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サンライト王国最後の希望

 リベリオン帝国の東部地方はごく一部を除いて荒地が広がっている。毎日のように灼熱の太陽に照らされる。

 かつてはクレシェンド王国の領土であったが、数年前に闇の眷属が奪い取った。闇の眷属は、水源のあるごく一部の地域に居住している。日頃なら、日干しレンガで造られた白い街並みで人々が物や情報を交換している。

 しかし、本日は違った。

 闇の眷属が奪った領土に、武器を持った大量の人間が押し寄せたのだ。かつてクレシェンド王国に住んでいた人間たちであった。顔からくるぶしまでスッポリ覆う通気性の良い白い服をたなびかせていた。

 リベリオン帝国の東部地方担当者が留守にしているため、闇の眷属は防戦一方であった。中心街にあるお屋敷に立て込んでいるが、門を破られるのは時間の問題だろう。

 白い集団の先頭を走る女が、右の拳を天に向ける。


「進め、勝利は目前だ! 邪悪なる闇の眷属を滅ぼす時!」


 女の号令に応えるように、集団は雄たけびをあげた。

「ミネルバ様万歳!」

「今こそクレシェンド王国を取り戻す時!」

 先頭の女、ミネルバは門の前で足を止めて深呼吸をした。そして、赤い瞳を見開く。

 彼女の周囲に空気の歪みが生じる。ワールド・スピリットが使われる前兆だ。

「必ず打ち破ってみせる。エンジェル・フレア、バースト」

 ミネルバは両手を広げて勢いよく前に突き出す。

 ミネルバの目の前に、鮮やかに輝く赤い球が現れて、門に突撃する。

 門はドォンという轟音をたてて一瞬で燃え尽きた。

 ミネルバは前を指さして、声を張り上げる。

「進め! 勝利の女神は私たちに微笑んでいる!」

 白い集団が盛大な雄たけびをあげて走る。

 しかし、彼らが順調に来れるのはここまでであった。


「インビンシブル・スチール、フォレスト」


 淡々とした声が聞こえたのは、空だった。よく耳を澄ませていないと聞こえないような呟きであった。

 次の瞬間に、地面から木の根状の鋼鉄が幾つも生えてきて、白い集団を次々に絡め取っていった。

 ミネルバは空を見上げて、忌々し気に奥歯をかみしめた。

 くせっ毛のある銀髪を生やす少年が、空から降りて来る。白い外套を羽織る美しい少年だ。紫色の瞳でミネルバを凝視する。

「あんたがリーダーだな」

「エリック・バイオレット……」

 ブレイブ・サンライトが南部地方でエリックを倒したと聞いていた。

 その情報を信じて今回の襲撃を決意した。

 しかし、にわかには信じられない情報でもあった。現にエリックは拘束されずに自由にされている。

 確かめなければならない。

 ミネルバは大粒の唾を呑み込み、平静を装う。

「冷酷なローズ・マリオネットめ……どうやって生き延びた? まさかブレイブ王子を殺したのか?」

「俺が生き延びたのはブレイブの温情のおかげだ。あいつには仲間も救われている。殺す事を今は考えていない」

 淡々とした口調でエリックが答える。

「ブレイブの志と器は桁違いだ」

「ブレイブ王子がおまえを助けたのか? サンライト王国を滅ぼした人間を許すはずがない。嘘ならもっとマシなものにしろ」

 ミネルバの赤い瞳が揺れる。

「味方だと思わせて油断させるつもりだろうが、そうはいかない。エンジェル・フレア、アロー」

 ミネルバの右腕が勢いよく横一線に伸びる。赤く輝く数本の矢が、エリックに向かって突進する。

 エリックは溜め息を吐いた。

「インビンシブル・スチール、インフィニティ・シールド」

 鋼鉄の木の根の一部が形を変える。薄く広がって平板になり、数本の矢とぶつかって砕ける。数本の矢はすべて消えていた。

「俺が嘘を言う理由は無い。ブレイブは世界を救うと言って俺に協力を求めた」

「そんなはずはない! 闇の眷属に協力を仰ぐなど、ありえない!」

 ミネルバは動揺を隠すために吠えた。自らのワールド・スピリットを完璧に防がれた事も、エリックの言葉も信じられなかった。

 会話をしている間にも、白い集団は次々に鋼鉄の木の根に囚われていく。

 勝てる相手ではない。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。しかし、祖国奪還のために退くわけにはいかない。


