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聖杯を満たすは愛の色  作者: 月夜野桜
第四章 伝説の島
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第三話 モルドレッドという男

「お、お姉様、あんなのどうするの?」


 洞窟の角を曲がった先には、サブマシンガンで武装した吸血鬼ヴァンパイア数人が待ち構えていた。再びフルールがひょいと顔を出す。すぐに引っ込めたが、銃弾が多数襲い掛かり、石片が飛び散った。


「やっぱ無理ー! 近づく前に蜂の巣にされちゃうー!」


 浮足立つフルールに対して、ローズは少し戻った位置の地面を指して、平然とした顔で言う。


「あなたも使えばいいじゃない」


 そこにあるのは、先程倒した吸血鬼ヴァンパイアが持っていたと思われるサブマシンガン。フルールの顔が引き攣っていく。


「あ、あたし、あんなの使ったことないんだけどー?」


「そう、じゃ私がやるわ」


「お姉様は使ったことあるの……?」


 これは異なことを言うとばかりに目を瞬きながら、ローズは両手を持ち上げ、聖具セイクリッドの薔薇十字を示す。


「これがあれば充分」


 隠れていた場所から平然とした足取りで出ようとするローズを追い越して、フルールが飛び出した。


「ふおおおおお! お姉様を守るのは、あたしの役目ー!」


 もう少し柔軟な戦法を身に付けさせる必要があると考えながら、ローズは右手を伸ばす。


白薔薇(ロサ=アルバ)、私の大切な者を守れ」


 白い小さな薔薇が雲のような密度で大量に飛んでいき、フルールを追い越す。襲い掛かりつつあった銃弾の大半は、それに飲み込まれて跳弾し、あらぬ方向へと消えていった。


「お姉様、ありがとー!」


 そのまま吸血鬼ヴァンパイア目掛けて薔薇たちが飛んでいった。蜂の巣にされて倒れていく相手を、フルールの蒼白い刃が襲う。あとはローズが手を出すまでもなく、フルールが全員を斬り刻み、塵と化した。


「魔術も使えない相手なんて、こんなものね。でも、奥にまだ何人かいるわ。この距離ならわかる。……モルドレッド本人がいる」


 物憂げに沈んだ色の光を放つローズの瞳を、フルールの明るい花緑青色エメラルドグリーンの瞳が照らした。


「お姉様、今のもう一回やって。モルドレッド以外は、あたしが倒す」


 小さく頷くと、ローズは奥へと駆け出した。フルールが先に立って進んでいく。


「そこ左に曲がったところ。白薔薇(ロサ=アルバ)!」


 再び白い薔薇が花吹雪となって、フルールを追い越し曲がっていく。銃声が幾度か響き、ローズが奥の様子を見た時にはもう、フルールは最後の一人の頸を飛ばすところだった。


 まだ吸血鬼ヴァンパイアたちすべては塵と化していないのに、ローズの視線は最奥で振り向いた顔に釘付けとなっていた。ローズの記憶にあるものよりは、少し老けている。しかし、紛れもなく千四百年以上ぶりの、懐かしい顔。


