来たら私は相手になりませんわ。すぐに片を付けて逃げましょう。デッドリー・ポイズン、ヴェリアス・ビースト」
シルバーの表情が苦渋に満ちる。虚空から数匹の猛獣が現れると、街道中が悲鳴に包まれた。凶悪な目つきでうなる猛獣たちを目にして、恐怖を抱いているのだ。
グレゴリーは、きゃあっと、わざとらしく悲鳴をあげて、右手を広げた。
「ひどいわん、か弱いあたしに攻撃しようだなんて。お仕置きしなくちゃ。フィンガー・クリエイト、アイシクル・ビーム」
グレゴリーの右手から、五つの青白い光線が放たれる。大気が強烈な冷気を帯び、一瞬だけツララを垂らす。冷気に巻き込まれた猛獣たちは、瞬時に凍り付いた。
グレゴリーが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「獣ごときにあたしは倒せないわよん!」
「デッドリー・ポイズン、ヘイトレッド・ファウンテン」
シルバーは、グレゴリーの言葉に耳を貸さずに次の手段に出ていた。
猛獣たちがヘドロ状に変化し、禍々しい紫色の液体となり、見る間に氷を溶かす。紫色の液体は猛毒を含んでいる。氷から解き放たれて、噴水を放つ。
まともに浴びれば全身が溶けて死に至る。そんな猛毒が勢いよくグレゴリーに迫る。
グレゴリーに迎撃の手段はない。グレゴリーの絶叫がこだまする。
勝敗は決したかのように思われた。
しかし、表情を青くしたのはシルバーだった。
「嘘でしょう……?」
茜色の空を見上げて、両手で口を覆う。
上空で、不思議な現象が起こっていた。
グレゴリーが宙づりになっていた。白い糸に全身を絡め取られて、ぷらんぷらんと揺れていた。
そのさらに上空で、一組の男女が浮かんでいた。
白い貴公子服を着る少年と、青いドレスに身を包む少女だ。少年は肩で灰色の髪を切りそろえて、微笑みを浮かべている。少女は肩で黒髪を切りそろえて、青と黒のオッドアイで冷徹に地上を見下ろしている。
少年は、端に青い宝石の付いた白い杖を右手で握っている。杖から数えきれないほどの白い糸が伸びて、不安定ながらに彼らの足場を組んでいる。彼の左腕はオッドアイの少女が抱きしめている。
シルバーはガクガクと震え出す。
「グレイ・ウィンドにナイト・ブルー……もういらしているなんて」
「そんなに怯える事もないでしょう。仲良くしてくれれば攻撃しませんし、反抗しても苦しみはすぐに終わります」
白い貴公子の少年、グレイ・ウィンドは温かな眼差しを浮かべる。
「シルバーさんの扱いは保留となっているので、すぐには攻撃しません。ご安心を。しかしながら、他の三人はそうはいきません」
「待ってくれ! 僕に敵対する意思はないよ!」
ブレイブが声を張り上げた。
「君たちの主張は理解できるけど、争わない道を模索してくれないか!?」
「あなたがブレイブ・サンライトさんですね。噂に違わぬ悲しい平和主義者ですね」
グレイは憐みの視線を浮かべる。
「リベリオン帝国北西部担当のグレイ・ウィンドと申します。ローズ・マリオネットの一員です。会話する機会は少ないでしょうけど、あなたの事は覚えておきましょう。忘れるまでは」
「同じくリベリオン帝国北西部担当のナイト・ブルー。ローズ・マリオネットの一員」
ナイトの口調は抑揚がない。冷徹な眼差しをブレイブに向ける。
ブレイブは両手を広げて、努めて笑顔を浮かべる。
「自己紹介をしてくれてありがとう。君たちの言う通り、僕がブレイブ・サンライトだ。世界を癒したいと考えているんだ」
「世界を癒す……不思議な言葉ですね」
グレイはクスクス笑う。
ナイトは溜め息を吐いた。
「くだらない。癒せる世界なんて無い」
