29波_決闘終了と悪あがき
そこからしばらくして、流石に体が冷えて動かなくなってきたのか、それとも流石にここからはどう頑張っても勝てない事を認めたのか、棟方さんも降参した。まぁ、無理だよね。やっぱり籠家さん、ブラックのままっていうのは止めた方がいいと思う。わたげを隠してる僕が言えた事ではないんだろうけど。
「まぁ頑張って支払えよ。ギルドに決闘記録は残ってるし、私は木透さんに言っておくからな」
「そこまで念入りに逃げ道潰さんでもちゃんとするわっ!?」
……。なんで木透さんに伝えておくことが逃げ道を潰す事になるのかは分からないけど、これでちょっとは反省してくれればいいと思う。無理かもしれないけど。だって、誰も「悪い事をした」って思ってる顔をしてないから。
あ、そっか。木透さんは籠家さんの事が大好きで、お仕事の出来る人だからかな。最初に初心者向けの説明をしてもらってからも、何度もクリアストーンを納品しに行ってるし、難易度の低いダンジョンの場所を聞きに行ったりもしてるけど、いつもすぐに手続きが終わるし。
もう帰れるかな、と思って周りを見たら、見学してた人達も動き出していた。その内、空と周りを区切っていた、薄い青色の光が消える。うん。これは帰れるみたいだ。
「――ブルー棟方は! ブラック壁丘に決闘を申し込むっっ!!」
そんな風に、ほっとしていたのに。
わいわいがやがや、そんな緩い空気を引き裂くみたいに、そんな声が響いた。とても大きな声だったから、たぶんその場にいた全員に聞こえたんだと思う。
え? ブラック壁丘……って、僕? なんで?
「反応しなくていい。――おい貫山。どういう事だ」
「待て待て俺じゃない。棟方? 俺は教えたよな、決闘は基本的に、ランクが上の相手にしか挑めねぇって。籠家が例外なんだ」
思わず振り返って、ものすごく怒ってる顔でこっちを睨んでる棟方さんと目が合っちゃったけど、籠家さんが間に入ってくれた。その後の会話がこれだから、貫山さんもすぐ動いてくれたみたいだ。
それにしても、決闘って、ランクが上の人にしか挑めないんだ? 籠家さんはブラックだけど……まぁ、実力がブラックじゃないのは、皆知ってる事、なのかな。
「そうなんですか?」
「正しくは、ランクが下の探索者に決定権がある形だな。ランクが上の探索者から決闘を挑まれても、本人が受けなきゃ成立しない。逆に、ランクが下の探索者が決闘を挑んだら、絶対に受けなきゃいけない」
「え。弱い方が、決められるんですか?」
「ほら、元が模擬戦だから。弱い奴が強い奴に挑むのは推奨される。けど強い奴が弱い奴に決闘を挑むと、弱い者いじめになりかねないだろ」
「あ、あー……」
籠家さんに聞いてみたら、そんな風に説明してくれた。あー、うん。それは。確かに。
僕も、わたげは呼べないから、パペットだけで戦うと……かなり厳しいかなぁ。初めて3級をクリア出来たところだし、クリアできたのはわたげのお陰だし。
気が付いたら籠家さんが荷車を方向転換してたから、そのまま外側へと歩いていく。ん、だけど。
「お前は何もしてねぇだろ! 逃げんな! 師匠の背中に隠れて恥ずかしくねぇのか! おいこら、逃げんじゃねぇ!!」
「いい加減にしろ棟方! 籠家と違って正真正銘のブラックに八つ当たりすんな!」
「あのブラック詐欺の弟子が普通のブラックな訳ねぇじゃんか! 逃げんな! 戦え!!」
うーん、帰り辛い……。普通のブラックじゃないっていうのが本当なだけに……。
「……。なんというか、ちょっと危なかったかもしれないな」
「え?」
「私が師匠にならなかったら、所属先として紹介してたのは『セーブライン』だ。あれと同期になってたぞ」
「えっ」
それは。
……いや、言われてみれば、そうなんだけど。
「俺が負ける訳ねぇんだ! 2級ダンジョンに挑んでスキルを手に入れて! 最初から進化済みの召喚獣を呼んで! 俺は選ばれた人間なんだ! 負ける訳が無いんだ! 戦え! 逃げんなぁああああ!!」
「うーん……その……すごく、迷惑です」
「だろうな」
そんな叫びを背中に受けながらその場を立ち去るのは、すごく後味が悪かったけど……。
籠家さんが師匠で良かった、っていうのは、いつも思ってる。でも今回は、もっと強くそう思った。
人の話を一切聞かない人って、やっぱりどうしても、どこかには絶対いるんだなぁ。