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聖杯を満たすは愛の色  作者: 月夜野桜
第一章 黒薔薇姫と白百合姫
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第四話 紅白の薔薇(テューダー・ローズ)は華麗に舞う

「その子を放しなさい」


 吸血鬼ヴァンパイアの視線の先に薔薇十字を掲げ、ローズは命じた。右手のブレスレットには白い光、左手のブレスレットには赤い光が纏われている。


 フルールは既に魂を吸われてしまった。生き血と共に、生命力や魔力だけでなく、魂そのものまでが、一部とはいえ取り込まれている。もう手遅れだった。しかし、ガブリエルから頼まれている以上、このまま巻き添えにして処分してしまうわけにはいかない。


「おい、本当に吸血鬼ヴァンパイアがいるぞ、気を付け――これは!?」


 今頃追いついてきたハットンが絶句した。彼にもわかるのだろう。フルールが吸血鬼ヴァンパイアに堕ちようとしていることが。いざという時には、退治する役目だった人間なのだから。


「フルールをお願い。あの吸血鬼ヴァンパイアは、私がどうにかする」


 ハットンが自身の聖具セイクリッドを発動した魔力を感じ取ると、ローズも動いた。


「咲き誇れ、赤薔薇(ロサ=ガリカ)


 左手のブレスレットの赤い光が強くなる。振り上げた薔薇十字から無数の赤い薔薇が生み出され、吸血鬼ヴァンパイアを取り囲んで花嵐の如く渦巻き始めた。空間に漂う魔力を削り取りつつ、徐々に包囲を狭めていく。


 剣状の聖具セイクリッドを発動したハットンが横に並んできた。視線だけ送りながら、ローズは告げる。


「これが消えたら行って。……彼の者を撃ち据えよ、白薔薇(ロサ=アルバ)


 右手のブレスレットが眩く光る。数多の白い薔薇が鋭く発射された。空中で急角度に軌道を変え、吸血鬼ヴァンパイアに迫る。


 逃げ場のない吸血鬼ヴァンパイアは、獲物を捨てて跳び上がった。白い薔薇はその場に残されたフルールに向かって飛んでいく。しかし、赤い薔薇の花嵐に巻き込まれると、紅白の光を撒き散らしながら、互いに衝突して消滅していった。


 いくつかの白い薔薇は、手前で軌道を変えて上空を目指す。高い天井を蹴って包囲を脱出しようとしていた吸血鬼ヴァンパイアの右足を吹き飛ばした。


 ハットンがフルールの元へと駆け出すのを確認してから、再度白薔薇(ロサ=アルバ)を発動した。複数の白い薔薇が、バランスを崩して着地が乱れた吸血鬼ヴァンパイアの残りの四肢を襲う。


(この吸血鬼ヴァンパイア……再生が速い?)


 最初に攻撃した右足がもう再生し始めているのを認めると、ローズは赤薔薇(ロサ=ガリカ)を展開し直した。小さな赤い薔薇を大量生成し、吸血鬼ヴァンパイアの霊体を少しずつ削る。同時に白薔薇(ロサ=アルバ)を使って、殺さない程度に胴体も穿った。


 再生が遅くなり、当座の戦闘能力を奪ったことを確信すると、ローズは吸血鬼ヴァンパイアの元に駆け寄った。その顔を見て、怪訝な表情に変わる。


(この顔……似てる気がする。魔力の感じも。それにこの再生能力の高さ。もしかして……)


 ローズはポケットの中をまさぐった。いつも持ち歩いている、結界を張った小瓶を取り出す。念のため、血液を採取しておこうと考えた。何か手掛かりが得られるかもしれない。


「そちらの処分は頼む。こちらは私がやる」


 ハットンの言葉に振り向くと、フルールに向かって聖具セイクリッドの刃を突き立てるところだった。


白薔薇(ロサ=アルバ)!」


 慌てて発動した白い薔薇が高速に飛んでいき、ハットンの聖具セイクリッドを弾く。剣先が逸れ、刃はフルールの頭すぐ横の地面に突き刺さった。


「何をやっているの、あなたは!」


 ローズは肩を怒らせ、ハットンの元に詰め寄った。襟首を掴み、自分より遥かに大柄なハットンを片手で持ち上げる。氷青色アイスブルーの瞳は、煉獄の炎のように燃えていた。


「な、何をと言われても……吸血鬼ヴァンパイアの処分を……」


 迫力に押されたのか、しどろもどろになりながらハットンは答える。ローズはフルールの方に視線を向けた。まだ完全には堕ちていない。必死に呪いに抵抗しているように思える。


「判断も仰がずに処分するわけ? ガブリエルからも必ず守れと指示がきていたでしょ?」


「し、しかし、既に手遅れで……守るも何も……」


 通常であればそう。もう吸血鬼ヴァンパイアの方を処分しても、そのままでは生命は助からない。とはいえ、守るよう命令が出ているのに、躊躇すらせずに処分するなど、論理的にも感情的にもあり得ない。なのに、怒りの形相のローズに対し、ハットンは首を横に振るばかり。


「私のせいではない。これは上の責任だ。指示が食い違っていたのが原因だろう? いったい、私がどうやってこれを防げたと言うんだ? そもそも最初から試験内容がおかしいじゃないか! 間に合わなかったのも、ガブリエル司祭の責任じゃないか! 空港を閉鎖するなり、現地警察にここを封鎖させるなり、その気になればいくらでも手段はあったではないか!」


 心の中で何かが切れた音がした。煉獄の炎のように燃え盛っていたローズの瞳は、絶対零度に凍り付いた。人ではなく、物でも見るかのような視線に変わる。


 この期に及んで保身しか考えぬハットンの姿は、ローズにとって最も忌み嫌うものの一つだった。誰の責任かが問題なのではない。フルールを守る意思があるかどうかが問題なのだ。


(こんな奴のせいで、死なせるわけにはいかない)


 ローズは乱暴にハットンを放り捨てた。神の敵を倒すための左手の聖具セイクリッドを向ける。


赤薔薇(ロサ=ガリカ)、神の愛を教えてあげなさい」


 恐怖の表情で凍り付いたハットンに向けて、赤い薔薇が多数飛んでいく。そして霊体を掠めて削り取った。意識を失ったのを確認すると、ローズはフルールの側に膝をついた。


「お、お願い……早く、殺して……完全に吸血鬼ヴァンパイアになる前に……心が、心が闇に染まってくの……お願い、人として……人として死にたい……」


 か細く震える声で、フルールが言葉を絞り出す。吸血鬼ヴァンパイアに魂を吸われたことで襲い掛かる呪いに、必死に抵抗しているようだった。だが、抗いきれるわけがない。むしろまだ堕ちずに、意識を保っていることが奇跡と思えた。


 その健気で気高い姿を見て、凍てついていたローズの氷の瞳が解けていく。それは温かい雫となって、頬を伝った。


(ガブリエルの事情なんて関係ない。私はこの子を助けたい。もう作らないつもりでいたけど、今ならまだ間に合うかもしれない)


 ローズはフルールの小柄な身体を抱き起こした。首筋の右側に、吸血鬼ヴァンパイアに噛まれた傷痕がある。鋭い牙によって、四つの穴が開いたままになっていた。


「ごめんなさい、後で恨まれるかもしれない。けど、他に手はないの」


 そうフルールに謝りながら、ローズは大きく口を開いた。吸血鬼ヴァンパイアの開けた傷痕に、そっと優しく噛みつく。そしてそこから生き血と共に魂を吸い取った。


 その口に、牙は生えていない。人と同じ白い歯だけが、綺麗に並んでいた。


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