90波_深まる夜
周りは暗くなっているし、というか夜だし、薄い青色に光っていた決闘フィールドも消えたから、周囲は本当に何も見えない。真っ暗で。それは正面の、とはいえ十分な距離がある角井さんの姿に関しても同じだった。
僕はしばらくその場で待ってみたんだけど、特に何も起こらない。耳を澄ませても何が聞こえる訳でも無い。真っ暗い中に、僕1人だけでいるみたいだ。流石にちょっと怖くなってきた。
でもとりあえず、籠家さんか門崎さんに連絡をしよう。探索者ギルドの職員だから、木透さんが一番いいのかもしれないけど、実は僕、連絡先を知らないんだよね。かといって、他の人に連絡を取ると話がややこしくなりそうだし。
「――――っははははははははは!!!」
と思って、電話をかけようとしたんだけど。
「やってくれたな! 小僧!!」
十分な距離がある筈なのに、言葉としては笑っていても、声の調子は完全に怒っている角井さんの大きな声が聞こえた。電話は落とさなかったけど。
相変わらず周りは真っ暗で、門環町の方が明るいかな? って事ぐらいしか分からない。その、真っ暗な中から大人の男の人の怒鳴り声が響いてくるのは、正直大分怖い。
というか、やってくれたな、って言うけど、大体は角井さんの油断が悪いと思うのは、気のせいかなぁ……10分に1回、っていう召喚制限をつけたのは僕だけど、それに必ず同じ数だけを召喚する、っていう制限を付け足したのは角井さんなんだし……。
……そっか、なるほど。そこに気が付かないか、そこで相手のせいにするからここまで油断するんだ。そういう事かぁ。
「いいだろう! 退去はしてやる! 決闘結果は絶対だからな! 育扉からの退去はしてやろう!」
「いや、決闘結果なんだから当然だと思うんだけど、何でそんな上から目線……?」
「だが! ただ単に退去はせんぞ! 条件に強制退去と入れなかった己の迂闊を呪うんだな!」
「あ、強制的な退去って出来たんだ」
というか、自分からの決闘はこれが初めてな、一応ブラックの相手に何を言ってるんだろうね。もちろん、そんな事に気付かないから、好き放題言ってるんだろうけど。だから、僕相手に大人げなく全力でルールを付け足した決闘を吹っかけさせたんだろうし。
けど。単に退去はしない、って事は、何をするつもりなんだろう。確かに決闘が終わったら、普通に倒された召喚獣は再召喚可能になるし、まだオーバーフロウは収まっていないから、今この場所でも召喚は出来るだろうけど。
でも、流石に、決闘でもないのに召喚獣に人を襲わせたら、それこそ育扉市からの追放どころじゃない罰が、神様から下される筈なんだけど……と、距離的に僕の声は届いていないだろう角井さんの、大きな声だけを聞いていると。
「今こそ生涯一度きりのスキルも使い時だ! スキル発動――百鬼夜行!!」
え、と呟いている間に、大きな光が地面に広がった。ここまで僕も散々見てきた、たくさんの召喚獣を一度に召喚する時に出る、とても大きな魔法陣。
百鬼夜行。そのスキルは、知ってる。探索者ギルドで教えてもらった。確か、鬼とか妖怪とか、そういう召喚獣を多く召喚できる探索者が使える、角井さん自身が言った通り、一度使えば二度と使えない、ものすごく特殊なスキル。
ただ。一生を通して一回きり、という条件が付いてるだけあって、その効果は破格だ。まずスキルを使った探索者が召喚できる召喚獣が全部召喚される。その能力も倍以上に跳ね上がって、特殊能力……大鬼の小鬼召喚とか、そういうのも使い放題になる。
しかもそれだけじゃなくて、その探索者というか、召喚獣が倒して来た相手が、全部一緒に召喚される。同士討ちはしない。それを教えてもらった時に聞いたんだけど、百鬼夜行って言うのは元々、妖怪の大行進みたいなものなんだね。確かにぴったりだと思う。
でも。僕が探索者ギルドで百鬼夜行ってスキルを教えてもらったのは。そのスキルが「要注意スキル」の中でも特に危険だったからだ。
一回限りのスキルは、けど、普通に考えたら過剰戦力過ぎて使い辛い。しかもスキルの効果で召喚された召喚獣は、一切の指示を受け付けない。ひたすらに前進を続けるから、スキルを使った人は巻き込まれないけど。
そして何で危険か分かっているって事は、使われた事があるって事だ。その時は確か、初心者石で手っ取り早く召喚獣を増やした探索者が、強そうなスキルだと思って、決闘で使ったから、被害はほとんど出なかった、って聞いたんだけど。
「まだオーバーフロウは収まって無いのに……っ!?」
もちろん、今のこの、門環町に近い場所で使ったら。
もしかしなくても、その被害は。
オーバーフロウを起こしたダンジョンより、酷い事になる。