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聖杯を満たすは愛の色  作者: 月夜野桜
第四章 伝説の島
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第一話 大地を揺らす憎悪

 ローズは振り返ってフルールの位置を確認した。大分遠くにいて、流石に声が聞き取られる恐れはない。実際、彼女の鼻歌も、あまりよく聞こえない。奥まった場所にブルーベリーの樹が何本かあるので、ジャムでも作ってはどうかと提案してみた結果。


「それで、どうして私を呼ばずに尋問してしまったのよ?」


 テーブルに肘をついて身を乗り出し、ガブリエルに向かって囁くような声で問い質す。その眼は半開きになって、睨み付けるようにしていた。


「どうしても何も、頼んでも拒否しただろう? 非人道的なことになるかもしれないから、フルールの教育上悪いなどと言って。昨夜、そんな感じで強行突破を断られたからね」


 図星ではあったので、ローズはそれ以上問い詰めることが出来なくなった。とはいえ、リモートで様子を見せるなどして、この家にいたまま、フルールに気付かれず参加する方法はあったと思う。


 訪問に先立って、フルールを自然に遠ざける用意をしておくようにとの連絡があった。なので、今言ったことは確かに本音なのだ、ガブリエルにとっても。彼は彼で、やはりフルールのことを大切にしている。


「あの子はね、なんだかとても特別な気がするの。穢れがなさすぎるというのか、善意の塊すぎるというのか。教義に対してストイックすぎるせいかもしれないわね。七つの大罪すべてを避けようとすれば、ああなるのかも」


 性的指向についての悩みのことを思い出して、ローズはそう感想を述べた。あの日肯定してあげたあとのフルールは、以前にも増して見違えた。元々、毎日が楽しくて仕方ない様子だったにもかかわらず、更に明るくなって、一層の頑張りを見せている。


 もっとも、物理的な距離まで急激に縮まりすぎて、戸惑いを感じている部分はある。しかし、それで幸せそうにしているフルールの様子は、見ていて悪い気はしない。


「随分と御執心だね。彼女に惚れたかい? その容姿で一切男っ気がないのが気になっていたんだが……君もそっちだったか」


 ガブリエルは得心した素振りで、何度も頷く。ローズは手を伸ばしてそれを制した。


「ちょっと待って、勘違いしないで。私はもう、そういうのには興味ない歳なだけからね? 私はノーマル。フルールは娘か孫みたいなもの」


 ローズの反応を見て、如何にも面白そうに微笑むガブリエル。


「本当にそうかね? 彼女に出逢って以降、なんだか可愛らしい洋服を選ぶようになったみたいだが……?」


「いいから、本題に入って」


 半眼で睨みつつ、ローズが強く言うと、真面目な顔に戻ってガブリエルが話し始める。


「あの前会長、モルドレッドから直接眷属にされたようだ。彼の息子を指定の部署の、指定の役職に就かせてくれれば、永遠の命を与えると提案されたそうだ」


 その説明を聞いて、ローズの眉がひそめられる。


「永遠の生命……如何にも興味は持ちそうだけれども、あとで実態を知り、騙されたと気付くわよね?」


 眷属にされた後、どれくらいで吸血衝動が出るのが普通かまでは、ローズも知らない。しかし、直後に出た人間を何度も見ている。どちらにしろ、騙し続けることは不可能と思える。


「事前に明かされたらしい。ただの不老不死ではなく、吸血鬼ヴァンパイアであることは、本人も了承済みだったそうだ。金も権力も、マフィアとの繋がりもあるから、エサには困らないと思ったとか」


 血を吸った相手は、必ずしも吸血鬼ヴァンパイア化するわけではない。魂を吸い取らなければ、眷属には堕ちない。直接噛みつかず、採血してから飲むという手もある。効果は落ちるが、生命エネルギーの補充と、血の渇きを癒すことだけを、安全に行えると聞く。


