北部の街道
リベリオン帝国の北部は、アステロイドを中心に街道が発達している。道が整備されていて、時折馬車が通る。
街道は人の行き来が盛んだ。出身地の異なる人間がいるだろう。
ブレイブは胸をなでおろしていた。
「これほど人が多いと、僕たちの存在は気づかれないだろう」
ブレイブたちは、いつもと違う服装で歩いている。茶色を基調とした村人の服装になっている。
ローズ・マリオネットを始めとする、闇の眷属たちに目を付けられないようにするためだった。
傍目ではただの村人にしか見えない。
しかし、アリアの表情は険しい。
「これほど人の行き交いが多いと、闇の眷属は一層警戒を強めるでしょう。油断なりません」
アリアの長剣は、今はメリッサのアイテムボックスに入っている。戦闘になったら攻撃の一手が遅れる。
「北西部担当のローズ・マリオネットたちは強敵でしょう。戦闘になれば、どれほど労力と時間を削られるか分かりません。街道を避ける方が、早く中央部に着くと思います」
「中央部に辿り着くだけなら、それでもいいと思う。ただ、僕は世界の様子を見たかったんだ。みんなを巻き込んだのは悪かったけど。メリッサの体力も限界だった」
ブレイブに迷いはない。
北部の街道に着くまでは、ブレイブたちはシルバーの召喚した獣に乗って移動していた。整備されていないデコボコ道の移動はきつく、お世辞にも乗り心地が良かったとは言えない。荒々しく前方向に進むし、上下に激しく揺れていた。
メリッサの顔色は真っ青になっていた。
「すみません……目が回ってしまいまして」
「いいよ、僕だって街道を通りたかった。リベリオン帝国の北部の様子を知りたかったからね」
ブレイブの優しい言葉に、メリッサの両目は潤んだ。
そんな二人の会話を聞きながら、シルバーが溜め息を吐いた。
「私がどれほどの勇気を振り絞っているか、お分かりいただけます? 見つかれば私だってどんな目に遭うか分かりませんわ」
「危険な目に遭わせてすまない。君は他の闇の眷属に見つかる前に、東部地方に帰った方がいいだろう」
「私の獣たちを抜きにして、街道を抜けたらどうやって移動するつもりです? リベリオン帝国の中央部に続く道は、細々とした山道になりますのに」
「歩くしかない。時間が掛かるからエリックが心配になるけど、これ以上シルバーに無茶を言えないよ」
ブレイブは微笑んだ。
「今までありがとう。助かったよ」
シルバーは露骨に溜め息を吐いた。
「勘違いなさらないでくださる? 私は一度決めた事を簡単に投げ出したいとは思いませんわ。エリックが気になるのは私も一緒ですし」
シルバーの頬がかすかに赤らむ。
彼女は先ほどから、薔薇の形をしたブローチで、エリックと連絡を取り合うとしていた。しかし、返事がない。不安で仕方ないだろう。
「たまに文句を言うのは許してくださらない?」
「いいのか? 命がけになるのに」
「ここに来た時点で命をかけておりますわ」
シルバーとブレイブが会話をしている間に、メリッサはしゃがみこんだ。
「本当にすみません……体力が回復したらお役に立てるように頑張ります」
アリアは呆れ顔になった。
「たった今役に立つ気はないのか」
「うう……目が回っていますので。それさえ治せば」
「気合いがあれば治るはずだ。もっと根性を出せ」
「ううう……」
メリッサは弱音と共に、胃の内容物を吐きそうであった。
そんなメリッサに駆け寄る女がいた。白髪を肩まで生やす、若い女だった。近所の住民だろう。壺を、メリッサの口元に近づける。
「街道に嘔吐物があったら、ローズ・マリオネットの取り巻きに怒られちゃう! 吐くならここにして」
「あ、ありがとうございます。今は大丈夫です」
メリッサは青ざめた表情のまま、フラフラと立ち上がった。
女は安堵の溜め息を吐いた。
「歩けるくらいなら大丈夫か。無理しないようにね」
「ご親切に感謝します」
メリッサは一礼した。
ブレイブも深々と頭を下げた。
「本当にありがとう。感謝するよ」
