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聖杯を満たすは愛の色  作者: 月夜野桜
第四章 伝説の島
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第二話 アヴァロンの丘

 グラストンベリー・トーの丘の向こうが朱く染まっていた。既に夕陽は沈み、これから起きる惨事を予兆するかのように、空は血の色に支配されている。


 その残光が、丘の頂に立つ旧聖ミカエル教会の隣に、もう一つの構造物の影を浮かび上がらせていた。建設用重機と思われる機械の影もある。


「やっぱり、モルドレッドはあそこを掘るつもりのようね……」


 教会塔の周囲を覆ってはある。しかしその隣にも、不自然に覆われた場所がある。資材置き場などの名目になっているのだろうが、本来の目的は別であるのが明白と思えた。


「お姉様、あそこに入り口があるの? 地下に入れるの?」


 ローズの左手をしっかりと握りながら、フルールが不安そうな顔で問いかけてくる。


「あの場所が適当なのかどうかは、私にはわからない。かつての入り口は、湖の中にあったのよ。この辺りは昔、湖や湿地が広がってたの。ここは島のようになってた。だから伝説では、アヴァロン島と呼ばれてるの」


「もう、埋め立てられちゃったんだ?」


 フルールは周囲を見回しながら言った。南側にはいくつかのコテージやキャンプ場があるが、他の方向はほとんどが畑。そして少々の林。かつて島だったころの面影はない。


「そう。だから安心しきってた。この場所を密かに掘ることは不可能。グレードⅠの指定建築物だし、開けた土地にここだけ盛り上がっていて、とても目立つから。きちんとした目的と計画を用意して、国の許可を得ないとならない。そしてまず許可は下りないし、やれることになっても、必ず大きなニュースになる」


「だからモルドレッドは、こんなやり方で……」


「人手では除去が難しい瓦礫が発生するような損傷があれば、建設用の重機を上げることになる。……あれ見て。アタッチメントを取り換えることで、ショベルカーにも出来るものよ」


 ローズが指差す先には、瓦礫を掴んで移動したり出来る、ハサミの取り付けられた建機がある。


「あれを丘に上げても不自然ではない状況を、彼は作った。きっと長い年月をかけて。今回採った方法、もしかしたら、十八年の地震がヒントだったのかもしれないわね」


 アタッチメントが戻されているということは、既に掘り終わっているということだと、ローズは判断した。ガブリエルからの情報では、三日前から工事は始まっている。既に到達したのだろう、あの丘の中にある空間に。そして恐らく今この瞬間に、彼は中にいる。


「フルール、念のためもう一度訊くわ。本当にモルドレッドと戦うつもり?」


「何度も訊かないで。そのつもりがなかったら、ついてこないんだよ」


 ローズの瞳をまっすぐに見つめ返しながら、フルールは告げる。花緑青色エメラルドグリーンの瞳には、強い意思が宿っていた。


「そう簡単には死なない身体になってる。けれど、相手は円卓の騎士モルドレッド。アーサー王を殺した伝説の男。その後、更に力をつけてるはず。そんな化け物と本当にやりあう気?」


 はっきり言って、ローズは一人で乗り込みたい。本来なら置いていきたい。しかし、もう一度フルールの意思を確認しなくてはならない事態が、きっと訪れる。だから、連れて行かざるを得ない。


 フルールは一旦眼を伏せ、もう一度上げ直してから口を開いた。


「あたしの力で敵うとは思えない。でも相手が一人なわけない。そんなとこに、お姉様を一人じゃ行かせたくない。あたしだって、雑魚くらい倒してみせる。モルドレッド相手にだって、注意を引いて隙を作るくらいは出来るはず。この間はうまくやれた。今度もやる」


 決意は固いようだった。ローズは彼女を信じるしかない。


 ガブリエルは、フルールを置いていけとは言わなかった。ローズの求めに応じ、フルールの聖具セイクリッドの仕掛けの解除も行った。無謀すぎると思ったら、置いていくよう勧めたはず。


