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熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る  作者: 今晩葉ミチル
最強のローズ・マリオネットたち
30/62

北部の街道

 リベリオン帝国の北部は、アステロイドを中心に街道が発達している。道が整備されていて、時折馬車が通る。

 街道は人の行き来が盛んだ。出身地の異なる人間がいるだろう。

 ブレイブは胸をなでおろしていた。

「これほど人が多いと、僕たちの存在は気づかれないだろう」

 ブレイブたちは、いつもと違う服装で歩いている。茶色を基調とした村人の服装になっている。

 ローズ・マリオネットを始めとする、闇の眷属たちに目を付けられないようにするためだった。

 傍目ではただの村人にしか見えない。

 しかし、アリアの表情は険しい。

「これほど人の行き交いが多いと、闇の眷属は一層警戒を強めるでしょう。油断なりません」

 アリアの長剣は、今はメリッサのアイテムボックスに入っている。戦闘になったら攻撃の一手が遅れる。

「北西部担当のローズ・マリオネットたちは強敵でしょう。戦闘になれば、どれほど労力と時間を削られるか分かりません。街道を避ける方が、早く中央部に着くと思います」

「中央部に辿り着くだけなら、それでもいいと思う。ただ、僕は世界の様子を見たかったんだ。みんなを巻き込んだのは悪かったけど。メリッサの体力も限界だった」

 ブレイブに迷いはない。

 北部の街道に着くまでは、ブレイブたちはシルバーの召喚した獣に乗って移動していた。整備されていないデコボコ道の移動はきつく、お世辞にも乗り心地が良かったとは言えない。荒々しく前方向に進むし、上下に激しく揺れていた。

