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熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る  作者: 今晩葉ミチル
サンライト王国の跡地
18/62

漆黒の地獄

 ダークは右手を見つめて、苦笑した。自ら刺したのだが、ブレイブがヒーリングを掛けたおかげで傷一つ無い。

「俺の心を癒したいか……」

 ブレイブの眼差しは真剣である。真剣であるがゆえに、むずがゆい気分になる。

「てめぇが死ねば俺も闇の眷属も安らぐんだけどな」

「それはできない。僕は世界を癒さないといけないから」

「そう言うと思ったぜ。だが、死ね」

 ダークの頭上に空いた黒い穴が、わずかに大きくなる。

 地上を燃やす炎が紅蓮の巨大な渦を巻き、黒い穴に吸い込まれていく。黒い穴は、ダークが止めない限り無限に大きくなり、無尽蔵に周囲のものを吸収していく。

 ダークはほくそ笑んでいた。

 今のところ作戦はほぼ順調にいっている。

 ダークにとって運が良かったのは、ブレイブが敵味方含めて全員の生存を考えた事だ。ヒーリングを使い続けたブレイブの疲労はかなりのものだ。通常なら、ダークが全力を出せば確実に仕留められるはずである。


「不確定要素はゴッド・バインドだな」


 ダークは呟いて溜め息を吐いた。

 ブレイブの母親であるサンライト王国の女王も、ゴッド・バインドを使った。膨大なエネルギーを用いているせいで仕留めるのに手こずった。リベリオン帝国側に犠牲が出た。その時より強力になっていると考えるべきだ。

「ニーナが短剣で仕留めてくれると楽だったが、仕方ねぇな」

 人質を取られた人間がブレイブを仕留めるなど鼻から考えていなかった。仮にブレイブが彼らを殺したとしても、痛くも痒くもない。人質を取って敵同士を無理やり戦わせて双方を疲弊させたのだ。エリックやシルバーが邪魔しなければ、ダークにとって状況はより良いものになっていただろう。