「そんな事はないと思うよ。世界はもっと優しいものだ。君たちも体感してほしい」
ブレイブは必死に語り掛ける。
「家族や仲間と触れ合う時だって、もっと安心していいはずなんだ。いつ誰に襲われるかなんて考えなくていいはずなんだ」
ブレイブにとって至極当然の言葉だった。
しかし、グレイとナイトの表情が一変した。
二人とも瞳をぎらつかせている。殺意にまみれている。
冷たい風が吹く。
グレイが瞳をぎらつかせたまま、怪しく笑う。
「面白い事をおっしゃいますね。僕たちを不愉快にさせるのが目的なら、最高の冗談ですよ」
「ねえ、グレイ。ブレイブ嫌い。早く殺そう」
ナイトの恐ろしい提案に、グレイは頷く。
「殺しましょう。グレゴリーさんも協力してくれますよね?」
「え、ああ、まあ」
唐突に話を振られたグレゴリーは、宙づりのまま曖昧に頷いた。
地上では、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。苛烈な戦いになると予想されたからだ。
慌てふためく人々の悲鳴や足音を聞きながら、アリアがメリッサから長剣を受け取っていた。今までアリアの長剣はメリッサのアイテム・ボックスに入れられていたが、メリッサが急いで取り出したのだ。
アリアは長剣を構えて、ブレイブに視線を送る。
「できるだけあがきますが、勝つ方法はないでしょう」
上空にいる敵たちに聞こえないように、小声で言っていた。
「今回の戦いは絶望的だと考えてください。いざという時には、私を見捨ててお逃げください」
「やりようはあるはずだ」
ブレイブは額に汗を滲ませながら、両手で拳を作る。
「彼らが上空に立っていられるのは、大量の糸で足場を作っているからだ。足場は地上のどこかにつながっているはず。それを壊せばいいんだ」
「都合よく糸を切れるか分かりませんが、やってみましょう」
アリアは大地を蹴る。勢いそのままに、建物から上空へ伸びる白い糸を断ち切る。
あまりに手応えがない。
宙づりのまま、グレゴリーが高笑いをあげる。
「あんたたちに届く位置だけに、足場と地上の接点を付けるはずはないでしょう! おバカさんたちねん」
「余計な事はおっしゃらないようにお願いします。ブレイブさんたちにヒントを与えるでしょう」
グレイは微笑んでいるが、瞳が鋭く光っている。
「この場であなたを地上に落とす事は簡単です。余計なマネはお控えください」
「わわわ、分かっているわよん! ちょっと口が滑っちゃったのん」
グレゴリーは大慌てで両手をワタワタと振る。
ナイトは心底くだらないものを見る目になっていた。
「言い訳はいらない。グレイが指示した事だけやって」
「さすがはナイトさん、僕の言いたい事が分かっていますね」
グレイは満面の笑みを浮かべた。
「グレゴリーさん、あなたのワールド・スピリットで地上を蹂躙してください。人々の住める地域が多少狭まっても構いません」
「分かったわ。フィンガー・クリエイト、スコーチング・ビーム」
グレゴリーは舌なめずりしながら、右手を広げた。指先から青白い光線が地上に伸びる。刹那、大気が熱を帯びる。灼熱の光線はブレイブたちに容赦なく襲い掛かる。
地上の建物がいくつか光線に貫通される。
シルバーは震えながら、懸命にワールド・スピリットを放つ。
「デッドリー・ポイズン、ヴェリアス・ビースト」
虚空から生まれた猛獣たちが建物の屋根に飛び乗ったり、ブレイブたちの上へ跳び上がったりした。猛毒たちは盾となったのだ。光線とぶつかって消滅する。
「相手が強いのは分かっておりますが、戦うしかありませんわね!」
自らを奮い立たせるように、シルバーが声を張り上げた。




