ローズベルからの伝言
気を失ったエリック・バイオレットは、個室のベッドで寝かせられていた。個室はリベリオン帝国の王城内にあるもので、特殊な蔦が壁に張り付いている。王城内の蔦は、人が動くのを感知すると光る性質を持つ。
しかし、あまりに人の動きが緩慢だったり気配を察せられないと、光らない場合がある。
その性質を利用して、エリックに静かに近づく人影があった。
身長の高い細身の男だった。切れ長の瞳をぎらつかせている。暗闇を迷わずに歩いていた。
そして、男はベッドのそばに行く。
その時に、エリックは勢いよく起き上がり、袖から取り出したナイフで男を切りつける。
男は待ち構えていたかのように、手持ちのナイフで受け止めていた。
甲高い金属音が鳴り、蔦が一斉に光る。そしてエリックと、呆れ顔の男を照らす。
男はダーク・スカイであった。
ナイフ同士が交差してギリギリと押し合う。
ダークは溜め息を吐いた。
「てめぇと出会って間もなく、眠っている間に敵が近づいたら寝起きで仕留めるように教えたが、殺気があるか察しろよ」
「あんたは敵が殺気を感じるまえに仕留める時があるだろう」
「まあな」
エリックが睨むのに対し、ダークは半笑いを浮かべた。
「今はローズベル様から伝言を預かっているだけだ。今すぐにてめぇを仕留めるわけじゃねぇから安心しろよ」
「……今を強調するのは、いつか殺しに掛かるという意味か」
「まあ聞けよ。あんたの扱いが決まったぜ。まずは決闘の勝利を伝えろと言われた。てめぇは南部地方の死守に成功したんだ」
ダークは力を込めて、エリックのナイフを勢いよく弾く。エリックは勢いを殺せずに、ベッドに倒れこんだ。背中がひどく痛んでいた。
ダークは口の端を上げるが、目は笑っていない。
「闇の眷属に害を与えない事、ブレイブ・サンライトの手助けをしない事。この二つが守られれば多少の裏切りは大目に見るだとさ。ローズベル様の目の届く所では俺はてめぇに手出しをしない」
エリックは苦渋の表情を浮かべた。
「ローズベル様の目を盗んで襲ってくるという事か」
「当たり前だ。勝手に中央部を出て行ったら仕留めてやる。てめぇにも言い分があるだろうが、サンライト王国跡地の事はぜってぇ許さないからな」
ダークはサンライト王国の跡地でブレイブたちと対峙した。その時に、エリックはブレイブの側についた。
エリックの紫色の瞳が揺れる。
「人質を取る作戦が我慢できなかった。あんたに必要な作戦とは思えなかった」
「てめぇが何を言おうと、俺が邪魔されたのは間違いねぇんだ。ブレイブを仕留める絶好のチャンスを作ったのにな」
「ブレイブは殺すべき人物ではない。彼の人格と実力は、あんたも分かっているはずだ」
「状況が許さないという事もあるんだ。てめぇが理解するのは早いかもしれないけどよ」
ダークはナイフを袖にしまって、踵を返す。
「ローズベル様からの伝言は分かったな。次に会う時は叩き潰してやるから覚悟しておけ。あと、バイオレットの塚の事だが、直接言われていない事に対応する気はないぜ」
ダークは早口に言うと、足早に歩き去る。
バイオレットはエリックの想い人だ。彼女を弔う塚がサンライト王国の跡地にあったのだが、ダークのワールド・スピリットで跡形もなく壊されてしまった。
エリックは痛む身体を無理やり起こした。
「待て! 話しておけば対応したのか!? 答えろ!」
切実な問いかけに、返事が返ってくる事はなかった。