「モルドレッド……それを使って、何をするつもりなの?」


 背が高く精悍な肢体の向こうにあるのは、竜を象った黄金の像。かつてローズが張った結界が蒼い光を放ち、周囲を何重にも覆っていた。


「グウェンディズ……やはりお前か。この結界からは懐かしい魔力が放たれている。……出来れば、ここに来てほしくはなかった。その前にすべてを終わらせたかった」


「質問に答えて、モルドレッド」


 ローズは深い哀しみを湛えた氷青色アイスブルーの瞳で、モルドレッドを見つめる。同じ氷青色アイスブルーの瞳がまっすぐに見返し、次いでフルールを一瞥した。


「お前まで眷属を作ったのか。いや、似て非なるものか? お前はまだ穢れていないままに感じる。……聖杯グラールは俺を拒絶し、お前を選んだということなのだな……」


「違うの、モルドレッド。あなたは使い方を間違えた。いいえ、私のために間違えてしまった」


 その言葉を聞くと、モルドレッドはゆっくりと首を横に振り、深く溜息を吐いて下を向いた。


「そうか。あのとき再び復讐心を抱いたから、聖杯グラールが俺を拒否したのだな」


 意外な単語が飛び出してきて、ローズは恐る恐る、その真意を問い質す。


「再びって……どういうこと?」


「俺は、俺たちを捨てさせたアーサーに復讐するために、彼の元へと行った。だが俺はすぐに彼に心服してしまっていた。そういう男だった。伝説にある偉大な彼の姿は正しい」


 聞いていなかった。そんな話は聞いていなかった。戸惑いを隠せず、しばし絶句の後ローズは問う。


「なら、聖杯グラールを探しに、ここに戻ってきたのは……?」


「もちろん、彼のためだ。大陸からの侵略者たちを駆逐するために、彼は聖杯グラールを欲しがっていた。聖杯グラールの力を得、それを以て、人々の結束を高めようと」


 至って落ち着いた様子で語るモルドレッド。嘘を吐いているようには見えなかった。ローズは驚きに眼を見開いたまま、再び問う。


「復讐の……ためではなかったの? 聖杯グラールの力を借りて、あなたが、アーサーに」


 モルドレッドは眼を伏せ、首を振りながら残念そうに言う。


「結局はそうなった。彼は俺を信用してくれていなかったのだろう。そのために、お前が犠牲になった」


 そして再び顔を上げ、憎しみの籠もった眼差しで、遠い記憶の彼方の誰かを睨み据えるようにして、モルドレッドは続ける。


「だから俺は再び復讐を誓った。お前をあのような目に遭わせたアーサーを、この手で殺そうと。彼に栄華を極めさせたのちに、すべてを奪い、すべてを滅ぼそうと」


 ローズの氷青色アイスブルーの瞳が濡れていく。その氷が解けたかのように、今にも溢れ出しそうになっていった。


「私の……私のためだったの?」


 やっとのことで、ローズはそう声を出した。目の前が揺れ、足元がおぼつかなくなっていく。


 モルドレッドの謀反の動機を、完全に誤解していたことに初めて気づいた。野心でも、個人的な復讐でもなく、ローズの敵討ちのつもりだった。


 聖杯グラールがなければ死んでいたローズのために、モルドレッドはあそこまでのことをした。それはそのまま、モルドレッドのローズへの気持ちの強さを示していた。根底にあるのは、恐らく――


 モルドレッドは温かい優しさと、強い想いの籠もった眼差しで見返しながら告げる。


「グウェンディズ、お前を愛していた」


 歓喜と、悲哀と、戸惑いと驚きまでもが綯い交ぜになった感情が、ローズの心を揺さぶる。


「モルドレッド……私は、私は――」


 しかしモルドレッドのその瞳は、すぐに深い哀しみの色に沈む。ローズの言葉を遮るように、いや続きを言わせたくないかのように、無理やりに強い口調で言葉を継いだ。


「だがすべてはもう遅い! もう取り返しはつかない! ……お前はきっと俺を殺すために、ずっと追い続けてきたのだろう。お前をその呪縛から解放するために、自ら生命を絶とうとした。だが自分では死ねなかった。……死ぬならお前の腕の中で死にたい。しかしお前に俺を殺させたくはない。俺には打つ手がなかった。だから、自らを封印した」


 モルドレッドの足取りがまったく掴めなかった理由が、やっとわかった。この国の吸血鬼ヴァンパイアたちが、ある時期から突然鳴りを潜めた理由も。


「自分で、自分を封印したの? ……そう、だからなのね。長年の疑問が解けたわ。何故滅さずに封印だったのか。封印出来るほどの祓魔師エクソシストなら、滅することも可能だったはずなのに」


「そういうことだ。今後も戦わずに済ませられるなら、そうしたい」


 それだけ言うと、モルドレッドはくるりと振り返り、無防備にも背を晒した。ローズの張った結界の解除作業へと戻る。


 あくまでもローズと戦う気はないという意思を示しているのだろう。そして同時に、モルドレッドの決意の固さも表している。思い留まるくらいなら、背後からの攻撃で殺される方を選ぶということ。


