ローズベルに呼ばれて
リベリオン帝国の中央部には王城と呼ばれる石造りの建物がある。闇の眷属が住まう集落の中で一番広く、立派な建物だ。
そんな王城には門番が控えている。
敵襲があれば、いつもなら中央部担当のローズ・マリオネットが主力となるが、今はそうはいかない。ブレイブ・サンライトに倒されてしまったのだ。
門番たちは緊張した面持ちで見張りをしていた。
「まさかいきなりブレイブが飛んでくるなんて事はないよな」
「いくらなんでも無いと思う。そうあってほしい」
叶わない願いかもしれないが、口にしないとやってられない。彼らの表情に、不安がありありと浮かんでいた。
そんな彼らの目に、飛行体が見えた。
「鳥か? いや、違うな」
よく見ると、銀髪の少年のようだ。右肩から左下へ、紫から黒のグラデーションを掛けた礼装を風になぶらせている。背中から薄い鋼鉄の翼を生やしている。
少年は王城の前に降り立ち、紫色の瞳をぎらつかせた。翼は消えていた。
「リベリオン帝国南部地方担当のエリック・バイオレットだ。ローズベル様に呼ばれた。門を開けろ」
門番たちは頷いた。敵じゃなくて良かったと安堵していた。
厳かな音を立てて、門が開かれる。
そこには、赤いマーメイドドレスに身を包む貴婦人が立っていた。黒髪を結い上げた上品な女である。
ローズベルである。
「ありがとう。来てくれたのね」
ローズベルは穏やかに微笑んだ。
エリックは緊張した面持ちで王城に足を踏み入れる。
「お久しぶりです」
「お久しぶりね。あなたとはたっぷりお話をしたいわ。随分と精悍な顔立ちになったわね」
ローズベルが上品に歩き始める。
「立ち話も難だから場所を変えましょう」
しばらく解放する気がないという意思表示だろう。エリックは溜め息を吐いてローズベルに続く。
たどり着いたのは個室だった。質素な木製のテーブルと椅子が用意されている。
ローズベルが微笑み掛ける。
「煌びやかな部屋より落ち着くでしょう?」
「……そうですね」
エリックは曖昧に頷いた。ローズベルと対面してから緊張が抜けない。
ローズベルもエリックの緊張を悟っているだろう。椅子に腰掛けて、エリックも座るように促す。
「どうして呼ばれたのか理解しているわね?」
椅子に座り、エリックは俯く。
「ローズ・マリオネットにあるまじき行為をしたという自覚はあります」
「どんな事をしたの?」
「……バイオレットを弔いました」
エリックは絞り出すように言葉を吐いた。
バイオレットはエリックの想い人だったが、サンライト軍に殺されてしまった。ずっと弔いたいと思っていたが、ローズ・マリオネットとしての職務を優先していた。
ローズベルの上品な笑い声が聞こえる。
「顔を上げて。そんな事で呼び出したりしないわ」
エリックが顔を上げると、目元が笑っていないローズベルがいた。
「ローズ・マリオネットがみんなを従える事ができたら楽だと言ったけど、弔いを禁止した覚えはないわ。あなたが触れた禁止事項はなんだと思う? もう一度考えてみて」
「ダーク・スカイと争った事ですか?」
エリックの口調は淡々としていた。
ローズベルは深々と頷いた。
「ローズ・マリオネット同士の争いは固く禁止していたはずよ。どうしてダーク・スカイと争ったの?」
「細かな理由はいろいろありますが……バイオレットを弔う塚を無下に壊された事に腹が立ちました」
エリックの紫色の瞳がぎらつく。
ローズベルは寂しそうに微笑んだ。
「それは残念な事をされたわね。正直に言ってくれてありがとう。後でダーク・スカイにも注意しておくわ」
「反省しないと思うので、言う必要はありません」
「そうもいかないわ。あなたが良くても、私の気持ちが収まらないの。あなたがブレイブの側についたら大変だし」
エリックの胸がズキリと痛む。
エリックがブレイブの味方になると、ローズベルはリベリオン帝国をまとめるのに苦労するだろう。南部地方の統治だって考え直さないといけない。
「あんたに苦労を掛けるつもりはない」
「気遣ってくれるのね。でも、あなたに関して良からぬ噂があるの。私たちを裏切るんじゃないかって。あなたにそのつもりがなくても、ブレイブと行動を共にしたら怪しまれるわ」
「なぜですか? 相手の情報や思惑を調べるために必要だと思うのですが」
エリックが率直に尋ねると、ローズベルは一瞬だけ言葉を失った。反論されると思っていなかったのだろう。
しかし、微笑みを崩さない。
「情報収集は他の人ができるわ。あなたがやるべき仕事じゃないわ」
「ブレイブの本心は、俺でなければ分からない事もあると思います」
「質問を変えるわ。あなたにブレイブを仕留める心づもりはあるかしら?」
ローズベルの雰囲気が変化する。それまで穏やかだったが、張り詰めた空気になる。微笑みを崩していないが、怒っているのだろう。
エリックは大粒の唾を呑み込んだ。額に汗をにじませる。
「……今のブレイブを仕留めるべきだとは思いません」
緊張を隠せないが、はっきりとした口調だ。
「彼は闇の眷属の状況を憂えて改善しようとしています。東部地方の混乱を収めてくれるだけでなく、闇の眷属が生き延びる術を模索してくれています」
「そう……信じられないけど、あなたが言うのならそうなのでしょうね。でも、彼が生きているせいで多くの区域で暴動が起こったわ。グレイ・ウィンドも、ナイト・ブルーも苦労したんだから」
「それは本当にブレイブのせいですか?」
エリックが退く気配はない。
「ブレイブが意図的に暴動を扇動したのなら、仕留める理由になると思います。しかし、彼に敵意はなく、むしろ暴動を止めようとしてくれています。暴徒を収める事はやりますが、ブレイブの命を奪う理由はないと考えます」
「あなたも立派な意見を持つようになったのね。あなたと出会った時に私が言った事は覚えているかしら?」
エリックは虚をつかれて言葉を失う。急に昔の事を言われて戸惑っていた。
ローズベルが続ける。
「私たちに逃げ場なんてない。守りたければ強くなるしかないのよ。十年間、強く願いなさい。そうすれば一つくらい願いが叶うから」
「……その言葉のおかげで、俺はワールド・スピリットを手に入れる事ができました」
エリックはローズベルの意図を察した。
「俺はあんたに逆らうべきではありません」
「そうね。分かってくれて嬉しいわ」
「しかし、意見を言う権利はあるはずです。ブレイブに敵対しない選択肢をご検討のほどお願いします」
「……あくまで意見を曲げないのね。ルドルフ皇帝が聞いたらどう言うかしら」
ローズベルが悩まし気に溜め息を吐くと、場違いに朗らかな笑い声が聞こえた。
「エリックは成長したな。だが、この俺にたてつけるか?」
部屋の入口に、黒い鎧に身を包む大剣を背負う男がいた。壁に寄りかかるように立って、不敵な笑みを浮かべている。
「ルドルフ皇帝……いつの間にいらしていたのですか?」
エリックの声はかすれていた。