 何人か採血用奴隷を確保し、自宅に監禁出来れば、事件化させずに生き延び続けることは可能。モルドレッドは、その手法まで伝授したのだろう。


「モルドレッドの要求、それだけだったの? 息子の役職の指定だけ?」


「それだけだったそうだ。後は息子の方が進める計画になっていたのだろう」


 息子への信頼の証であると同時に、自身に繋がる手掛かりを残さないための方法と思えた。社内にいる吸血鬼ヴァンパイアは、モルドレッドの息子だけなのかもしれない。金や権力その他を使って、目的を教えず操ることが可能な人間は、いくらでもいそうな気がする。


「先に言わないってことは、モルドレッドに関する直接的な手掛かりは掴めなかったのね?」


 ガブリエルは残念そうに目を伏せながら頷いた。


「モルドレッドの本名はもちろん、今名乗っている名前や身分すら知らなかった」


「そんなので、どうしてあの前会長は信用したの?」


「知人の別の会社役員からモルドレッドを紹介されたそうだ。その人物も既に吸血鬼ヴァンパイア化していたという。信頼している人物から証拠を見せられたことで、信用したらしい。知人の指が目の前で再生すれば、当然のこととも言える」


(流石に老獪ね、モルドレッド。ならもう、その人物からの手掛かりも……)


 答えの予想は既についていたが、ローズは念のために問う。


「その人物については、調べてみたの?」


「いくらもしないうちに、行方不明になったようだ。捜索届が出ている。モルドレッドが処分したのだろう。単なる建築資材の製造業者で、彼にとって利用価値があるとは思えない。一応、その会社に他に吸血鬼ヴァンパイアがいないか、今日これから当たってはみるがね」


 やはり予想通り。そちらの線から直接的に追うのは難しいと思えた。


 しかし、ローズにはもう一つ、モルドレッドに繋がりそうな手掛かりがあった。


「ガブリエル、それは期待出来なそうだから後でいい。先に調べて欲しいことがあるの。――これを見て」


 昨夜戻りながら調べ、手に入れた写真の一つをガブリエルに示す。


「これは……どこだね?」


 ローズが見せたのは、塔のような形状の教会建築。壁面の一部が崩落して、地面に積み重なっている。無言で写真を切り替えると、ガブリエルにもどこなのか把握出来たようだった。


「グラストンベリー・トーの旧聖ミカエル教会か。この間の地震で破損し、修復工事を請け負ったという話を昨夜聞いた。これがどうかしたのか?」


「それ、裏を取ってもらえないかしら? これはネットのニュースサイトの画像。ここには請負業者までは載ってないのよ。私が調べられる範囲では、どこにもなかった」


「すぐにわかるだろう。ここはグレードⅠの指定建造物だ。文化省の方で把握しているはず」


 ガブリエルは即座に端末を操作して、連絡を取り始める。落ち着き払ったその様子を見て、ローズは違和感を覚えた。知らないのだ、彼は。そして気付いてもいない。


「ガブリエル、それも急がなくていい。この写真、もっとよく見て。何か気付くことない?」


 ローズはガブリエルに端末ごと渡した。不審気な目付きになって、ガブリエルが注視する。


 緑の丘の上に立つ教会塔の遠景。中に入り、下から見上げた屋根のない天井。そこから覗く空。それらを一つ一つ見ていっているが、見慣れた光景との違いしか、ガブリエルには見えないようだった。破損してしまっているという、表面的な事実だけしか。


「今残ってるそれが建てられたのは、十四世紀。既に六百年以上経過してるから、当然風化はしてる。でもね、今世紀に入ってからも、石積みの入れ替えも含めた保全工事をしてるのよ。それにしては、壊れすぎだと思わない?」


「この間の地震、十八年の地震よりは小さかった。しかし、震源の位置は今回の方が少し近い」


「とはいえ、おかしいと思わない、流石に?」


 ローズに端末を返しながら、ガブリエルは少し考える素振りを見せてから問う。


「この破損は、人為的なものだと言うのかね?」


「そう。地震のタイミングに合わせて、誰かが壊した」


 ガブリエルは軽く溜息を吐いてから、首を横に振りつつ答える。


「地震が起きることを予知でもしていない限り無理だ。モルドレッドには、予知能力まであるのかい?」


「絶対とは言い切れないけど、彼にはそういう魔術は使えないはず。いくばくかの魔術は身に付けてるでしょう。でも、予言となると次元が違う」


「しかし、地震を待って常時張り付いていたとは考えられない。破損しても不思議に思われない地震など、十年待っていても起こらない可能性の方が高い」


 あの日、ガブリエルは軍の調査に行っていた。その結果がどうだったのかは聞いていない。空振りに終わり何もわからなかったのだと、ローズは結論付けた。元々関係なさそうに言っていたのだ。だから何も報告してくれていない。


