表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/62

諦めない

 猛毒の噴水が勢いを増す。空高らかに黒紫色の液体をまき散らす。

 同時に、シルバーが乗っていた黒紫色の馬が崩れる。馬の全身が溶け出し、ドロドロの液体となり、噴水に乗るように空へ舞い上がった。

 シルバーは両手を広げて、黒紫色の液体がたゆたう空を見上げた。


「全てを終わらせましょう。我が魂、リベリオンと共に」


 消え入りそうな、か細い口調であった。

 黒紫色の液体が、ザっという鋭い音を立てて降り注ぐ。触れれば溶け出す猛毒の雨だ。地上にいる人間に、猛毒の雨を避ける術はない。

 しかし、ブレイブは絶望していなかった。両の拳を構えて雄たけびをあげる。


「僕は諦めない。猛毒から助かる方法を見つけないと!」


「俺も諦めるつもりはない」


 エリックは歩きながら、空に向けて右手を伸ばした。

「インビンシブル・スチール、インフィニティ・シールド」

 地面から生えていた刃と棘が形を変える。刃の先端が割れて薄く広がり、巨大な円盤となる。

 円盤は上空で幾つも生成され、降り注ぐ猛毒の雨と激しくぶつかる。

 猛毒の雨は瞬時に円盤を溶かすが、円盤は瞬時に形が戻る。時折猛毒の雨が地上に到達するが、全身に浴びるほどではない。

 エリックはシルバーのワールド・スピリットをほぼ制圧していると言っていい。

 しかし、ブレイブの胸騒ぎが収まらない。

「まだ終わらない気がする」

「放っておけばよいでしょう。ローズ・マリオネット同士が殺し合っているのです」

 アリアが提案するが、ブレイブは首を横に振る。

「僕はエリックに助けられている。彼にお礼をしたい」

「ローズ・マリオネットにお礼を!? サンライト王国に対する侮辱です、考え直してください!」

 アリアの口調が激しくなった。

 ブレイブも負けじと両目を吊り上げて声を荒立てる。

「助けてくれた相手にお礼をするのが侮辱になるはずがない! 彼はとても酷い事をしたけど、彼の行いを平等に考えるべきだ!」

「エリックはローズ・マリオネットです。リベリオン帝国の誇る殺人鬼です。決して気を許してはいけません!」

「当たり前の事をするだけだよ。良い行いには良い行いで応えたいんだ!」

 ブレイブは力強く言い放った。

 アリアはしばらく唖然としたが、やがて溜め息を吐いた。

「ブレイブ様には敵いません」

「あの……いったい何が起こっているのでしょうか?」

 メリッサが建物の陰に隠れながら口を開く。

「この辺りに安全な場所は無いのでしょうか?」

「安全な場所は無い。諦めろ」

「そ、そんなぁ……」

 メリッサは涙目になった。

 ブレイブたちが話している間に状況が変化した。

 エリックが走り出していた。その先にはシルバーがいる。シルバーは猛毒の雨を直に浴びていた。銀髪の縦ロールも、黒いドレスも、胸の黄色いリボンも溶けかかっている。

 シルバーはエリックを見つめながら微笑む。

「デッドリー・レインは私の滅びを意味しますの。あなたの幸せな未来を望めないのが悲しいのですが、最期にあなたを見れて良かったですわ」

 エリックはシルバーのみぞうちを殴る。シルバーは短い吐息を漏らして、エリックはの腕の中に崩れた。

 上空の円盤と、猛毒の雨がぶつかり合う音は治まった。猛毒の雨が止んだのだ。

 しかし、シルバーを蝕む猛毒は止まらない。少しずつ皮膚に達している。身体を溶かすのも時間の問題だろう。

 エリックは舌打ちをする。

「術者がワールド・スピリットによる死を望んだら、そのまま死ぬのか。シルバーが意識を失えば止まると思ったのに」

 猛毒は、エリックの両腕にまで浸食する。

 エリックは地面に片膝をついて、シルバーをそっと横たえる。


「俺は何を間違えた……?」


「全てを間違えた」


 アリアが冷徹に言い放つ。

「闇の眷属として世界に害悪を与え続けた。その罪は重い」

 エリックがアリアを睨む。しかし、言い返せない。歯を食いしばってシルバーを見つめる。

 シルバーの表情は穏やかだ。