「そんな大層な事はしていないよ。ただ、北西部担当のローズ・マリオネットたちは綺麗好きだという噂だからね。吐かれたら私たちの身が危ないんだ」
「他人が吐いたら、君たちの身が危なくなるのか?」
ブレイブが純粋な疑問を口にすると、女は溜め息を吐いた。
「取り巻きに時々無茶を言われるのよ。ここらの事は、ここらの住民で対処しろだって。ローズ・マリオネットたちに守ってもらえるのは嬉しいけど」
「大変だね、僕も何か手伝えないか?」
「気持ちはありがたいけど、元気に通り過ぎてもらうのが一番よ。それじゃあ、元気で!」
女は壺を持ち上げて歩き去る。
ブレイブも笑顔で手を振った。
そんなブレイブにアリアが耳打ちをする。
「ブレイブ様、今のは危険すぎます。お手伝いと称して時間が掛かる事をやらされたら、どうするつもりだったのですか?」
「その時は仕方ないと割り切ろう。メリッサが救われたのは事実だよ」
ブレイブが毅然と反論すると、アリアはメリッサを睨んでいた。メリッサは何も言えずに視線をそらした。
ブレイブは元気に両手をブンブンと振り回す。
「さあ、先を急ごう……!」
ブレイブが意気込んだ時だった。
言い争う声が聞こえた。
振り向けば、先ほどの女が男たちに囲まれていた。
「困るんだよ、通して!」
「あらん、いいじゃないのん。少しくらい付き合ってよん。あたし美人さんなら男も女も構わないわよん」
顎の先が二つに割れた、大柄な男が不気味に笑う。無精髭を生やす、濃ゆい紫色の口紅を塗った男だ。全身にこれ見よがしに宝石を装飾した、濃紺の礼服を身に着けている。
他の男たちは下卑た笑いを浮かべている。
アリアは呆れ顔になった。
「よくあるナンパというものか。私たちは目立つわけにいきません。ブレイブ様、放っておきましょう……?」
アリアは思わず周囲を見渡した。
つい先ほどまで隣にいたはずのブレイブが、いなくなっていたのだ。
「何をしているんだ!? 女性は嫌がっているだろう!?」
男たちの方へブレイブが走っているとアリアが気づいた時には、ブレイブの怒鳴り声が響いていた。
ブレイブは、男たちに一斉に睨まれる。
「あらん、生意気。このあたしに逆らう気?」
「おい、ガキ! この方はグレゴリー様だ。あのローズ・マリオネットが重宝しているんだぞ!」
男たちの文句を聞きながら、ブレイブは退かない。
「僕は負けないよ。君たちに屈する事は無い」
「あらあら、いったいどこの馬の骨かしらん? あたしの事を知らないなんて」
大柄な男グレゴリーは、大げさに溜め息を吐いた。
ブレイブは男たちを強引にかき分けて、女を自分の背中に押しやった。
「僕が時間を稼ぐから、君は逃げてくれ」
「カッコつけるのは、そのへんにしなさい。少しは痛い目を見ないと分からないようねん。フィンガー・クリエイト、スコーチング・ビーム」
グレゴリーが右手を開いた。
その瞬間に、大気が一瞬にして熱を帯びた。青白い光線が辺りに広がり、建物をかすめると、かすめた部分が消滅した。
そんな光線がブレイブに向かって容赦なく収束する。
女は悲鳴をあげた。
ブレイブは女を突き飛ばした。
女は壺を抱えたまま尻餅をついたが、間一髪で光線を浴びずにすんだ。しかし、ブレイブに直撃した。
グレゴリーは高笑いをあげる。
「あたしに逆らうからよん、いい気味ね……!」
グレゴリーの笑みはすぐに固まった。
光線が消えた頃。
ブレイブは難なく立っていたのだ。
「ヒーリングが間に合わなかったら危なかったよ」
「そ、そんな……あたしのワールド・スピリットが利かないなんて。しかもヒーリング!?」
グレゴリーは震えながら、ブレイブを指さす。
「ブレイブ・サンライト!?」
「そうか、名乗ってなかったね」
「い、いい気にならないで。この近くに北西部担当のローズ・マリオネットたちがいるんだから!」
グレゴリーの言葉に、シルバーの顔が青ざめる。
「グレイ・ウィンドとナイト・ブルーが!?」
グレゴリーは冷や汗を額に滲ませながら、ニヤついた。
「ローズ・マリオネット最強コンビの恐怖をとことん味わうがいいわ」