 シオン修道会との約束を、どこまで本気で守る気なのかはわからない。しかし、一時はローズに保護を頼んだくらいには大切にしている。ならば彼も、フルールの真の実力を認めているということ。


「お姉様、あたしがポンコツだから心配なんだよね? その時は、あたしの屍を乗り越えて進んで。自ら命を捨てたりはしない。けど、足手まといにはなりたくない。だから、遠慮なく見捨てて。元々お姉様に拾われた生命。お姉様が好きに使っていいよ」


 ローズの心配の理由を、フルールは勘違いしているようだった。


 聖具セイクリッドに仕掛けがしてあったことについては、フルールには内緒のままとなっている。ガブリエルが司祭として、天使として、聖具セイクリッドであるロザリオや戦闘服である制服に加護を与えるという名目で、仕掛けが解除された。


 ガブリエルは卒業妨害をしていたわけであり、彼に対する心象が悪くなる可能性が高い。また、そんなことをした理由も説明しなくてはならなくなる。仕掛けの件を話すか話さないかは、ガブリエルから一任されていたが、結局ローズは話さない方を選んだ。


 フルールの制服の両肩に手を置き、身を屈めて顔を覗き込みながらローズは言う。


「よく聞いて、フルール。魔力の乱れは心の乱れ。ミスするかもしれないという不安が引き起こしているもの。だから、自信を持ってやれば大丈夫。あなたは強い。きっとうまくやれるわ。それに、今日は私がついてるのよ」


「お姉様……」


 潤んだ瞳で見つめ返してくるフルール。ローズは母が娘に向けるような優しい笑顔を浮かべて、その撥ねた髪の毛の頭を撫でた。


「大丈夫、聖杯グラールは、私だけでなくあなたのことも守ってくれる。モルドレッドにだけ注意して。彼ならあなたを滅すくらいの力は持ってるだろうし、あなたを支配するほどの力だってあるかもしれない」


「また噛まれないように注意するよ。あんな気持ち悪いの、もうごめんだもん」


 そう言って、苦虫を噛み潰したような顔をするフルール。ローズはその頭をポンポンと叩いて、にっこりと笑った。


「渡さないわ、あなたのことは」


 それから二人でこっそりと丘を上がっていった。なるべく目立たないように、南側の樹々の中を進み、その先は道のない急斜面を一気に駆け上がった。既に大分暗くなってきており、人気もない。


 頂上部分に上がる前に、手前で止まって斜面に伏せた。そこから魔力の気配を探る。


 教会塔とは別に囲われた覆いの内側に、人の気配がある。正確には、吸血鬼ヴァンパイアの穢れた魔力。三人が中で見張りをしているようだった。


 吸血鬼ヴァンパイアがいるということは、モルドレッドの狙いがここであることは間違いない。もう中に入ったのかどうかは、ここからは判断出来ない。分厚い土を通して、地下の様子までは探れない。


 ローズはフルールに向かって三本の指を示した。次いで自分の頸を掻き斬るジェスチャー。フルールは無言で頷くと、聖具セイクリッドのロザリオをその手にしっかりと握った。


 フルールが先に立ち上がり、低い姿勢で覆いに囲まれた場所へと向かっていく。ローズも少しだけ距離を空けて、その後に続いた。


 中々に巧みな隠密行動で、フルールは気づかれることなく覆いのすぐ側まで近寄った。ローズの合図とともに、フルールのロザリオに魔力が流される。ラテン十字の長い側を柄とし、短い側から魔力の剣身が伸びていく。鍔もあるきちんとした剣の形となって、覆いを斬り裂いた。


 吸血鬼ヴァンパイアたちが気付いてこちらを向く前に、その鼻面に向かって多数の赤い薔薇が飛んでいく。視界を塞ぐようにして頭部を取り巻き、霊体を削った。


 蒼白い閃光が三度走る。吸血鬼ヴァンパイアたちの頸から血飛沫が立ち昇った。胴と別れ別れになった頭が三つ、地面に転がっていく。更に何度も剣閃が舞うと、吸血鬼ヴァンパイアたちの身体は塵となって崩れていった。


