決闘
リベリオン帝国中央部には広大な広場がある。様々な人間の鍛錬に使われる。ワールド・スピリットの大規模な実験が行われる事もある。何をしても基本的に迷惑を掛けない場所だ。
この場で起こった事故は誰も解決しに来ないのが通例だ。
そんな場に、エリックは立っていた。紫色の瞳は冷徹に獲物を睨む。
睨む先にはルドルフが立っている。不敵な笑みを浮かべている。
「この俺と決闘をするなど見上げた根性だが、後悔しないようにな」
「お褒めに預かり光栄です。全力を尽くします」
エリックは両の袖からナイフを取り出す。
ルドルフは背中の大剣を抜き放つ。
分厚い雲からわずかに注ぐ陽の光と淡く光る蔦が、二人の刃を鈍く照らす。
二人の間で、ローズベルが厳かに口を開く。
「ブラッディ・フォッグ、サイレント・レクイエム」
虚空から赤い霧が音もなく広がる。地面に触れると、ドロッとした濁った液体になる。
「周囲は私のワールド・スピリットで囲いました。触れたものを溶かします。外から近づく事はできないし、中から攻撃が漏れる事もないでしょう。心置きなく戦う事ができます」
ローズベルは一呼吸置く。
「改めて決闘のルールを説明します。決闘は互いの了承を得て、一対一で行います。敗北条件は死亡を含む戦闘不能、降参。どんな理由があっても外部の人間の手助けを借りれば即敗北とします」
「ルールは分かったが、おまえの身の安全は誰が保証する? 俺が勝っても証人がいないと意味がない」
ルドルフが問いかけると、ローズベルは片手を口元に当てて上品に笑う。
「嫌ですわ。私を侮らないでくださる? 二人の攻撃が流れてきたら、ワールド・スピリットで防いでみせますわ」
赤い霧が立ち込める。ローズベルがほくそ笑む。
「ここは私のフィールドとなりました。私の意思で全てのものを消す事ができますので、ご安心ください。それでは決闘を開始してください」
ローズベルの開始宣言とほぼ同時に、エリックがルドルフに向かって走る。
「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」
エリックのワールド・スピリットが放たれた。
ルドルフの足元の地面が割れる。割れ目から木の根状の鋭い刃が勢いよく伸びた。
ルドルフは大笑いをする。
「容赦ないな! それでこそローズ・マリオネットだ!」
大剣を振るって刃を横一線に切る。切られた断片から新たな刃が生えて、ルドルフに襲い掛かる。
「ワールド・スピリットの使い手を倒さないと、永遠に広がるのか」
ルドルフの大剣が幾つもの刃をはじき返す。地割れと、甲高い金属音が辺りに響き続ける。
刃を防ぐルドルフの背中に、エリックのナイフが突きたてられた。
「痛いだろ!」
ルドルフの大剣が背中を薙ぐ頃には、エリックの姿は見えなくなっていた。
鋼鉄の森が出来上がっていた。エリックは森のどこかに身を潜めているのだ。
ルドルフの背中に血と共に冷や汗が流れる。しかし、笑いを浮かべたままだ。
「面白い事になったな。倒すのが楽しみだ!」
ルドルフは吠えて大剣を振るい続ける。
「フェイタル・リベリオン、デリート」
ルドルフがワールド・スピリットを放つ。ルドルフの大剣が禍々しい黒に染まる。
黒く染まった大剣を振るいつつ、ルドルフは一回転する。
刹那、禍々しい黒い軌道が円を描き、周囲を薙ぐ。鋼鉄の森が軌道に呑み込まれた部分が跡形もなく消滅した。外方向に飛び散った大量の破片は赤い霧に溶かされる。
ルドルフの放ったワールド・スピリットは、恐るべき攻撃であった。
しかし、大ぶりなルドルフの攻撃は大きな隙を生む。
姿勢を低くしたエリックが真正面に来ているのを見落としていたのが、運の尽きだった。
エリックのナイフがルドルフの両腿に突き刺さる。
「うがっ」
ルドルフは激痛のあまり立てなくなった。
