91波_吹き荒れる嵐
当たり前だけど、角井さんの正面には……百鬼夜行の進む先には、僕がいる。さっきまで決闘してたんだから、それはそうなんだけど。でも、僕1人なら、それこそ走って逃げちゃえばいい話だ。いくらたくさんの群れだって言っても、パペットの数の壁で時間を稼いで、その間に走ればいい。
でも。指示を受け付けない召喚獣は動くものや気配に反応して、そっちに近寄っていくとも聞いた。そしてすぐ近くには、育扉市で一番人がいる、門環町がある。
しかも、今はオーバーフロウが起こっている最中だ。もうとっくに夜になっているんだし、ほとんどの人は寝ていると思う。それに、周りの小さな町や村から避難してきた人達もいる。だってまだオーバーフロウは終わってないから。
「……っ!」
電話しても、たぶん間に合わない。いや、籠家さんなら間に合うかもしれないけど、そもそも連絡が付くかどうか分からない。門崎さんは、僕から連絡するより、決闘の様子を見てた人達がいなくなってるから、そっちの方が早い。
木透さんはそれ以上に忙しいだろうし、「シエルズメイド」の人達は門崎さんと同じ。じっさいどれくらい妨害があったのかとか、今どうしているのかとか、そういうのは分からない。
けど。今ここで、僕に出来る事は、まだある。
「――【サモン:プレーナイトドラゴン】!」
パペット100万体の時に比べればずっと小さいけど、普通の召喚獣にしては大きめの魔法陣が現れる。そこから出てくるのは、僕より少し大きいぐらいの大きさになったわたげだ。
角井さんはもちろん、門崎さんだって知らない、僕が初心者石で召喚した召喚獣。まだ進化してないけど、それでも既に十分に強い、風属性の宝石竜。暗い中でも、召喚の魔法陣の光で、その姿は綺麗な緑色に輝いていた。
全力を支え続けるのは無理がある。そして、魔力切れを起こしてバテるのだけは避けなきゃいけない。逃げる事も出来なくなるから。でも、御前試合で籠家さんが神様に訴えて、召喚獣の貸し借りは、どんな手段でも出来なくなった。
「わたげ! 相手は強い群れで、空に攻撃する方法もある相手だよ! 気を付けて、端から削って行って! 復活はしない筈だけど、大きいのは小さいのを召喚するから、いけそうならブレスも使っていいから! ただ僕はいつもと違って見えて無いから、指示は出せないんだ、ごめんね! お任せだよ!」
だったら、もう、大丈夫な筈だ。僕が、宝石竜を召喚できる事が知られても、その名前を人前で呼んでも。もちろん、気をつけなくちゃいけないのは変わらないだろうけど。それこそ今は、「緋薔薇の魔女」の弟子、っていう肩書も、増えたんだし。
召喚直後と変わらない可愛い声で返事をして、わたげはまず空へと飛びあがった。そしてぐるっと回ってから一気に加速をかけて……特殊スキル、百鬼夜行で召喚された、制御できない召喚獣の群れのすぐ上を、通り過ぎて行った。
うん。知ってる。わたげが良くやる攻撃方法だ。籠家さんは、ソニックブームもどきで吹っ飛ばすとか賢い奴だな、って言ってた。後で調べたら、音速を越えた時に起こる衝撃波みたいなものだった。……音速は越えてないと思うから、もどきなんだろうなぁ。
「後は……僕の魔力が、どれくらい持つか、かな」
わたげは風属性のドラゴンだから、風に関する行動には、多少攻撃判定が入るんじゃないか。もしくは吹っ飛ばすときに、攻撃判定のある風を纏った状態で突っ込んでるんじゃないか。って籠家さんは言ってたけど……うん。見えて無いけど、百鬼夜行で召喚された召喚獣の悲鳴がすごい事になってるなぁ。
とはいえ、わたげが戦うなら、僕も魔力切れになるかもしれない。だから今僕に出来るのは……魔力切れが分かるように、つまりあんまり疲れないように、少しずつでも、門環町の方に逃げる事だ。僕がやられるのが一番ダメだからね。自分の身は守らないと。