自覚なき責任
「ねぇ!カメリアちゃん」
「ぇ……何?」
帰り道彼女に呼びかけられた。
私の方へ近寄ってくる軽快なステップ。
その音に振り返ると彼女はもう私の横にいた。
「明日の放課後遊ばない?空いてる?」
肩が触れ合いそうな距離で友達が笑う。
友達なはずなのに、なぜだか胸が少し高鳴った。
「明日?いいけど……ハイドランシアにも聞かなきゃ……」
「ちーがーうー」
違う?何が?
いつもみたいにチームリリィで遊ぶんじゃないの?
訝しそうに見返すと、彼女の頬がほんのり赤く染まった。
「私とカメリアちゃんとでだよ。2人っきりで!」
「え゛!?」
2人っきりで!?
今までにない提案に驚く。
彼女と2人っきりなったことなんて今までなかった。
初対面の時だってパプラが隣にいたわけで、思返せば私が彼女といる時はいつだって隣に誰かがいた。
真正面から彼女と向き合ったことは…………ない。
「な、なんで?」
彼女の意図が読めなくて理由を聞く。
「何でだと思う?」
にこやかに聞き返されてしまった。
質問に質問で返すの、やめてよね。
理由なんて、考えても一つしか思い当たらない。
魔法少女のチームの一員としてではなく、私という人間個人ともっと仲良くしたいということでしょうか?
だけどその答えを発することはできない。
だって、あまりにも自惚れすぎてない?
「わ、w、わ、わかん、ない……なぁ」
「動揺しすぎ」
クスクスと笑われて顔が赤くなる。
「カメリアちゃんともっと仲良くなりたいって思ったの。だめ?」
「ううん、全然オッケー」
食い気味に首を縦を振る。
可愛い女の子にこんなこと言われて頷かない男がいるだろうか?いやいない(反語)
まぁ今自分は女だけど、それは考えないこととする。
それに友達としても、仲をもっと深めるのは大歓迎だしね。
「じゃぁ、明日の放課後ね〜」
手を振る彼女に手を振りかえす。
あっという間に予定を取り付けられてしまった。
毎回思うけど彼女はフットワークが軽すぎると思う。
飄々と舵をきって物事を決めるから、何にでもまごつく私にとってはよい導き手だ。
私が星付きになって立場が上になっても、リーダーを変更しなかったのには結局そういった側面が強い。
何かを決断する時、私では迷ってしまう。
彼女は良き先輩であり、仲間であり、友達だった。
…………もっと仲良くなりたいなんて、何だか贅沢な気もしてしまう。
許されるのだろうか、そんなことが。
夢じゃない?
頬をつねった。
痛かった、現実だった。
……………………………
…………………
……
「おい、大丈夫か?」
「………………?何が」
「何がって、お前虚な目してるぞ」
アイリスが訝しげな目で私を覗き込む。
少し……現実逃避をしていたみたいだ。
日常が壊れてしまう前のあの幸せな一時を思い出していた。
「大丈夫だよ」
「見え見えな嘘つくなよなぁ……」
腕を組むアイリス、彼女の後ろに小さな転送門が見える。
星を貰った時に一度使ったことがある。
一角獣の部屋まで繋がる門だ。
私は一角獣に呼ばれ、ここまで来た。
「あんまり1人で抱え込むなよな、待ってやるからアレの話が終わったら私のとこまで来い」
「…………えっと?」
アイリスが横にずれて門への道を譲る。
あれ、呼ばれたのは私だけなんだ?
てっきり星付きの魔法少女に招集でもかかったのかと思った。
じゃぁ、なぜアイリスは私を迎えにきたんだろう…………?
「弱音ぐらいは聞いてやるって言ってんだが、通じてっか?」
「何……私を慰めるためだけにわざわざ付き添ってくれたの?」
「そうだが」
平然とそう答えるアイリス。
まったく、この人は……私はあなたの教え子でもないんだよ?
普段は乱暴で粗暴なくせに、人の痛みを知っている。
だからこそ慕われ、教えを乞う魔法少女が多いのだろうな。
「ありがとう」
「まぁ、嫌なこと言われるだろうが気にすんな」
背中を強く叩かれる。
優しく叩いてくれないあたり、やはり繊細さは皆無だ。
だけど、温かい手だった。
その温もりに導かれ、一歩を踏み出す。
光が、私を包み込んだ。
……………………
転移した場所は真っ白な空間だった。
以前も訪れたことのある真っ白な部屋。
円形のその部屋を、囲むように彫られた十二体の獣の壁画。
円卓の反対側で白き一角獣が私を待っていた。
「やぁ、会いたかったよカメリア」
歌うような声音。
思考の読めない深い緑の瞳が私へと向けられる。
なぜ、私をここに呼んだのだろうか?
私に……何の用なのだろうか。
白き一角獣がと目があう。
「白百合が散ってしまったみたいだね」
白百合?
リリィのことだろうか。
魔法少女ホワイトリリィが負傷してしまったことを指しているのならば、ずいぶん詩的な物言いだった。
「だけど気にすることはないさ、元々椿とは合わない花だったんだ」
「ぁ、あの…………」
「実力も格も、君に見合ってない半端な花だったし……ちょうどいいね」
「は?」
何?私に……喧嘩売ってる?
