一筋縄ではいかない相手
エリックは溜め息を吐いた。
「ブローチを返してほしい。ダーク・スカイに報告をしないといけない」
「ダーク・スカイ……母さんの命と王城を奪った人か」
ブレイブの額に汗がにじむ。漆黒の球体が王城を吞み込んだ日の事は、今も鮮明に覚えている。あの時の恐怖と悔しさは忘れる事ができない。
エリックは気まずそうに視線をそらす。
「嫌な事を思い出させたな」
「いいよ、君は悪くない。ブローチがあれば報告ができるのか?」
ブレイブに質問されて、エリックは頷いた。
「薔薇のブローチを持っている者同士で連絡ができる」
「そうなのか! たしか襟元についていたね。メリッサ、取り出せるか?」
話を振られて、メリッサはワールド・スピリットを発動させて、アイテム・ボックスを探す。メリッサの胸辺りに歪みが生じ、その歪みに片手を突っ込んでいた。
「えっと……たしかこの辺に。ありました!」
メリッサは片手を高々と天に向けた。そこには、紫色の薔薇のブローチがあった。
エリックは、メリッサからブローチを手渡されると安堵の溜め息を吐いた。
「これでたぶん、ここら一帯が消し飛ばされる事態を防げる」
ブローチを握って念じる。指の隙間から淡い光がこぼれる。
ブレイブは大粒の唾を呑み込んだ。
「ダーク・スカイに報告を怠ると、そんな恐ろしい事になるのか」
「リベリオン帝国中央部担当のローズ・マリオネットですが、極めて残忍な性格です」
間髪入れずに答えたのは、アリアだ。
「無茶苦茶な能力の持ち主です」
「エリックはそんな人間とコンタクトを取るのか。無理はしないでくれよ」
ブレイブの言葉に、エリックは苦笑した。
「俺もできればダーク・スカイと関わりを避けたい。だが、あんたとの一戦を報告しなければならない」
「あ? 黙って聞いてりゃ随分な言い様だな」
ガラの悪い男の声が、エリックの手元から聞こえた。
エリックの表情が青ざめる。
「俺たちの声が聞こえていたのか」
「知らない人間の声がしたからな。念のために様子を窺っていたら散々だぜ。どうやって詫びるつもりだ?」
「こんな事で傷つく玉じゃないだろう。それより報告がある。ブレイブの事だ」
「ちゃんと殺したか?」
ガラの悪い男――ダーク・スカイ――の声がより一層低くなる。
「ブレイブ・サンライトの死はリベリオン帝国の悲願だ。そのためなら何を犠牲にしてもいいぜ。報告も後回しでいい」
「順を追って説明したい。時間はあるか?」
「説明? 言い訳なら聞かねぇよ」
「言い訳はしない。事実を述べるだけだ」
ダークが露骨に溜め息を吐くのが聞こえた。
「その様子だと、ブレイブ退治に失敗しただろ。俺がやる。居場所を教えろ」
「落ち着いて聞いてほしい。ブレイブは倒すべき相手ではない可能性がある」
「は? てめぇリベリオン帝国建国の目的を忘れたのか!?」
ダークの口調が激しくなる。
「何のためのローズ・マリオネットだ!?」
「闇の眷属が生き残るためだ。ブレイブは力を貸してくれる」
「騙されるな! あいつらが何年俺たちを虐げてきたか言ったはずだよな!?」
「分かっている。だが、ブレイブは他の連中とは違う。俺の仲間もシルバー・レインも助けてくれた」
エリックは淡々と語る。
「志と器の大きさが桁違いだ」
「てめぇの仲間はともかく、シルバー・レインが助けられただと? どんな状況だ?」
「俺がブレイブに負けたせいでシルバー・レインが自暴自棄になり自殺をはかった。ブレイブがいなかったら確実に死んでいた」
「あー、やっぱり負けたのか。しかもシルバーも巻き込んだのか」
ダークの乾いた笑い声が聞こえる。
「南東部の支配に関して考えないとな。それよりブレイブだな。今はどこにいる?」
「傍に立っている」
「おい、マジか!? てめぇなんで戦っていないんだ!?」
「さっきも言ったが、ブレイブに対する認識を改めた。すぐにとは言わないが、話し合ってほしい」
「……分かった。試しに話し合ってやるよ。すぐ傍にいるなら聞こえているだろ」
ダークは一呼吸置く。
「リベリオン帝国中央部担当ダーク・スカイ。ローズ・マリオネットの一員だ」
「僕はブレイブ・サンライト。サンライト王国の王子だった。よろしく」
ブレイブは緊張した面持ちで答えた。
ダークが低い声で笑う。
「姿が見えないのによろしくされてもな。まずは会ってみようぜ。サンライト王国の跡地なんかどうだ?」
「僕はいいけど、君にとって遠くないか?」
「問題ないぜ。俺のワールド・スピリットがあればな。到着したらエリックを通して連絡くれよ。すぐに行くから」
「分かった。君の言葉を信じるよ」
「話は決まりだ! じゃあな」
ブローチから光が消える。
エリックが深い溜め息を吐く。
「……罠を用意するつもりだ」
「そうなのか? 話し合ってくれるみたいだけど」
ブレイブの両目がぱちくりする。
