3波_新人への基礎説明
結局そのまま逃げる事は出来ず、少年……壁丘鈴木君の話を聞くことになった。名前の方が鈴木なのは珍しいが、壁丘という苗字であるならよくある事だ。
というのも。ダンジョンというのは様々な利権が絡んで、とても稼げる。そして探索自体に危険が無いとは言っても、召喚者自身が内部に突入したりすると、やっぱり命の危険がある訳だ。
その辺を美味しいと感じた大人達、あるいは「事故」に遭った人間の子供を預かり育てる場所がある。それが……。
「壁丘養護院ですか! 私の後輩つまり義弟ですね!」
「えっ、そうなんですか……!?」
「その通り! お姉ちゃんにお任せあれです!」
という事だ。しかし、木透さんも養護院出身だったのか。まぁ、この辺りでは珍しい事ではない。養護院を経由してこそいないけど、私も事情があるって意味では似たようなものだし。
がっしり、と片手で私の腕をつかんだまま、もう片方の手だけで器用に手早く何枚もの書類や資料を取り出して並べていく木透さん。素直に両手を使えばいいのに。そして私の腕を放してほしい。本当に。
「さて! 探索者ギルドの基礎講習のご依頼という事で、始めていきましょう!」
「帰っていい?」
「籠家さんの出番はこの後に確定してるのでだめでーす。それではまず、周辺の地理から!」
この辺り、ダンジョンが発生する地域は、ダンジョンを実装した神様が「新しく作った」土地だ。地球の直径や重力は変わっていないのに、明らかに今までなかった土地が増えていた。そしてその形は、丸みを帯びた半島だ。
命名も神様であるこの地域の名前は育扉。同じ名前の市という扱いになるこの地域は、中央に近づくほどダンジョンの発生率と難易度が上がっていく不思議な土地となっている。
ダンジョンの難易度が高いという事はリターンが大きいという事。つまり稼げる。一方元の陸地と接している場所は、人の出入りが活発だからやはり稼げる。逆に言えば、それ以外は不人気で人が少ない。この辺、端沼というのも、端の方にあるからこういう地名になっている。
「なので、基本的には端の方の地域ほど難易度が低くて平和って事ですね! 端から始めて中央を目指すのが探索者としての分かりやすい出世コースとなります!」
「逆に端の方でくすぶってるのは芽が出なかった探索者って事だから、私はもう帰っていいね?」
「たまに実力があるのに権力やしがらみを嫌って端の方に隠遁する方もいるので、一部例外は居るんですけど!」
くっそ、期待が重くて腕の力が強い。止めてほしい。壁丘、だと同性の人間が多いから、鈴木、こっちも多いな。まぁでも名前の方がいくらかマシか。鈴木君も困ってるじゃないか。
「ブラックのパペット使いのどこが実力者だ……!」
「試験を受けていないだけなのが分かり切ってる上に今日持ち込んだクリアストーンだって5級のものだったじゃないですかあれ……!」
「えっ」
「ちっ」
「なお探索者の色々な分類とダンジョンの等級分けについてはこちらの表をどうぞ!」
「あっはい」
そろそろ本気で逃げようとしてみるが、本当に腕の力が強い。何故だ。
探索者の分類としては、ランクとメイン召喚獣の組み合わせだ。探索初心者がホワイト(白)、そこから初探索の功績次第で飛び級を含み、カラーズと呼ばれるランクに入る。下はブラック(黒)から、上はレッド(赤)まで、黒を除けば虹の色で8段階。
ダンジョンの等級分けは、数字が大きい方が難易度が高い。今確認されている最高難易度は10級、初心者でも安全なのは2級まで。高難易度と呼ばれるのは7級以上だ。大体、攻略に必要な時間は等級の3倍から5倍と言われている。
「そもそも、攻略時間だって1時間とかかってないでしょう! それは完全にカラーズを越えてメタリックの人達の実力なんですよ!」
「えっ」
「あいにく嫌な予感がして早起きだったから攻略タイムは3時間ぐらいだ……!」
「嘘ですね。籠家さんがお寝坊さんなのはよく知っていますので! そんな時間に起きれる訳がありません!」
バレてる。そうか、あれそんなに難易度高かったのか。もうちょっと加減するんだった。そして二度寝してから持ち込むんだった。
なお、レッド(赤)の上がブロンズ(銅)であり、そこからは色ではなく金属の名前で呼ばれる。通称メタリックと呼ばれて一流の仲間入りだ。大体の探索者が目指す、成功例というやつに入る。
もっともそこまでくると1人ではなく集団になっているし、集団になるとノルマや役割分担が発生する。しかもその上特定の素材を納品してくれとかいう面倒な依頼も断れなくなるとか聞いているから、絶対にそんな立場にはなりたくない。
「というか、本当だったとしてもあのサイズのクリアストーンが出る難易度を半日足らずは十分実力者なんですよ! さぁいい加減自分の実力を認めて、高難易度ダンジョンの攻略をですね……!」
「い、や、だ、と、言ってる……!」
「……えっ、あの、パペットって、あのパペットですよね……?」
「そう! 初心者御用達、命令が無ければ何もしないし命令しても実行までには遅延が出る、コストが低い一点しか褒めるところのないパペットです!」
「流石に悪し様に言い過ぎじゃないかそれは」
「ではパペットで出世して見返してください!」
「それとこれとは別の問題だ」
否定はしないが物は使いようという言葉もあってだな。
というか、そろそろ掴む力が強くて、掴まれてる場所から先の感覚が無くなって来てるんだが、放してくれないものか。放せ。放せってば……!