「恐れるな! 奴らは絶対的な神ではない。倒せる敵、倒すべき悪だ! ブレイブ王子に続け! サンライト王国最後の希望の導きで、世界を希望の光で満たそう!」


 ミネルバはエリックに向けて勢いよく両手を突き出した。

「エンジェル・フレア、バースト」

 鮮やかに輝く赤い球がエリックに向かうが、鋼鉄の盾に阻まれて四散する。

 エリックは銀髪をポリポリとかいた。

「ブレイブのお願いを聞き入れるのは骨が折れそうだな」


 

 エリックがミネルバと対峙している頃に。

 サンライト王国の朝日を見ながら、ブレイブを笑顔を輝かせた。


「みんなが生き残って良かったよ」


「……ダーク・スカイを逃がしましたけどね」


 アリアがおぼつかない足取りで溜め息を吐く。

「あの男が今後何もしないとは考えづらいです」

「そうですね」

 メリッサがふらふらと立ち上がった。

「今は休んで備えましょう。もう眠くてヘトヘトです……」

「早急に対策を練るべきですね、ブレイブ様」

 メリッサの提案を遮って、アリアがきっぱりと言った。

 ブレイブは頷いた。

「行動は早い方がいいはずだ。東部地方にエリックが行っているから合流したいし」

「あの、エリックさんなら簡単にやられないはずですし、たぶん大丈夫かと……」

「離れ離れのまま襲撃されたら大変だ」

 メリッサの言葉が聞こえていないのか、ブレイブは決意を込めた表情で両手で拳を作った。

「彼にこれ以上迷惑を掛けられない」

「ブローチも預かっておりますし、早急に出発したいですわ」

 シルバーが口を開いた。

 紫色の薔薇のブローチを大事そうに見つめている。エリックのものであるが、シルバーを信頼して預けていたのだ。

「でも、よろしいのですの? サンライト王国の惨状を放っておいて」

「それは……そうだな」

 ブレイブは辺りを見渡した。

 焼け焦げた瓦礫に、中身が丸見えの王城。戦いの跡が色濃く残っている。


「サンライト王国の国民が見たらどう思うか……」


「おい、まさかとは思うがブレイブ王子ですか!?」


 急に野太い声が聞こえた。

 振り向けば、何人もの男たちが手を振って歩いてきていた。

 かつて作業場で働かされていた人間たちであった。猛獣に乗ってきたブレイブたちは、いつの間にか追い抜いていたようだ。

「やっとたどり着いたと思ったら酷い有り様ですね」

「そうだね……戦いを防ぐ事が出来なかったよ」

 ブレイブは悲し気に辺りを見渡した。

「ダーク・スカイは強かった。僕たちへの恨みも深かった」

「ダーク・スカイ!? リベリオン帝国中央部担当者ですか!?」

 男たちは仰天していた。

「ローズ・マリオネットの中でも残忍で、狙った獲物は絶対に逃さないと言われるのに!」

「生き延びただけで奇跡ですよ!」

「ブレイブ王子万歳!」

 男たちの笑顔は輝き、歓声をあげた。


「さすがはサンライト王国最後の希望!」


「やめてくれよ、僕はそこまで立派じゃないから」


 ブレイブは照れて後ろ頭をかいた。

 男たちは両手を天に突き上げた。

「サンライト王国を、ブレイブ王子を迎え入れても恥ずかしくないようにするぞ!」

「瓦礫の撤去からだ!」

「王城も直したいよな!」

 男たちの活気に満ちた表情に、ブレイブは勇気づけられた。


「任せていいのか?」


「もちろんですよ! 今まで不本意にも奴隷にされてきました。これからは祖国のために頑張れると思うと心が躍ります!」


 男たちは長旅で疲れているはずなのに、元気いっぱいに活動を始めた。

 互いに協力して瓦礫を運ぶなど、作業を進めていく。

 ブレイブは安心して頷いた。

「ここは任せよう。僕たちは僕たちにできる事をやろう」

 ブレイブは東の空を見つめた。その先ではエリックが戦っているはずである。

「シルバー、悪いけど猛獣たちを召喚できるか?」

「よろしくてよ。デッドリー・ポイズン、ヴェリアスビースト」

 シルバーがあくびをしながらワールド・スピリットを放つ。

 虚空から数匹の猛獣が現れた。ブレイブたちは乗り込んで、出発する。

 男たちが盛大に見送るのを、ブレイブは手を振って応えるのだった。

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