 案の定、ブレイブは攻めあぐねいている。一歩足を踏み出しても、黒い穴の強大な引力を感じてそれ以上足を前に出せない。

 ダークは愉快そうに両目を細めた。

「放っておけば吸い込まれるのによぉ」

 黒い穴は大きくなるにつれて、周囲を吸収する力が強くなる。ブレイブたちを吸収するのも時間の問題だ。

 多くの人間の顔に焦りや絶望が浮かぶ。

 そんな時に、メリッサが声を張り上げた。

「ブレイブ様、これを使ってください!」

 彼女はアイテム・ボックスからロープを取り出し、ブレイブに向けて投げた。縄を編まれたロープで、充分な長さがある。


「万が一、黒い穴に吸い込まれても必ず引っ張り出します!」


 ブレイブはロープの端を掴んだ。そして腰に巻いた。

 親指を立てて笑顔を輝かせた。


「ありがとう、安心してダーク・スカイと戦えるよ!」


 ブレイブは勢いよく大地を蹴り、ダークに向かって突進する。一気に片を付けるつもりだ。

「どれほど引力が強力でも、君と同じ場所に行けば安全だ!」

 ダークは両手でナイフを握り、口の端を上げた。

 ブレイブの狙いは分かる。黒い穴がダーク自身を吸収しない事に目を付けたのだ。ダークがいる場所なら引力が無いと判断したのだ。その判断は間違っていない。

「だが、根本的に無理があるぜ。てめぇを近づけるはずがねぇだろ。コズミック・ディール、テレポート」

 空間に歪みが生じる。空間転移が起こる前触れだろう。

 そんな様子を見て、アリアが呟く。

「あくまで正々堂々と戦わないつもりか。黒い穴だけ残して逃げるなど、卑怯者にふさわしい……!?」

 冷静だったアリアの顔面が蒼白する。

 ダークはその場に留まったままだ。黒い穴は依然として存在する。


 そんな穴の前に、ブレイブが強制的に空間転移されていた。


 ロープは鋭いナイフで切られたかのように、切断されていた。

 メリッサが悲鳴をあげる。その悲鳴が届くか分からないうちに、ブレイブは黒い穴に吸い込まれた。

 ダークが大笑いをしていた。

「やっと終わったぜ、清々した!」

 黒い穴が爆発し、辺りに衝撃を走らせて消滅した。

 ダークの笑い声を聞きながら、その場にいる人間たちは沈んだ。心身のダメージが大きくて、立てなくなっていた。地面に倒れた。

 アリアは長剣を握り、両肩を震わせた。

 メリッサは涙を流した。

「理不尽です……ブレイブ様が何をしたと言うのですか?」

 声を震わせて、冷酷なローズ・マリオネットに訴えかける。

「ブレイブ様はあなたたちの事も考えていました。本当に世界の為に頑張っていました。そんな人を傷つけて、殺してしまうなんて酷すぎます」

「否定はしないぜ。俺も汚い大人になったもんだ」

 ダークは右手に視線を向けて溜め息を吐いた。

「あのガキに恨みがあったわけじゃねぇ。だが、あのガキは生きているだけで反抗勢力の旗頭や心の拠り所になる。だから殺した」

 切れ長の瞳に鋭い光が宿る。

「理不尽だろうが命を狙われたら、力づくで生き延びるしかなかったぜ」

「……本当にブレイブ様は殺されるしか無かったのですか? 闇の眷属が他の部族の人たちと仲良くできた時代もあったでしょう?」

「そんな時代はとっくの昔に終わったぜ。てめぇらを信じて武器を取らなかった闇の眷属がどんな目に遭ったか……」

 ダークは一瞬両目を閉じ、首を横に振った。

 開かれた目には、怒りと殺意が宿っていた。


「俺たちは敵同士という事だ。この場で俺を倒そうとするか、従うフリして敵討ちのチャンスを狙うか。てめぇらに心からの忠誠なんて期待しねぇから、心置きなく選べよ」


 アリアが長剣を握ったまま、よろよろと立ち上がった。

「もとを正せば、おまえたちのせいだ。おまえたちが世界の源を崩す行為をしたからだ。たった一人の人間のために世界中を犠牲にしたからだ!」

「ルドルフ皇帝の蘇生の事だよなぁ……世界を犠牲にするつもりは無かったが、そうなっちまったな」

 ダークはアリアを見据えて、ほくそ笑む。

 朝の光が周囲を静かに照らし始めていた。


「綺麗事で片を付けるつもりはねぇよ。殺し合おうぜ。互いが満足いくまで」


「それはダメだああぁああああ!」


 絶叫は、上空から聞こえた。

 その場にいる全員が見上げると、猛烈な勢いで人影が降っていた。目にも止まらない速さで落下する人影は、勢いよくダークにぶつかった。

「てめぇ、なんで」

 下敷きになったダークは、落下してきた人影を蹴り飛ばした。

 人影が痛がりながら体勢を整えるのを、見開いた両目で見つめていた。

「なんで生きてんだよ、化け物か!?」

 人影は、所々焼けただれた白いローブを身に着けた少年だ。茶髪はボサボサで、驚きと恐怖に満ちた表情を浮かべている。

 朝の光が少年の姿をクッキリと映し出す。

 ブレイブ・サンライトが身を震わせながら、両の拳を構えていた。

「君こそどうしてあんな怖い空間を作ったんだ!? 真っ暗で何も見えないくせに、身体が引きちぎられそうで大変だったよ!」

「人間ならさっさと消滅しろよ! そのためのヘル・コラプサーだろうが!」

「そんなの知らないよ!」

 ブレイブは泣きそうな顔になっていた。

 ダークは呆れ顔になって、舌打ちをした。

 ブレイブが腰に巻いたロープが、元通りにくっついていた。テレポートをさせた時に切断していたが、ブレイブがヒーリングを掛けた事で元の世界に戻れたのだろう。

 漆黒の地獄で生身の人間が無事でいられたのは、ゴッド・バインドがあったからだろう。

「反則だろ、そんなの」

 ダークは忌々し気に呟いて、打開策を模索する。

 現状、ダーク自身は消耗している。ワールド・スピリットを使う余力はほとんどない。次にヘル・コラプサーを放てば制御できず、自分自身が吸収される可能性がある。

 一方で、ブレイブの顔色は青い。荒い息をしている。足元がおぼつかない。余力は全く無いだろう。ダーク以上にワールド・スピリットを使い続けたせいだろう。

 ダークはブレイブの動きを注意深く見据えて、ナイフを構える。

 いざという時には、ワールド・スピリット抜きに殺すしかない。

 そう判断した時に、ブレイブが視界から消えた。

 次の瞬間に、ダークの胸に衝撃が走った。骨にヒビが入るほどだ。

 後方に跳んで衝撃を殺そうとするが、バランスが取れずに地面を勢いよく転がる。

 速すぎる!

 そう呟く間もなく、今度は頭に衝撃が来た。

 ブレイブが頭突きをかましたのだ。


「君は急いで治療したいから、まずは倒れてくれ!」


 ブレイブがダークの両腕を掴もうとする。

 ダークはブレイブを蹴とばして距離を取るが、すぐに追いつかれるだろう。

 自分自身も吸い込まれるのを承知でヘル・コラプサーを呼び寄せようと考える。ブレイブを倒せなくても、甚大な被害をもたらせるだろう。漆黒の地獄はしばらく止まらないだろうが、知った事ではない。

 ルドルフのゴッド・バインドのエネルギーになれるだろう。

 彼の涙をこらえた表情が目に浮かぶが、仕方ない。

 胸の痛みが激しくなる。思わず片手を当てると、その指先が黒い薔薇のブローチに触れた。

 同時に、穏やかな声が聞こえ始める。


「聞こえるか? 勝ち負けに関わらずに報告をしろ。待っている」


 一方的な命令だ。

 リベリオン帝国中央部担当者のローズ・マリオネットであるダーク・スカイにここまで言えるのは、一人しかいない。

 リベリオン帝国皇帝のルドルフ・リベリオンだ。

 ブレイブがダークに渾身のストレート・パンチをかまそうとする。

 ヘル・コラプサーを放つかどうか。

 迷ったら、ブレイブに倒された挙句に捕まっていただろう。

「コズミック・ディール、テレポート」

 瞬時に空間転移をして、姿を消すのだった。

 あとには、燃え尽きた瓦礫と、周囲を照らす朝の光、そして疲れ果てた人間たちが残されていた。

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