 だがそこまでして一体何をしたいのか、ローズには理解出来ない。黄金の竜ペンドラゴンを何に使うのかは想像がつく。何故そうしたいのか、それでどうしたいのかが、さっぱりわからない。


「モルドレッド、お願い。それに手を出すのはやめて。私だって、あなたとは戦いたくない」


 一縷の望みをかけて、ローズは告げた。やめてくれないのなら、力尽くでも止めなくてはならない。しかしモルドレッドは、にべもなく突き放した。


「話は終わりだ。お願いだから邪魔をしないでくれ。俺は俺の務めを果たさなくてはならない」


「務めって何? 黄金の竜ペンドラゴンを使って、何をしようとしてるの? もうアーサーはいないわ。確かに彼は死んだ。私は彼の遺体の埋葬に立ち会ったのよ」


「本当にわからないのか、グウェンディズ!?」


 モルドレッドは激しい口調で叫ぶようにしながら振り向いた。その瞳には、戸惑いの色が浮かんでいる。互いに想いが伝わらず、すれ違い続けた二人。それが一時に感情となって迸った。


「何故理解出来ない? 何故理解してくれない? お前は何とも思わないのか? この変わり果てた世界を見て? 腐った人々を見て? かつての美しかったこの国を、人々を思い出せ。余りにも変わりすぎていて、俺はアヴァロンがここだと、すぐにはわからなかったんだぞ?」


 その気持ちは理解出来る。何百年ぶりかに蘇ってこの光景を見たら、そう思うかもしれない。しかし、ローズは言わなくてはならない。伝えなくてはならない、現実を。今と、過去を。


「その美しかった国を、人々を滅ぼそうとしたのは、あなたでしょう?」


 ローズの言葉を聞いて、モルドレッドは俯いた。思うところはあったのだろう。彼には似つかわしくない弱々しい声で、弁解をするように語る。


「あの時の俺は間違っていた。俺を信じず、吸血鬼ヴァンパイア化するきっかけを作り、あまつさえお前を殺そうとしたアーサー。彼を殺して復讐を遂げたが、残ったものは後悔だけだった。やはり俺は彼のことを好きだった。偉大なる王で、最も尊敬すべき騎士だった」


 最後は顔を上げ、熱い口調でモルドレッドは言い切った。かつて子供たちがアーサーに憧れて向けていたのと同じ視線。目の前に本人がいるかのように、憧憬に染まった瞳をしていた。


「だから……だからあのあと、姿を消したのね。その気になればもう一度決起して、王を目指すことも出来たのに。あなたには充分な人望があったもの。アーサーを好まない人々もいたわ」


 モルドレッドは軽く溜息を吐くと、首を横に振りながら、独り言のように言った。


「しかし、今のこの世界では、俺は単なる裏切り者だ。だから、この方法しか採れない」


 ローズにはわからない。モルドレッドが何をやりたいのか。


 悲痛に歪んだ顔で、縋るような視線で見上げて問う。否定して欲しいと思いながら。


「再び滅ぼそうというの? アーサーが守ろうとしたこの国を?」


「もうここは彼が目指した国ではない。彼や円卓の騎士たちと比べて、今の政治家や官僚、財界人はどうだ? ノブレス・オブリージュの精神の欠片もない。何故彼らは責務を果たさない? この国はまだましな方だ。世界にはもっと苦しんでいる人々が数多くいる」


 ローズはその言葉を否定出来なかった。言っていること自体は間違っていないと思う。


 何も言えないでいると、肯定と受け止めたのか、モルドレッドは吐き捨てるようにして、自分の行きついた結論を語る。


「ゴミは除去する必要がある。間違った世の中は、この俺が正す。古き良き騎士の王国の時代に戻すのだ。ここに眠るアーサーの力を使って。それが生き残った俺の役目。恐らく最後の騎士である俺が、この手でやらねばならないことだ。そのためにこそ、聖杯グラールは俺に呪いをかけたのかもしれん」