 しかし、その軍の動きが、実際には関係している。ローズはそう考えた。それならば、説明が出来る。


「地震そのものも人為的なものだった。そう考えられないかしら? 地下核実験とかで地震が観測されることは多い。あなたあの日、軍の方が騒がしいと言って調べに行ったわよね? その騒動、何だったの?」


 ガブリエルは眼を見開くと、次いで俯いて小さく溜息を吐き、それから十字を切った。


「神よ、愚かな子羊をお赦しください」


 それを見て、ローズの中で、仮説が確信に変わった。


「秘密の核実験の計画書でも盗まれた? それとも……」


「後者だろう。地震の何日か前から、妙な動きが起きていたそうだ。そしてあの次の日、突如として沈静化した。結局、僕には詳細は知らされなかった。こちらの守備範囲とは何の関係もないことだったとだけ、政府筋から告げられた」


 やはり予想通り。人工地震を起こすための準備自体は、モルドレッドの息子を使って出来る。穴を掘るのは得意な会社。あとは、そこに入れるものを調達するだけ。


「きっと核弾頭でも盗まれたのね。そんなの表沙汰には出来ない。あの地震のために使われて無くなったのであれば、沈静化したのもわかるわ」


「そういうことだろう。直接の犯人、あるいは犯人役として用意された人間は、既に闇に葬られた。そして黒幕であるモルドレッドの存在には、誰も気付いていないといったところか」


 モルドレッドのやりたいことは読めた。彼が次にどこに現れるのかも。


 ローズは立ち上がった。氷青色アイスブルーの瞳の奥に決意の炎を宿して、ガブリエルを見据える。


「私はすぐに動く。彼の目的は明らかよ」


聖杯グラールがあそこにあると? あの場所が、アヴァロンの丘なのだね?」


 ゆっくりと首を振り、ローズは前半だけ否定する。


「確かにあの場所が伝説にあるアヴァロン。でも、あそこに聖杯グラールはないわ。その代わり、アーサー王の遺品がまだ残っている」


 ガブリエルの眉がひそめられる。鋭く光る琥珀色アンバーの瞳をローズに向けて問う。


「エクスカリバーがあの下に?」


「今はそう呼ばれているものの力の源。かつて薔薇戦争において、ヘンリー七世を勝利に導いた力」


「ウェールズの赤い竜、か」


「白い竜もよ。リチャード一世が持ち出し、ヨーク家に伝わってたものを、私があの場所に戻した」


 その二つの言葉が指す意味を、そしてそれらの持つ力の強さを、ガブリエルも知っているのだろう。かつてないほど真剣な表情で、彼も立ち上がった。


 使い方次第では、国を転覆させることが可能。現代世界で一番怖いのは、核という少なくとも自国内では使えない大量破壊兵器ではない。重武装の特殊部隊をも一瞬で蹴散らせるほどの力を持ち、人間が扱えるサイズの兵器。人でも動物でも国でも、狙うべきは頭のみ。


「僕は急いで戻り、討伐隊を組織する。英国祓魔師教会アンダー・テンプルの総力を挙げてでも、阻止しなくてはならない」


「そうして。私は先に行く。マーリンの予言はまだ有効なのかもしれないわ。『五月一日に生まれた子供が、アーサーとその王国を滅ぼす』――今のこの国も王国よ」


 まるで彼の伝説に準えて、王へと出世するシステムのようにローズには思える。コーンウォール公、プリンス・オブ・ウェールズ、そしてイングランド王へ。アーサーが領土を広げた順になっている。この国は今でも、アーサーの王国なのかもしれない。


 悲愴な色に染まった瞳で、ローズは虚空を見つめた。その脳裏には、地平線の向こうにあるグラストンベリー・トーが映っていた。そしてそこにいるであろう、モルドレッドの姿も。


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