(いい動きするわね。卒業させないのが難しかったの、わかるわ)


 フルールの見事な剣捌きに、ローズは思わず感嘆の声を上げそうになった。既に一人前の祓魔師エクソシストとしてやっていける実力がある。フルールはローズに自慢げな笑顔を向けた後、振り返って奥にある穴を覗き込んだ。


 ローズも駆け寄り、隣に並んで下を見る。梯子が取り付けられていて、大分下の方には明かりが設置してあった。丘の内部にある洞窟の中まで、掘り進めてあるように見える。


「あたしが囮になる。退治はお姉様に任せた!」


 小さな声で、しかし力強くそう言うと、フルールは梯子も使わず、かなりの深さの穴に飛び込んだ。壁面を蹴って勢いを殺しつつ、一気に底へと下りていく。


 下に着くと、聖具セイクリッドを構えて、大声を出した。


「墓を荒らす吸血鬼ヴァンパイアども! このフルール様が相手しちゃうよー! ほらほら、かかっておいでー!」


 それからローズの方を見てにんまりとした後、梯子を少しだけ上った。


 その度胸に感服しつつ、ローズは両手を穴の底に向けた。左右の薔薇十字に強い魔力の光が宿る。フルールに釣られて、穴の下に吸血鬼ヴァンパイアが姿を現した。


「すべてを塵と化せ、白薔薇(ロサ=アルバ)赤薔薇(ロサ=ガリカ)!」


 紅白の薔薇が無数に渦巻き、花吹雪となって吸血鬼ヴァンパイアたちに襲い掛かる。ありったけの魔力を籠めて、大量の薔薇を見舞い続けた。魔力の気配を頼りに、穴の底で方向転換させ、見えない位置にいる敵をも攻撃していく。


 かなりの数が入り込んでいたようで、次々と塵と化していくが、敵わないとみたのか、逃げ出したのを感じる。


「お姉様、止めて!」


 指示に従い攻撃をやめると、フルールが再び飛び下りた。前後を振り返って様子を探る。それから上を向いて手招きをしてきた。


「今の内だよ!」


 ローズはスカートの裾を抑えつつ、一気に穴の底へと飛び下りた。減速もなしに着地したためか、フルールが目を丸くして、引き攣った笑いを浮かべる。


「あ、あたし、もしかして要らなかった?」


 余裕の笑みを浮かべて、ローズは言う。


「いいえ。おかげで下から覗かれずに済んだわ」


 納得がいかないのか、フルールは頬を膨らませる。ローズはその頭をポンポンと叩きながら付け足した。


「奇襲だからうまくいったのよ。あなたのお手柄」


 それでもフルールは半眼になって、ローズを見上げる。


「ほら、行きましょう。モルドレッドはもう、黄金の竜ペンドラゴンの一つがある広間に辿り着いたみたい。私の張った結界を破壊しようとする力を感じるわ」


 フルールの表情が疑問に変わり、いつものように首を傾げながら鸚鵡返しに訊ねてきた。


黄金の竜ペンドラゴン……?」


「アーサーの父、ユーサーが作らせた、一組の黄金の竜の像。ウェールズの赤い竜ズライグと、白い竜グイベルを封じ込めたもの。その力は、騎士の大軍に匹敵する。そして、二つが合わさると……」


 不安気に、か細い声でフルールが問う。


「どう……なるの?」


「神をも斬り裂く雷霆と化す。その力は、きっとこの国を亡ぼすわ」


 フルールの顔が、明らかな恐怖に染まる。ローズはその頭を強く撫でると、先に立って進んだ。


「急ぐわよ。ガブリエルが来るのを待ってはいられない。二人でやるしかない」


「雑魚退治は、あたしに任せて!」


 ローズを追い越して、フルールが洞窟の奥へと駆けていく。その小さな背中は、何故かとても頼もしく思えた。


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