黄金の竜ペンドラゴンを使って、クーデターを起こす気なの?」


「そうだ。あの時の、アーサーへの反乱の続きを、今からやる。俺は所詮そういう男なのだ」


 モルドレッドはそう言うが、ローズにはただ悪者ぶっているようにしか思えなかった。彼の中には、既にアーサーへの復讐心などない。今のこの国は、もうアーサーとは関係ないことも当然知っているはず。だから、根底にあるのは、人々への愛。力ある者としての義務感。


 しかしそれは、間違った方向を差してしまっているとしか思えなかった。一つ掛け違えただけで、愛は簡単に憎しみに変わる。ローズとモルドレッドのように、すれ違ってしまう。


 ローズはその眼に溢れんばかりの涙を浮かべながら、モルドレッドを見つめる。


「モルドレッド、あなたはきっと何百年も眠ってたのよね? だからその目で見ていない。だから何も知らない。でも私はずっと見てきた。どうして人が変化してきたのか、街が変化してきたのか」


 ゆっくりと、一歩一歩モルドレッドに向かって歩み寄りながら続ける。


「今の方が悪いとは一概には言えない。昔は昔で戦争だらけで、たくさん人が死んでいた。今は一部の地域を除いて、ほとんど起きてない。食料難にあえいでる地域もあるけど、大抵の国はそうじゃない。医療も進歩して、黒死病で村ごと焼かれることもなくなったのよ」


 瞬きと共に雫が頬を伝う。モルドレッドの持ち込んだ照明の光を反射して輝きながら。


「あの頃の方が良かった部分もあるし、確かに今は昔以上に特権階級が腐ってる。でもそれでも、真っ当な志を持つ人々は数多くいるし、良くしようと努力してるわ。私は何人もそういう人たちを見てきた。政治なんて、私たちが生まれる前から、良くなったり悪くなったりの繰り返し。この先ずっとおかしいままってことはない」


 モルドレッドの目の前に立つと、その精悍な顔に向かって両手を伸ばした。深い哀しみと愛を湛えた、氷青色アイスブルーの瞳同士で見つめ合う。


「力で破壊して無理やり解決しないでも、そのうち人は良い方向に変わっていく。それを待ちましょう、私と一緒に。あなたにも、いくらでも時間はあるのだから」


 抱きしめようとしたローズの両腕を、モルドレッドは乱暴に振り払った。そして叱り付けるような強い口調で言う。


「見えていないのはお前の方だ。確かに俺やお前には時間があるかもしれない。しかし、持たざる人々には、時間などない。世の中が変わる前に、彼らは死んでいく。いや、腐った特権階級の奴らに殺されていく。……アーサーが生きていたら、こんな世界は許さないだろう。きっと彼も立ち上がる。騎士として、人民のために」


(モルドレッド……あなたの時間は、あの時のまま止まってしまってるのね……)


 ローズが俯くと、その眼に湛えられていた大量の雫が、一気に地面へと零れ落ちた。そのままぽつぽつと染みを増やし続けていく。震える声が、喉から洩れる。


「あなたはいつも急ぎ過ぎるのね。あの時も同じ……。相手のことをもっとよく知って、互いに理解し合おうとせず、勝手に決めてしまう。今もそう」


「それはお互い様だ」


 モルドレッドが手を伸ばし、ローズの身体を乱暴に突き飛ばした。慌ててバランスを取り戻しながら、ローズは何歩も後退する。その目の前で、モルドレッドは自身の左胸上部に右手を突っ込んだ。服と一緒に身体をも突き破り、鮮血が溢れ出す。


「やはり戦うしかない運命のようだな、グウェンディズ。残念だが、死んでもらう。ここで勝って世界を変えようとも、お前に負けて死のうとも、俺にとってはどちらも本望だ」


 引き抜いたモルドレッドの右手には、鈍く光る剣の柄が握られていた。そのまま体内から引きずり出すようにして、強い魔力の輝きを放つ剣身が現れる。


「これ以上苦しませはしない。終わりにしよう」


 ローズに向かって不気味に紅く光る剣を突き付け、モルドレッドは告げた。


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