相いれない
ルドルフは朗らかに笑う。
「幽霊でも見たような怯えた目つきはやめてくれ。ローズ・マリオネットともあろうものが」
「幽霊よりもずっと恐ろしいです。どのあたりからいらっしゃいましたか?」
エリックは慌てて立ち上がる。震え声で尋ねると、ルドルフは声を大にして笑った。
「おまえとローズベルがこの部屋に来てからだ! うまく気配を隠せていたようだな。おまえが分からないほどなら自慢になる! そんな事より話し合いだな」
ルドルフの両目がスッと細くなる。
「おまえはもうブレイブを仕留める気がないのだな?」
「……はい」
エリックは全身が震え、汗が噴き出すほど緊張したが、しっかりと答えた。
「ブレイブを相手取る事にメリットがあるとは考えづらいです。戦わずにすむ人間も敵に回すでしょう」
「ブレイブが生きていると闇の眷属の生存が脅かされる。ダーク・スカイから聞いていないのか?」
「聞かされています。しかし、ブレイブのせいではないでしょう。ブレイブは闇の眷属、ひいては世界を救うために奮闘しています」
「なるほど、主張を曲げる気はないようだな」
ルドルフはふむふむと頷いた。
「ブレイブに負けたから言い訳を考えたという事はなさそうだな。だが、ブレイブはそんなに立派な男なのか? 世界を救うのは並大抵の事じゃないぞ」
「承知しているつもりです。ブレイブが口先だけの男なら見捨てていますし……」
エリックは一呼吸置く。
「ローズ・マリオネットが複数人倒される事も無かったでしょう」
「一定の力があるのは確かだな。それは認める。だからこそ慎重に考える必要がある。ブレイブを味方にするメリットと、仕留めるメリットはどちらが大きい? 闇の眷属の安泰を主軸に考えろ」
ルドルフの眼光が鋭い。
エリックは嫌な汗をかきっぱなしであった。大粒の唾を呑み込む。心は緊張と恐怖に支配されそうだった。
ローズベルが心配そうに見つめる。
しかし、エリックはルドルフから視線を逸らさなかった。
「長期的に見れば味方にするべきだと考えます」
「根拠は?」
ルドルフの声音がどんどん冷徹になっていく。
エリックは意を決して言葉を紡ぐ。
「世界を救う事に命を懸ける熱血ヒーラーだからです」
「熱血ヒーラーか……初めて聞く名称だな」
ルドルフの視線は冷たいが、エリックは退かない。
「ブレイブには桁違いの志や器があり、仲間を守る実力もあります。いずれ世界中から認められるでしょう。味方にしておけば闇の眷属も守ってくれると思います」
「ブレイブ自身は既に世界中で認められている。闇の眷属に不都合な形だ」
「ブレイブなら世界の状況を変えてくれるでしょう。それだけの力があります」
エリックが言い切ると、ルドルフは冷徹な視線のまま含み笑いをした。
「ブレイブが俺たちに味方する保証がどこにある? おまえの力を利用したいだけのクズだったらどうする?」
「闇の眷属に不利益を与える男なら、俺が始末します」
エリックが主張を譲る気はない。
ルドルフは溜め息を吐いた。
「反抗勢力の旗頭になるという、とんでもない不利益を与えているのだが……ブレイブのせいではないと言いそうだな」
「当然です。味方を傷つける行為はしたくありません」
「分かった。おまえをブレイブ退治の任務から外す。空いた穴はグレゴリーに埋めてもらおう」
グレゴリー。
この人名を聞いた時に、エリックの両目が吊り上がった。
「よりにもよって、あんな分別の無い男に……」
グレゴリーは人質作戦の時に意気揚々と人質を苦しめていた。エリックにとって唾棄すべき相手である。
ルドルフは、エリックとグレゴリーが犬猿の仲であるのを承知で言っているのだ。
「仕方ないだろう。おまえの代わりが務まる人間なんてそんなにいない。俺たちはあくまでブレイブを倒すべきだと考えている。おまえがどう思うか勝手だが、邪魔はしないでくれ」
「……南部地方の担当と、俺の仲間たちはどうするのですか?」
「グレゴリーに任せるつもりだ」
ルドルフは即答した。
エリックは両肩をワナワナと震わせた。グレゴリーは人を大切にする性格ではない。エリックの部下たちを虐待するだろう。遊びと称して嬲り殺すかもしれない。
「俺に離反しろという事ですか? あんな男に任せるくらいなら死んだ方がマシです」
「そこまで言うのなら力づくで止めてみるか? この俺を」
ルドルフが自分自身を親指でさす。
エリックはぎらついた瞳で頷いた。
「たとえ命を落としても悔いはありません」
「お待ちなさい。二人とも落ち着きなさい」
それまで沈黙をしていたローズベルが口を開いた。
「二人とも闇の眷属にとって大切な戦力です。無下に失うわけにはいきません」
「だが、俺もエリックも相いれないだろう。ここで刃を交えずに別れても、いつか戦う事になる」
ルドルフは闘志を燃やしていた。エリックもそうだ。
ローズベルは頷く。
「分かっております。二人ともこのままでは納得できないでしょう。しかし、二人が争っては周囲の被害が計り知れません」
ルドルフもエリックもハッとしたようだ。ここで二人のワールド・スピリットがぶつかりあったら闇の眷属に甚大な被害が及ぶだろう。
ローズベルは二人の様子を確認しながら続ける。
「リベリオン帝国の南部地方の支配を賭けて、決闘をするのはいかがでしょうか?」
「俺はいい。おまえは?」
ルドルフが即決すると、エリックも頷いた。
「分かりました。ワールド・スピリットの使用はどうしますか?」
「あってもいいだろう。俺が使うかは置いといて」
ルドルフが壁から背中を離して歩き出す。
「準備が出来次第、大広場に来い」
「すぐに行きます」
エリックの紫色の瞳は、冷徹に獲物を狙う目になっていた。