 エリックは肩を落とし、何も言えずにいる。彼のワールド・スピリットが生み出した鋼鉄は崩れ落ち、地面に溶けるように消えていく。

 アリアはおぼつかない足取りでメリッサから離れる。そして、長剣を抜き放つ。

「私はおまえを倒すために長い間剣の腕を磨いてきた。ようやく国王陛下の仇が討てる」

 アリアが足を進める。そんなアリアの肩を、ブレイブはバシンッと勢いよく叩いた。

「気持ちは分かるけど、ここは僕に任せてほしい」

「何をするのですか?」

「僕は世界を癒すために最善を尽くす。それだけだよ」

 アリアが足を止めて首を傾げる。

 ブレイブはアリアが露骨に戸惑っているのを構わずに、シルバーの傍に走り寄る。

「酷い毒だ。頑張って治療するしかない」

 ブレイブは地面に両膝を付けて、シルバーを蝕む猛毒に触れる。

「どうすれば毒の治療に成功するんだろうか……」

 ブレイブの両手が溶けかかる。ただれるような激しい痛みを感じる。

 アリアが青ざめた。

「ブレイブ様、おやめください! あなたが猛毒に触れる理由なんてありません!」

「メリッサ、僕はどうして毒の治療に失敗するんだと思う?」

「少しは人の話を聞いてください!」

 アリアの苦言を聞き流して、ブレイブはメリッサに視線を合わせる。

 メリッサはうめいた。

「治療したい人と一緒に、毒まで回復させるからだと思いますが……あの、こんな言葉がどうなるのでしょうか?」

「そうか、それはそうだ!」

 ブレイブは両目を輝かせた。

「ただヒーリングを掛けたのでは、何でも回復してしまう。毒の効果まで回復したら、治らないわけだ。毒以外を回復させればいいんだ!」

「あの……そんなに簡単にできるのでしょうか?」

「分からないけど、やるしかない!」

 ブレイブは真剣な面持ちで、ただれる両腕を見つめる。失敗すれば両腕は朽ち果て、全身に毒が回り、死に至るだろう。

 ブレイブは両目を閉じた。視覚に意味はない。治療するべきものとそうでないものを感じ取る。

「片方は生きている。生きたいと叫んでいる」

 ブレイブは呟く。

「声のない叫びを拾えばいいんだ」

 ブレイブは力強く頷いた。ブレイブの両腕が優しく光る。ただれるような痛みが徐々に和らぐ。

「もう少しだ」

 深呼吸をして集中する。全身が心地よく温かくなる。

 やがて、皮膚のただれは治った。

 ブレイブは両目を開けて、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「エリックとシルバーも治療できるよ」

「お待ちください! 彼らには条件を付けるべきです。ただ治療したのでは、また襲い掛かられてしまいます!」

 アリアが必死に声を掛けるが、ブレイブはシルバー、そしてエリックに毒を除いたヒーリングを掛けていた。

 二人とも皮膚のただれは治った。

 エリックは放心していた。


「こんな奇跡があっていいのか?」


「君たちを治せて良かったよ」


 ブレイブが微笑み掛けると、エリックは戸惑いを浮かべた。

「あんたがここまで俺たちに良くしてくれる理由が分からない。あんたの国が滅びる要因を作ったし、あんたに切りかかった。アリアのように考えるのが自然だと思う。どうして俺たちを助けた?」

「うーん、人を助ける理由なんて考えた事がなかったけど……強いて言うなら、仲間意識に共感したからかな」

 ブレイブは照れくさそうに片頬をかいて笑った。

「君も僕も大切な仲間がいる。殺し合い以外にできる事がないかなと思ったんだ」

「底なしのお人よしだな」

 エリックは視線を落とす。

「バイオレットがここにいたら、同じ事を言いそうだ」

「そうか。本当に大事な人を亡くしたね」

「いつまでも落ち込むわけにはいかないけどな」

 エリックは空を見上げた。空は鮮やかな赤色に染まっていた。

 エリックの瞳が揺れている。

 ブレイブは微笑んだ。


「そろそろ弔ってもいいんじゃないか?」


「考えておく」


 エリックの口調はそっけない。しかし歯を食いしばって震える表情は、人の心を持たないマリオネットとは程遠かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