両膝をつくルドルフの首筋に、エリックの手刀が迫る。
そんな時に異変が起きた。
黒い軌道が戻ってきたのだ。呑み込まれたら跡形もなく消滅するだろう。
「インビンシブル・スチール、インフィニティ・シールド」
エリックは鋼鉄の盾を地面から召喚しつつ、大慌てで地面に伏せる。
鋼鉄の盾は、黒い軌道に吞み込まれる。吞み込まれた部分は消滅するが、瞬時に元の形に戻ろうとする。
しかし、黒い軌道が盾をかいくぐる方が速かった。エリックが地面に伏せていなければ、エリックが呑み込まれていただろう。
黒い軌道はルドルフの大剣に絡みつくようにらせんを描く。
ルドルフは大笑いをした。
「これで終わりだ!」
目の前に伏せるエリックに、容赦なく大剣を振り下ろす。
エリックは再び木の根状の鋼鉄を地面から召喚する。黒く染まった大剣と刃がぶつかり合い、大剣に触れた刃は消滅する。ぶつかった衝撃を受けた刃の破片が縦横無尽に飛ぶ。
「いけない!」
悲鳴をあげたのはローズベルだった。
いくつもの刃が赤い霧を飛び越えていた。大広場の外側から轟音が聞こえる。
「上空から外部に攻撃が漏れてしまったわ……たぶん王城の方向」
ローズベルの額に汗がにじむ。
次の瞬間に、空間の歪みが生じた。誰かが空間転移してくる前兆だ。
「コズミック・ディール、グラビティ」
恐ろしく低い声が響いた。ダークが切れ長の瞳をぎらつかせていた。
エリックやローズベル、そしてルドルフさえも凶悪な重力に逆らえず、立てなくなった。
ダークはずかずかとエリックに近づき、地に伏せるエリックの背中を蹴りつけた。
「医務室に刃が飛んできたぜ!? 俺の目が覚めるのが一瞬でも遅かったらどうなったか分かるよな!?」
エリックは無言になった。気を失っていた。
ルドルフが苦笑を浮かべる。大剣は元の色に戻っていた。
「ダーク、おまえはどちらの味方だ?」
「こんな時に何を聞いているのですか!?」
「質問に答えろ」
「エリックの味方をするはずがないでしょう!?」
ダークが声を荒立てた。ルドルフはガックリと肩を落とした。
ローズベルは溜め息を吐いた。
「勝者エリック・バイオレット。ルドルフ皇帝の反則負けとします」
「どんな理由があっても手助けされた方の負けだからなぁ……」
ルドルフは乾いた笑いを浮かべた。
ダークは凶悪な重力を解除して、両目を見開いた。
「決闘なんてやっていたのですか?」
「南部地方の管理を賭けて戦っていた。おまえのせいでエリックの支配地域となった」
ルドルフの視線が鋭くなる。
「エリックの味方だと答えていたら一生恨んだだろうが、今はとにかくおまえが憎い」
「何を答えても憎まれる質問だったのですか? 理不尽にもほどがありますよ!」
ダークの抗議を受けて、ルドルフの口の端が引くつく。
「一生恨まれるか、今憎まれるかの違いだ。気にするな、謝れ」
「気にしていないのに謝るなんて、本気で俺がやると思うのですか? 殺しますよ」
「冗談だ、やっぱり謝れ」
ルドルフとダークが睨み合う。
その間にローズベルが割って入る。赤い霧は消していた。
「決闘時に乱入が入ったのは私の落ち度でもあります。ダークとはよく話し合っておきます」
「そうしてくれ。俺はしばらく休む」
ルドルフは背中と両腿にナイフが刺さったまま、大剣を杖代わりにしてゆっくりと歩き出す。
医務室から白衣を着た人間たちが走ってくる。担架にルドルフを乗せていった。
もう一つの担架にエリックを乗せていく。
ダークは舌打ちをした。
「ローズベル様、エリックを誰に殺させるのか結論は出ましたか?」
「その事も含めて話すわ。まずは落ち着いて聞いてちょうだい。誰かに聞かれても難だから場所を移しましょう」
ローズベルが優雅に歩き出す。ダークは不機嫌なままついていくのだった。