エリックは首を横に振った。
「本気で話し合うつもりなら、リベリオン帝国中央部に招くはずだ。サンライト王国の跡地を指定したのは、戦場にするつもりだからだろう。ダーク・スカイは一筋縄ではいかないと考えた方がいい」
「ひねくれものなんだね。君も苦労したようだし」
「俺の事はいい。あんたは自分の身を守る事を考えろ」
エリックはしゃがんで、地面に倒れたままのシルバーの首筋に手を当てる。
「脈が落ち着いている。もうすぐ目を覚ますだろう」
「それは良かった! 大成功だ!」
ブレイブは万歳して跳びはねる。
心なしか地面がドスンドスンと振動する。
その振動に、シルバーが眉をしかめた。
「……うるさいですわ。なんの騒ぎですの?」
「ブレイブだ。あんたの生存を喜んでいる」
エリックが淡々と告げると、シルバーはゆっくりと目を開けた。
「生存? 私が生き延びましたの?」
「疑うのなら頬でもつねってみるといい。あんたは命を救われた」
「え……?」
シルバーの両頬が赤らむ。
「今生の別れだと思って告白しましたのに?」
「それは……その、悪かったな。あんたの気持ちに気づいていなくて」
エリックは視線をそらして自らの頬をかく。
シルバーは両肩を震わせて、両手で顔を覆った。
「ひどすぎますわ。本当に」
「お詫びと言っては何だが、俺の家で休め。ドレスの溶けた部分は、帰ってからなんとかしてもらえ」
「休んでなんかいられませんわ!」
シルバーはガバッと勢いよく起き上がった。エリックと視線を合わせてまくしたてる。
「自分の担当地方を荒らした相手に家を貸してお咎めなしなんて、どうかしておりますわ! あなたに地方担当者として自覚はありますの!?」
「あんたにはいつも迷惑を掛けていたからな。俺の判断で不問とする」
エリックは立ち上がり、ブレイブに視線を向ける。
「出発はいつにする?」
「僕はいつでもいいよ」
「それならすぐに行こう。ダーク・スカイの気分が変わらないうちに」
シルバーは両目を見開いた。
「ダーク・スカイがどうかしましたの?」
「サンライト王国の跡地でブレイブと話し合う事になった。ロクな事にならない気はするが」
エリックが説明すると、シルバーは意味深な笑みを浮かべて立ち上がった。
「移動手段なら任せなさい。可愛い獣たちを召喚してさしあげますわ」
「ありがたい。あとは、この区域の後処理だな」
エリックが辺りを見渡す。
シルバーの召喚した獣や猛毒のせいで、無残な瓦礫が広がっていた。
「……後処理くらい任せてくれ」
野太い声が聞こえた。
シルバーの召喚した獣たちの攻撃で、気を失っていた男たちだ。ブレイブの治療で命を取り留めたようだ。ゆっくりと立ち上がって決意に満ちた表情を浮かべる。
「エリック様の足を引っ張ってばかりだが、できる事をやらせてくれ。瓦礫の片づけや大工の手配をやっておくぜ」
「自分たちの事を卑下しないでほしい。あんたらを仲間と感じる俺の面目が丸つぶれだ」
エリックが真顔で言うと、男たちは腹を抱えて笑った。
「確かにな!」
「あの……良い雰囲気のところ申し訳ないのですが、よろしいでしょうか?」
メリッサがおずおずと口を挟む。
「シルバーさんのお洋服は直してあげたいです。女の子ですし」
「お気遣い感謝いたしますわ。ですが、今は時間がありませんの」
シルバーは腰に両手を当てて、南の方角を向いた。サンライト王国の跡地がある方向だ。
メリッサはワタワタと両手を振った。
「そ、それじゃあせめて上着を羽織りませんか? エリックさんも」
「俺はいい。この服装で充分だ。着心地がいい」
エリックは寝間着をつまむ。
メリッサは首をブンブンと横に振る。
「ダメです! 二人ともおそろいの上着を羽織ってください!」
「え、おそろい……?」
シルバーの顔が耳まで赤くなった。
一方でエリックは両目を白黒させた。
「なんか意味があるのか?」
ブレイブはエリックの背中を軽く叩く。
「いつか分かる。それまで生き延びてくれ」
エリックは不思議そうに首を傾げていた。
「そういえば、今更なのですが……エリックはどうして寝間着になっていますの?」
シルバーの疑問に、エリックは銀髪をポリポリとかいた。
「俺が聞きたい」
「え、詳しい状況を教えなさい! 場合によってはブレイブをこらしめなければいけませんわ!」
「気を失って気づいたら寝間着にされていた」
「えええええ!?」
シルバーは仰天した。
「ブレイブ、あなたという人は!」
「違うよ、アリアが服ごと武器を取り上げると言って着替えさせたんだ!」
ブレイブの弁明に、アリアが力強く頷く。
「ブレイブ様に襲い掛かったからだ。命を奪わなかったブレイブ様の寛大さに感謝しろ」
「感謝するつもりだが、命令されると嫌だな」
エリックのこめかみが怒張した。シルバーも不満そうな表情を浮かべている。
しかし、二人とも襲ってくる様子はなかった。