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伝わる言葉、届かない心

 シルバーは馬上からブレイブを睨む。

「あなたがまだ生きているのが不思議でなりませんわ。あなたの死はリベリオン帝国の悲願のはずですのに」

「僕はまだ死ぬわけにはいかないからね。エリックも分かっているんだろ」

 ブレイブは堂々と胸を張った。

 エリックは溜め息を吐いた。

「貸しができたからな。返さなければならない」

「あら、役立たずたちを助けられた事かしら?」

 シルバーは軽蔑の眼差しを浮かべる。

「可愛い獣たちの餌になれば役に立つと認めてあげましたのに」

「俺の仲間は役立たずではない。戦闘において俺たちと肩を並べる人間が特別だと考えるべきだ」

 エリックの眼光が鋭くなる。

「彼らは俺のために全力を尽くしてくれた。戦闘以外の様々な形で助けてくれた。侮辱は許さない」

「役立たずの怠慢を許すなんて、地方担当者を剝奪されてもおかしくありませんわ」

「俺は俺なりに担当をこなしてきた。あんたも担当地方に帰れ」

 エリックが退く気配はない。

 シルバーはこれ見よがしに嘲笑を浮かべた。

「そんな甘い認識をなさるから、ブレイブに負けてしまわれたのでしょう。せめて一人くらいちゃんとした戦闘員を育てていたら、結果は違ったかもしれませんのに」

「俺に対する意見なら参考にする。だが、重ねて言うが仲間を侮辱するのは許さない」

 エリックは一呼吸置いた。


「あんたにだって多くの恩がある。戦うだけじゃなく、いろんなものを俺にくれた。あんただって最初から戦えたわけじゃなかったが、役立たずと思った事はない」


 湿った風が吹く。

 土埃が巻き上がる。エリックが召喚した刃と棘に囚われた獣たちの咆哮と共に、空へ舞い上がった。獰猛な獣たちは見動きが取れないが、敵意が絶えない。

 獣たちの敵意と呼応するように、シルバーが低い声で笑う。

「役立たずと同列にしないでくださる?」

 シルバーは両肩を震わせた。


「私は何年も努力しましたわ。あなたが得られない力を得るために、何もかもを捧げましたわ。あなたが仲間と呼ぶ人間たちは、あなたに甘えただけではありませんの?」


「落ち着け、シルバー。彼らは俺たちほど強くなれなかった。それだけだ」


 エリックが淡々と告げる。

 シルバーは激しく首を横に振った。


「強くなれないのなら、命を捧げるべきですわ! そのためのゴッド・バインドでしょう!? あなたには失望しましたわ。役立たずたちをそのままにしてしまうなんて!」


 シルバーの口調は激しさを増す。

「仕留めるべきブレイブを生かしたままにしていますし、あなたは私たちを裏切るつもりですのね!」

「リベリオン帝国建国の目的は、闇の眷属の生き残りのはずだ。ブレイブの生存は、その目的に反しないと考えを改めた」

 エリックが無防備に両手を広げて歩き出す。


「あんたとは少し話がしたい。一時的でいい。獣たちを引っ込めてくれないか?」


「……よろしくてよ」


 シルバーが怪しい笑みを浮かべる。

「あなたが本気ならこれくらい平気でしょう? デッドリー・ポイズン、ヘイトレッド・ファウンテン」

 シルバーの周囲の空気が歪む。彼女のワールド・スピリットが使われたのだ。

 変化はすぐに起こる。

 獣たちがみるみる内に形を失い、ドロドロした黒紫色の液体になっていく。黒紫色の液体は地面に降りて広がり、ボコッボコッと噴水のように巻き上がる。

 禍々しい猛毒の噴水が出来上がったのだ。

 シルバーは高笑いを浮かべた。

「おっしゃられた通りに、獣たちは姿を消しましたわ! こんな状況でお話なんて……!?」

 シルバーの表情が固まる。

 目に映る光景が信じられなかったからだ。

 エリックが猛毒の噴水の間を歩いていく。紫色の瞳は、まっすぐにシルバーを見つめている。

 シルバーの口から嗚咽が漏れる。

「どうしてそんな事をしますの? あなたのワールド・スピリットなら、私の猛毒なんて簡単に蹴散らせますし、避ける事も簡単でしょう」

「あんたは俺の言う通りに獣たちを引っ込めてくれた。それ以上は望まない。あんたに殺されるのなら、俺はそれまでの男だという事だ」

 エリックの銀髪に、猛毒の噴水が掠める。掠めた部分がドロリと溶ける。

 しかし、エリックは微笑みを浮かべる。


「こんな時に言うのは難だが、あんたには返しきれない恩がある。あんたがローズ・マリオネットになるまで、俺の代わりにバイオレットの死をずっと悼んでくれたな」


「……あなたが私に唯一望んだ事でしたから。人々を恐れさせ、従わせる役目を担うローズ・マリオネットは、人の死を悼むわけにはいかないとおっしゃったから」


 シルバーの瞳から一滴の雫がこぼれる。

「守られてばかりの私が、唯一できる事でしたから」

「そんな気持ちだったのか。一方的に命令して悪かったな」

「冷酷なローズ・マリオネットが謝ってはいけませんわ……いえ、もうあなたは冷酷さを持ち合わせる事ができないのかもしれませんわね」

 シルバーは溜め息を吐いて、両目をぬぐった。

「出来損ないのマリオネットは無惨に壊されるだけでしょう。あなたがそんな扱いを受けるのを見たくありませんわ。私はここでルドルフ皇帝に命を捧げます」

 シルバーは馬から降りて、エリックと同程度の目線となる。ドレスの裾を広げて丁寧なお辞儀をした。


「あなたと言葉を交わすのは、これが最後となるでしょう。あなたにも伝わる言葉を使いますわ。愛しております。あなたがくれたシルバー・レインという名前も」


 エリックは両目を見開いた。驚きのあまり、言葉を失っているようだ。

 シルバーはブレイブと、倒れている男たちに視線を移し、怪しく微笑んだ。

「あなたたちはここで私と共に命を捧げるのですわ。助かる必要なんてありませんの。消え失せなさい。デッドリー・ポイズン、デッドリー・レイン」

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