86波_勝算のある戦略
僕が賭けで要求するものを聞いた角井さんは、まぁ、その、爆笑していたけど。どうやら、神様的には問題ないって判断されたらしい。決闘フィールド、薄く青色に光る壁に包まれた範囲の端と端に、壁に泡がくっついたような形で、地面が光る場所が出来た。
最初からそれなりの大きさになっている決闘フィールドを、角井さんと離れる方向に移動して、その先にある光ってる部分に入る。今は光ってるだけだけど、召喚獣を召喚したら、決闘フィールドの端っこと同じ、薄く青色に光る壁で守られるんだろう。
大きく深呼吸して、門崎さんに作ってもらった杖を構える。作ってもらってから何度もダンジョンに挑んで、この杖がすごく持ちやすいのが良く分かった。後は、この杖を使った方が、たくさんパペットを召喚できる。……気がする。
「まずは小手調べだ。精々楽しませろ。――【サモン:ハイオーガ】!」
決闘フィールドの特性で、端と端に居ても角井さんの声が聞こえる。ハイオーガ、オーガの進化したやつだった筈。ぐんっと大きくなって、力も体力も上がっていて、ものすごくタフだってモンスター図鑑に書いてあった。
それでもきっと、角井さんの召喚獣の中だと弱い方だと思う。だって、取り巻き召喚もしてこないし、防具を身に着けている訳でも無いし、武器だって丸太みたいな、木で出来た武器だし。
うん。そうだね。ものすごくタフだったし、力が強かった。本当に。
「【サモン:パペット――】」
まぁでも、倒した事は何度かあるし。
籠家さんに迷惑をかけるのは嫌だし。そもそも僕だって痛いのは嫌だし。
少なくとも、僕自身は……僕は、この決闘。
勝つつもりなんだから。
「【――×1000000】」
ず、と、何かが揺れたような気がした。その目の前の地面に、見たことが無い大きさの魔法陣が現れる。僕自身はとても重い物を持った時みたいにしんどいけど、直前で大きく息を吸っていたし、これは魔力を使う感覚だから、気持ちで踏ん張れば大丈夫だ。
びっしり、視界一面がパペットで埋まって、魔法陣が消える。そこでようやく呼吸が出来たから、ぜーはーと大きく呼吸した。あー、しんどい。魔力は目に見えない筋肉って言うけど、本当にそうかも。しんどい。
それでも、しばらく深呼吸を続けていたら、少しずつ楽にはなって来たし。まだ呼吸は整わないけど、それでもたぶん、本当にもう少ししたら、いつも通りに戻ると思う。流石にこの数を一度に召喚したのは初めてだけど。
「……勝負を投げたのか?」
なんて思いながら深呼吸を繰り返していたら、角井さんの声が届いた。うん? 勝負を、投げた? 何でだろう。
……あぁ、そうか。そうだね。角井さんは知らないんだ。僕が籠家さんの弟子だって事しか。門崎さんも驚いた、僕の魔力量については、知らないんだ。
だからきっと、自滅行為に見えたんじゃないかな。僕からじゃ、角井さんがどんな顔をしているかは分からないんだけど。たぶん。
「何の事、ですか?」
決闘フィールドは、模擬戦が始まり。だから、中にいる人の声は、相手に届く。だから返事をした。
……返事が来ないな。もしかして。
「今ので、気絶したと思いました? もしくは、道具の使用が禁止されていないから、何か一時的に魔力を増やすアイテムでも使った、って思いました?」
「当たり前だ。人間が召喚できる数じゃない。興ざめだな」
「……ふ、ふふ、あはは」
思わず笑っちゃった。ついでに、呼吸も整った。いつも通りに。
流石に魔力も完全回復、とは、いかないけど。
「何がおかしい」
「いえ……だって、僕はブラックなのに、そんなすごいアイテムを持ってるって思うんだなぁって」
「何?」
「師匠はそんな、危ないお薬みたいなもの、使わせません。そもそも、アイテムは基本的に売却してます。だってパペットだったら、再召喚した方が早いですし、装備は使い捨てになりますし」
そう。僕は特別なものは何も使ってない。いや、門崎さんに作ってもらった杖は僕専用のものだけど、自分専用の装備ぐらいなら、誰だって持ってるものだろうし。角井さんだって持ってるだろう。
「流石にこの数を一度に召喚したのは初めてですけど」
だから僕がやったのは、普通の事だ。
普通に召喚獣を、自分の魔力で召喚した。それだけ。探索者なら誰でもできる事。
「流石に、レベル7を超えるダンジョンをパペットだけで攻略しようとしたら、この5倍は召喚しなきゃいけないですもん。もちろん召喚準備室に入り切らないから、順番にではありますけど」
ただ僕の場合は、その魔力の量が、とーっても多い、ってだけで。
なおかつ、魔力が多い分だけ、回復も早くって。
「――10分も休憩が貰えるなら、いつまでだって、何度だって、召喚出来ますよ」
パペット100万体。
それに必要な魔力ぐらいなら、5分ぐらいで回復するってだけだ。