76波_動乱の始まり
「鈴木君! 急ぐわよ!」
「あっ、そうだ、ギルド、はい! 私も急いでギルド本部に向かいます!」
オーバーフロウの条件付き解放。その条件を読み上げる神様の声の合間に、籠家さんは指示を出してくれていた。シエルさんのお店を避難所にする事と、探索者ギルドに防衛戦が出来るようにする事。
残念ながら神様の言葉が終わった時点で映像は終わってしまったけど、避難所と防衛戦、この2つの言葉は大勢の人に伝わっただろう。事前の取り決めとか、自動音声とか、気になる部分は色々あったけど……今は、それどころじゃない。
慌てて返事をして、壁の画面に繋いでた、動画を映し出す為の線を回収する。スマホをポケットに入れて、僕らは3人で部屋を飛び出した。
「というか、神様はさらっと言ってましたけど、レベル10以上のダンジョンって、あるんですか?」
「理論上はあるんでしょうね、理論上は。それより、レベル5以上のダンジョンを3ヵ月放置の方がまずいし、クリアストーンを3個以上内部に放置して誰もいなくなるっていうのが最悪よ!」
「ひえ、お2人、とも、よく、走りながら、喋れ、ますね……!」
貴賓席から出てそのまま外まで移動する。何か視界の端っこで、空を飛んでいく赤い何かが見えた気がするけど、あれもしかして籠家さんかな? 確かオーバーフロウが起こってる時は、育扉市のどこでも召喚獣を召喚できるようになってた筈だし。でないと戦えないから。
もう町の中はすごい事になってたけど、それでもパニックで右往左往するだけとか、暴れ出す人はいないみたいだった。……まぁ、そっか。そうだね。オーバーフロウが起こらなくなったって言っても、まだ3年ぐらいだし。
流石に、オーバーフロウが起こった時にどうすればいいかを忘れている人はいなかったみたいだ。迷わず動けるって程では無くても、確かこれをこうするんだった筈、ぐらいは覚えてる。
「ではっ、私はここで!」
「気を付けなさい。これから忙しいわよ」
「お、お気をつけて!」
探索者ギルドへの分かれ道で木透さんと別れて、シエルさんのお店、「シエルズメイド」に辿り着いた、ん、だけど。
……気のせいかな? 気のせいじゃないな。少なくとも僕は、屋根の上に並んでるおっきい弓みたいな……バリスタだっけ? あれは見た事ない。入口も、こう、バリケードって言うんだっけ。それもすごくしっかりしたやつが、地面から生えてるように見えるんだけど。
これ、避難所って言うより、その、砦とかそう言った方が良いんじゃ……って思ったけど、そのバリケードをすり抜ける形で、大荷物を持った人達が移動して来てるから、避難所にはなってるみたいだ。
「さあ、数年ぶりのオーバーフロウよ! 普段のダンジョン探索とは勝手が違うわ! 決して味方の位置を見失わず、一般人を巻き込まず、そしてドロップアイテムは諦める事を徹底するのよ! いいわね!?」
「ドロップアイテムは諦めるんすか店長!?」
「当たり前でしょう!? 繰り返すけどダンジョン探索とは勝手が違うの! 大部屋モンスターハウスで全てのドロップアイテムを漏れなく回収できる事が余裕で出来るなら頑張りなさい!」
うわ。それは流石に僕でも無理。……いやまぁ、僕だけだったらパペットかわたげだから、わたげがさくっと一掃するか、パペットで1体ずつ後ろに運んで叩いてってすれば、全部回収は出来なくもないけど。
でも、たぶんそういう事じゃない。僕は結局、オーバーフロウ、ダンジョンからモンスターが出てくるっていうのを、直接見た事は無い。それでも……オーバーフロウが起こった地域がどうなったか。それは、知ってる。
「鈴木君は好きに行動していいわ」
「え?」
「当たり前でしょ? 確かに基本のパペットしか召喚出来ないのかもしれないけど、その魔力なら1万体ぐらいなら余裕でしょうし。その数を壁として使うなら火力の高い探索者と一緒に行けばいいし、避難誘導に使うなら他の町に移動する探索者について行けばいいわ」
「……わ、分かりました!」
だから。
僕にも出来る事はあるみたいだから、出来るだけの事は、しようと思うんだ。