87波_物量
繰り返しになるけど、僕からじゃ角井さんの事は見えない。声は届くけど、相手の顔は見えないからね。何しろパペット100万体。これが入る大きさにまで決闘フィールドの中が広がったんだから、人間なんて見える訳がない。そもそも、パペットが壁みたいになってるし。
最後に大きく深呼吸をして、呼吸は整った。……まだ戦闘してる気配がないけど、角井さんは仕掛けてきてないのかな?
「強い相手との戦い方、勉強させてもらいますね、角井さん」
まぁ、それならそれでいいんだけど。何しろ僕は、勝ちに行ってるんだから。
召喚は10分に1回。回数の引継ぎは無し。だから10分で相手の召喚獣を倒し切れれば、召喚主に攻撃できるようになる。もっとも、僕はそれをするつもりはないけど。きっと角井さんは狙ってた。
流石に1対100万は酷いかなって思ったけど、まぁでも、籠家さんは、それはもうしつこいぐらいに言っていた。
たぶんそれは、僕がわたげっていう宝石竜を召喚できるからで、主にわたげの強さに頼りっきりになるな、って事だったんだろうけど。
「――パペット。防御度外視で、全力攻撃」
「応戦しろ、ハイオーガ! 先行して薙ぎ払え、絶対に取りつかせるな!」
油断大敵。格下であっても、起死回生の一手ぐらいはあるし、そもそも死力を尽くして向かってくる相手は間違いなく脅威だ、って。
そして、こうも言っていた。その起死回生の一手を用意しておくのは大事だし、死力を尽くして立ち向かえば活路が開ける事もある、って。
そして角井さんは間違いなく強い探索者だし、強い召喚獣をたくさん召喚できる。だったら、僕は、少なくとも全力を尽くすべきだよね。
「あの武器、丸太かな? それを振り回すにしてもある程度隙は出来るし、そもそも上から仕掛ければいけるかな?」
この決闘フィールド、模擬戦が元だから、お互いの声はちゃんと聞こえる。とはいえ、作戦の全部が丸聞こえだとそれはそれで意味がないから、小さい独り言なら届かない。そういう仕様になってるんだって。
それに、召喚獣には、離れていても召喚主の声が届く。だから小声でも、召喚獣に指示を出すのは問題ない。もっとも、戦場が見えないのは流石に困るんだけど……まぁ、仕方ないね。少なくとも今回のパペットは、対人戦で出す数じゃないだろうし。
それこそ、オーバーフロウを何とかする為に、広域探索で出してそのまま攻略させるぐらいの数だ。まぁそれはそれで、最初に召喚する場所を用意するのが大変だし、移動時間がかかるから、あんまり効率は良くないんだろうなぁ。
「丸太に取り付いて重くさせたら振れなくなるかな。武器を抑え込んだら殴りかかってきそうだけど、殴り合いなら数で勝てばいいだろうし」
何故なら、籠家さんがパペットを召喚せずに、ローズさんと一緒にあちこち移動してるから。籠家さんなら、100万体のパペットだって召喚できる。だって宝石竜が全力戦闘する魔力は、もっとずっと多いんだから。
しかも1段階は進化してる。その分だけ、必要な魔力が増えてるのは間違いない。その全力戦闘を、オーバーフロウが起こってからこっち、ほとんどずっと支えてるだけの魔力を籠家さんは持ってる。だったら、ただのパペットぐらいなら、いくら召喚しても負担にならない。
それをやらないのは、たぶん効率が悪いから。きっとそれだけ。まぁそうだよね。パペットが山ほどいても、ローズさんが全力で暴れたら、きっと数秒とかからず炭の山が出来るだけだろうし。
「防御力も高いんだろうし、回復力もあるんだろうけど、殴り合いでダメなら急所を狙えばいいだけだよね。パペットって不思議物質で出来てるみたいだから、飲み込んでも消化できずにお腹の中に溜まるみたいだし」
まぁでも、今僕が絶対にしなきゃいけないのは、時間稼ぎだから。10分で100万体ずつパペットを追加して行けば、それこそ問答無用で広範囲を薙ぎ払う攻撃が無い限りは、時間は稼げる。
そういう攻撃があったとしても、連発するのは厳しい筈だ。召喚獣じゃなくて、召喚主側の問題で。だって、僕だってまだわたげの全力ブレスは、連発させてあげられないんだから。