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聖杯を満たすは愛の色  作者: 月夜野桜
最終章 聖杯を満たすは愛の色
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最終話 新たなる伝説の題名は

 月明かりの下、喧しい音を立てて金属の腕が動いていた。脇に盛られた土を掬い、穴の中へと放り込んでいく。フルールが重機を動かし、洞窟へと繋がる穴を埋めている。


 ローズは感心して眺めつつも、疑問に思わざるを得ない。流石に、得意のお節介を焼いている中で身に付けた技術とは考えられない。


「ねえフルール、どうしてこんなものの動かし方、知ってるの?」


 それに対するフルールの返答は、とても意外なもの。しかし彼女にとっては当たり前なのか、何故そんなことを問うとばかりにローズを見ながら答える。


「だって、ここにマニュアル置いてあるし。これ読めば誰でも動かせるよ。……お姉様、もしかして機械音痴?」


 眼を瞬かせつつ、ローズは呆れた。実際余り得意ではなかったが、そういう次元の機械ではないような気がしてならない。


「これさ、朝までにどうにかしないと、誰か掘り返しちゃうから、急がないと」


 そう言いながら、フルールはせっせと穴を埋めていく。とはいえ、実際やってくれているのは機械で、フルールはゲームでもやるかのように、楽しそうに操作しているだけだが。


「でもきっと掘り返されるわ。埋めても痕跡を完全に消すことは無理でしょ? 一応、普通の人にはあの黄金の竜ペンドラゴンは認知出来ないようになってるから、大丈夫とは思うけど。結界も、モルドレッドでも破れなかったようだし、所有権も簡単には上書き出来ないはず」


 とはいえ、場所柄、その辺りの知識のある人間が、調査団に選ばれる可能性は高い。ローズが祓魔師教会アンダー・テンプルを通して影響力を及ぼせる、英国国教会関連であれば問題ない。しかし、国教会とあまり仲の良くない他教派だと、教派間の争いに発展する可能性もなくはない。


 そこまで考えたのかどうかはわからないが、フルールも心配な様子だった。


「それじゃあ、これどうにかするまでは、イングランドにいないとダメだね。あたし、ほとぼり冷めるまでは、どっか外国に行こうと思ってたんだけど」


「そうね……不本意だけれど、陛下にお願いするしかないわね。別の場所に移してもらいましょう」


「陛下!?」


 大きな眼を見開いて、フルールが素っ頓狂な声を上げた。そこまで驚くようなことでもないだろうと思いながら、ローズは返す。


「言ったでしょ、騎士だって。ガーター勲章貰ってるのよ、薔薇戦争の時に。一度返上したんだけど、モルドレッドの件の捜査を始めるときに、ガブリエルの働きかけで再任されてるの」


「じゃあ、やっぱりお姫様じゃん!」


「騎士であって、姫ではないわ。テューダー朝に協力しただけで、血縁関係があるわけじゃないもの」


「あるでしょ! モルドレッドの妹ってことは、アーサー王の娘なんでしょ? ヘンリー七世って、アーサー王の血を引くとも言われてるんだから、テューダー朝とも血縁関係あるじゃん! そもそもお姉様が、このブリテンの正当な所有者ってことにならない?」


 ブリテンの所有者。そういう発想をしたことはなかった。アーサー自体も、生前には遠巻きに見たことがあるだけで、会って話をしたことはない。


「アーサーの娘かどうかは、わからないわ。モルドレッドとは確かに兄妹。あるいは姉弟。それはDNA鑑定で確実。でも、アーサーとの間でDNA鑑定が出来たわけじゃないから。伝承では、モルドレッドはアーサーの子だとされてるだけ」


 アーサーのDNAが残っていない以上、確認する術はない。近くのグラストンベリー修道院にアーサーの墓とされている場所があるが、中身は空とのことだし、本物の墓はこちら。


 リチャード一世の時代にここから発掘され、修道院に移されたという話もある。実際、薔薇戦争当時には、黄金の竜ペンドラゴンの一つはヨーク家にあった。その話を確認しにローズがここへ来た時には、アーサーの棺もなくなっていた。


 ヨーク家は、リチャード一世の弟、ジョン王の子孫である。そこから考えると、発掘の話が事実だった可能性は高い。しかし、現時点で棺がどこにあるのかは、もうわからない。


「むー、そうは言ってもさ、今までただの伝説や伝承だと思ってたのが、大体事実だってわかったし……それも事実かもしれないよ?」


 フルールは納得がいかないようで、まだその話題にこだわる。アーサー王伝説が大好きだと公言していたから、そういうことにしてしまいたいのだろう。


「アーサーの子じゃないという伝承も多いわ。オークニーのロット王の息子とされてるものもある」


「でもその伝承だと捨てられてないでしょ? ついでに、どっちにしろお姫様じゃん!」


 正論だった。自分とモルドレッドが、拾われ子であることは紛れもない事実。そして、その伝承が正しいとした場合、姫ということも否定出来ていない。


「それは、そうだけど……。でも、五月一日生まれの子供は、他にも捨てられてたみたいだし」


「あたしね、五月一日に生まれた子を、無差別に捨てたわけないと思うんだ。心当たりがない相手の子は捨てないよね? ちょっと幻滅だけど、捨てた子の母親と、全員関係あったんじゃないかな?」