 メリッサの顔色は真っ青になっていた。

「すみません……目が回ってしまいまして」

「いいよ、僕だって街道を通りたかった。リベリオン帝国の北部の様子を知りたかったからね」

 ブレイブの優しい言葉に、メリッサの両目は潤んだ。

 そんな二人の会話を聞きながら、シルバーが溜め息を吐いた。

「私がどれほどの勇気を振り絞っているか、お分かりいただけます? 見つかれば私だってどんな目に遭うか分かりませんわ」

「危険な目に遭わせてすまない。君は他の闇の眷属に見つかる前に、東部地方に帰った方がいいだろう」

「私の獣たちを抜きにして、街道を抜けたらどうやって移動するつもりです? リベリオン帝国の中央部に続く道は、細々とした山道になりますのに」

「歩くしかない。時間が掛かるからエリックが心配になるけど、これ以上シルバーに無茶を言えないよ」

 ブレイブは微笑んだ。

「今までありがとう。助かったよ」

 シルバーは露骨に溜め息を吐いた。

「勘違いなさらないでくださる? 私は一度決めた事を簡単に投げ出したいとは思いませんわ。エリックが気になるのは私も一緒ですし」

 シルバーの頬がかすかに赤らむ。

 彼女は先ほどから、薔薇の形をしたブローチで、エリックと連絡を取り合うとしていた。しかし、返事がない。不安で仕方ないだろう。

「たまに文句を言うのは許してくださらない?」

「いいのか? 命がけになるのに」

「ここに来た時点で命をかけておりますわ」

 シルバーとブレイブが会話をしている間に、メリッサはしゃがみこんだ。

「本当にすみません……体力が回復したらお役に立てるように頑張ります」

 アリアは呆れ顔になった。

「たった今役に立つ気はないのか」

「うう……目が回っていますので。それさえ治せば」

「気合いがあれば治るはずだ。もっと根性を出せ」

「ううう……」

 メリッサは弱音と共に、胃の内容物を吐きそうであった。

 そんなメリッサに駆け寄る女がいた。白髪を肩まで生やす、若い女だった。近所の住民だろう。壺を、メリッサの口元に近づける。


「街道に嘔吐物があったら、ローズ・マリオネットの取り巻きに怒られちゃう! 吐くならここにして」


「あ、ありがとうございます。今は大丈夫です」


 メリッサは青ざめた表情のまま、フラフラと立ち上がった。

 女は安堵の溜め息を吐いた。

「歩けるくらいなら大丈夫か。無理しないようにね」

「ご親切に感謝します」

 メリッサは一礼した。

 ブレイブも深々と頭を下げた。

「本当にありがとう。感謝するよ」

「そんな大層な事はしていないよ。ただ、北西部担当のローズ・マリオネットたちは綺麗好きだという噂だからね。吐かれたら私たちの身が危ないんだ」

「他人が吐いたら、君たちの身が危なくなるのか?」

 ブレイブが純粋な疑問を口にすると、女は溜め息を吐いた。

「取り巻きに時々無茶を言われるのよ。ここらの事は、ここらの住民で対処しろだって。ローズ・マリオネットたちに守ってもらえるのは嬉しいけど」

「大変だね、僕も何か手伝えないか?」

「気持ちはありがたいけど、元気に通り過ぎてもらうのが一番よ。それじゃあ、元気で!」

 女は壺を持ち上げて歩き去る。

 ブレイブも笑顔で手を振った。

 そんなブレイブにアリアが耳打ちをする。

「ブレイブ様、今のは危険すぎます。お手伝いと称して時間が掛かる事をやらされたら、どうするつもりだったのですか?」

「その時は仕方ないと割り切ろう。メリッサが救われたのは事実だよ」

 ブレイブが毅然と反論すると、アリアはメリッサを睨んでいた。メリッサは何も言えずに視線をそらした。

 ブレイブは元気に両手をブンブンと振り回す。

「さあ、先を急ごう……!」

 ブレイブが意気込んだ時だった。

 言い争う声が聞こえた。

 振り向けば、先ほどの女が男たちに囲まれていた。


「困るんだよ、通して!」


「あらん、いいじゃないのん。少しくらい付き合ってよん。あたし美人さんなら男も女も構わないわよん」


 顎の先が二つに割れた、大柄な男が不気味に笑う。無精髭を生やす、濃ゆい紫色の口紅を塗った男だ。全身にこれ見よがしに宝石を装飾した、濃紺の礼服を身に着けている。

 他の男たちは下卑た笑いを浮かべている。

 アリアは呆れ顔になった。

「よくあるナンパというものか。私たちは目立つわけにいきません。ブレイブ様、放っておきましょう……?」

 アリアは思わず周囲を見渡した。

 つい先ほどまで隣にいたはずのブレイブが、いなくなっていたのだ。


「何をしているんだ!? 女性は嫌がっているだろう!?」


 男たちの方へブレイブが走っているとアリアが気づいた時には、ブレイブの怒鳴り声が響いていた。

 ブレイブは、男たちに一斉に睨まれる。


「あらん、生意気。このあたしに逆らう気?」


「おい、ガキ! この方はグレゴリー様だ。あのローズ・マリオネットが重宝しているんだぞ!」


 男たちの文句を聞きながら、ブレイブは退かない。

「僕は負けないよ。君たちに屈する事は無い」

「あらあら、いったいどこの馬の骨かしらん? あたしの事を知らないなんて」

 大柄な男グレゴリーは、大げさに溜め息を吐いた。

 ブレイブは男たちを強引にかき分けて、女を自分の背中に押しやった。

「僕が時間を稼ぐから、君は逃げてくれ」

「カッコつけるのは、そのへんにしなさい。少しは痛い目を見ないと分からないようねん。フィンガー・クリエイト、スコーチング・ビーム」

 グレゴリーが右手を開いた。

 その瞬間に、大気が一瞬にして熱を帯びた。青白い光線が辺りに広がり、建物をかすめると、かすめた部分が消滅した。

 そんな光線がブレイブに向かって容赦なく収束する。

 女は悲鳴をあげた。

 ブレイブは女を突き飛ばした。

 女は壺を抱えたまま尻餅をついたが、間一髪で光線を浴びずにすんだ。しかし、ブレイブに直撃した。

 グレゴリーは高笑いをあげる。


「あたしに逆らうからよん、いい気味ね……!」


 グレゴリーの笑みはすぐに固まった。

 光線が消えた頃。

 ブレイブは難なく立っていたのだ。


「ヒーリングが間に合わなかったら危なかったよ」


「そ、そんな……あたしのワールド・スピリットが利かないなんて。しかもヒーリング!?」


 グレゴリーは震えながら、ブレイブを指さす。

「ブレイブ・サンライト!?」

「そうか、名乗ってなかったね」

「い、いい気にならないで。この近くに北西部担当のローズ・マリオネットたちがいるんだから!」

 グレゴリーの言葉に、シルバーの顔が青ざめる。

「グレイ・ウィンドとナイト・ブルーが!?」

 グレゴリーは冷や汗を額に滲ませながら、ニヤついた。

「ローズ・マリオネット最強コンビの恐怖をとことん味わうがいいわ」

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