 これも正論。拾った時の状況を聞いた限り、少なくとも同じ船には、それほど多数の子供が乗せられていたわけではない。小さな古い漁船だったと聞く。一隻ではなかった可能性はあるが、多数の船が使われたという話も聞いたことはない。


「言われてみれば、そう思えなくもないわね。五月一日に生まれた国中の子供たち全員を捨てさせたわけじゃないみたいよね。貴人の子という表記だったと思うし」


「だったらさ、モルゴースの娘じゃないのかもしれないけど、アーサー王の娘ではあるんだよ、きっと」


 そう結論付けると、フルールは好奇心と喜びに溢れる瞳をローズに向けて言った。


「その方がいいじゃん、夢があってさ!」


 ローズも同じような顔をして返す。確かに夢がある。そしてそれはそのまま、フルールにも返すべき言葉。


「そうね。あなたもキリストとマリア・マグダレナの子孫。本当かどうか怪しいものだけど、そう思った方が、夢があるわ」


「うんうん。将来きっと、お姉様とあたしのことも伝説になるよ。アーサー王の娘と、キリストの子孫の冒険のお話」


 フルールらしい発想に、ローズはくすくすと笑った。伝説になるまで、一体何百年かかることなのやらと。そしてそうなるためには、それだけの大冒険をしなくてはならない、これから。


「それってもしかして、著者の名前は、フルール・ド・リス?」


 自分で書いてしまえば、すぐにでも伝説となる。そう考えてローズは訊ねた。フルールは満面の笑みを浮かべて答える。


「あたしの名前は、マリー=アンジュ・ダルコだよ! あ、ちなみに、ジャンヌ・ダルクの子孫でもあるからね!」


 ローズは眼を瞬いた。設定を更に一つ増やしたことに呆れて。


「末尾にOがついただけだって? それはないわよ。ジャンヌは乙女のまま、十九歳で火刑に処されてるから、子孫はいない」


 口を尖らせてフルールが文句をつける。


「いたかもしれないじゃん!」


「いないの。この目で見届けてきたんだもの」


 フルールは眼を瞬きつつ、口をパクパク開け閉めして驚きを示す。


「え、会ったことあるの? じゃあ、なんで助けてあげなかったのさ!」


 最後は声を荒げて抗議した。


 ローズとしても、見ていることしか出来なかった自分を恥じている。しかし、手を出していたら、きっと自分も同じ目に遭っていた。ローズの場合、それは永遠の責め苦となり、魔女の存在をも証明してしまうことになる。


「あの当時の情勢では仕方なかったの。それにね、あれは意味のある死だったのだと、私は思う。あの件が後世に与えた影響は計り知れない。普通に単なる英雄として戦争を終え、幸せに結婚して死んでいたら、世界はまったく別のものになってたと思うわ。オルレアンの乙女として、聖女として死んだからこそ、彼女は特別な存在になったのよ」


 自分への言い訳かもしれない。そう思いつつも、ローズは彼女の死に意義を見出したい。単なる損失ではなく、無意味でもなかったと考えたい。磔刑に処されたことで、キリストが神の子としての完成をみたことと同じく。


 フルールは作業の手を止め、両肩を落として大げさな溜息を吐いた。


「そっかあ……。ジャンヌ譲りの剣技の才能かと思ってたのに……」


「彼女の真価は、剣技ではなく戦術であり、戦略じゃないの?」


 余程残念らしい。ローズの突っ込みに反論することもなく、そのまま運転席のパネルに額を付けるようにして、項垂れ続けていた。


 それを眺めながら、ローズは考える。


(でも親族の線なら、ありえなくはないわね。彼女の家族にはドゥ・リスの姓が与えられた。ジャンヌの紋章にも、フルール・ド・リスがあしらわれている。……考えすぎかな。偽名なんだし)


 ローズは一人でくすくすと楽しそうに笑った。その氷の瞳は、外見年齢相応の悪戯っぽい輝きに満ちていた。


 突然がばりと顔を上げて、フルールが叫ぶ。


「あたし決めた。タイトルは、『聖杯を満たすは愛の色』で!」


 どうやら落ち込んでいたのではなく、ずっと伝説について著した書のタイトルを考えていたようだった。本当に書くつもりなのだと、ローズは呆れ顔でフルールを眺め続けた。


 それならば、ローズも決めなくてはならない。その書に相応しい、これから始める冒険の内容を。フルールと二人で紡ぐ、新しい伝説を。



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