言っていることが受け入れ難かった。
今、私のチームメイトのことを馬鹿にしたよね。
「いいタイミングだし、紫陽花の方も別の花束へ移そう。弱っちいし」
「何言ってんだあんた?」
刀に手をかける。
魔法少女という存在を生み出す精霊の大元だとしても、聞き逃すことはできなかった。
リリィとハイドランシアが何だって?
「君に新しいチームを見繕ってあげるって言ってるんだ」
「…………」
あまりにも悪びれのない態度に私は口を噤む。
私に新しいチーム……?
そんなものは必要ない。
私のチームはチームリリィだけだ。
リリィが欠けたって、それは変わらない。
「新しいチームは必要ありません。リリィは必ず戻ってきます」
彼女の復帰を待つ、どこの誰かも知らない新しいチームなんてごめんだ。
リリィは絶対目を覚ます、チームメイトの私がそれを信じなくてどうする。
かつてチームリリィがコットンキャンディの離脱により一旦活動を休止していた時と同じだ。
少しの間……彼女が戻ってくるまでお休みをもらうだけ。
「それって、いつ?」
え?
「彼女が戦線復帰できるのって何日後?何週間後?それとも何年後?」
「それ……は…………」
私は医者じゃない。
その問いの答えなんて持ち合わせていなかった。
ただ友達の回復を願うだけの半端者だから。
彼女の目覚めだって、信じること以外何もできない。
「君は星付きなんだよブラッディカメリア」
緑の瞳が私を咎めるように細められる。
「一体何人、君は救っただろうか?」
その瞳は私を離さない。
「何十人?何百人?それとも何千人?」
先程と同じリズムで問いかけられる。
私が知りようもない問いを。
魔法少女ブラッディカメリアはどれだけの人間を救った?
「数えようもないよ」
その瞳が語りかける。
自覚しろと。
いつの間にか背負っていた責任を気づかせるように。
「君は第13封印都市奪還の功労者だ。知っているかい、星付きになって君のファンはだいぶ増えたみたいだけど……その大半は第13封印都市によって何かを失った人なんだよ。君は自分をアイドル視する人間なんかに興味はないだろうけどさぁ」
「…………私……は」
「君は希望なんだよ」
深域を単独で奪還可能。
人間から領土を奪いとる深災という災害に対する人類の対抗札。
人々の希望。
そんな存在に自分がなっていたと、そんな自覚なんてなかった。
私は星の授与を拒否したんだ、責任なんて負いたくなくて。
だけど、その拒否は認められなかった。
今分かった、なぜ一角獣が私を無理やり星付きにしたのかを。
私の意思なんて関係ない、私のやったことが、救ったものが、私を星付きたらしめていると。
その背に乗っていた責任を私が自覚していなかっただけだと。
「そこらの魔法少女とは格が違うのさ。君のその刀の一振りで……どれだけの人が救われる?救える?」
「………………」
「その問いの答えを知っているならば、白百合の復帰を待つなんていう悠長な発言は出てこないはずだけどなぁ」
ぐぅの音も出ない正論だった。
チームメイトが負傷した。
だけど私は負傷した訳じゃない、戦える、救える。
願いも……大切なものを傷つけられたせいで却って強くなっている。
「戦え、ブラッディカメリア」
戦え、お前にはその責任がある。
そう……言われてしまった。
首から下げた魔法少女のデバイスが震える。
「今、候補者のリストを送っておいたから」
「待って、候補者って……向こうは私のことを了承しているの?」
望まれもしないのにチームに加入するなんて嫌だぞ。
ただでさえ人見知りなんだからそういう気まずい空気じゃ気まずくて死んじゃうよ。
「星付きだよ。みんな欲しがる戦力だ。断る訳ないじゃん」
「むむ……」
確かに星付きの加入ともなればチームの戦力の大幅な増強になるんだろうけど……
あまりにも個々の感情を置いてきぼりにしすぎている。
彼の言うことはどれも正論だ。
リリィやハイドランシアが弱いというのも……納得は出来ないけど、星付きクラスかといえば確かにそうではない。
正しい、正しいけど…………それに振り回される魔法少女への配慮なんてなかった。
「ハイドランシアは……?」
私が別のチームに加入すると言うのなら彼女はどうなる。
ハイドランシアだけひとりぼっちで孤立するなんて私は許さない。
「彼女にはアコナイトのチームへ移籍してもらうよ」
うっ…………。
アコナイト、彼女の名前が飛び出してくるとは思っていなかった私は固まる。
ハイドランシアの憧れる魔法少女。
そしてアコナイト自身も第13封印都市での戦いをへてハイドランシアの憧れを認めた。
共魔によって分からなくなったアコナイトの願いをハイドランシアが思い出させたからだ。
今では2人は定期的に会って親睦を深めている。
お互いの願いのために。
私を虐めていた歪んだ少女はもういない。
いまはただ贖罪のために戦う魔法少女。
憧れと肩を並べて戦う、それはハイドランシアにとって願ってもない提案なはずだ。
それに、アコナイトのチームには同じ水使いのバイオレットクレスがいる。
彼女からも学ぶことは多いはずだ。
「どう?文句ないでしょ」
確かに文句の付けづらい提案だ。
彼女がその提案を素直に喜べない状況だという点に目を瞑れば。
「じゃぁ分かったら行って、僕の用はそれだけだから」
反論は許さないと言わんばかりだった。
実際彼は魔法少女という存在の創造主であるわけで、こうまで言われれば反論は難しい。
だけどムカつくので睨みつけてやる。
「なぁに?」
ニッコリと笑い返された。
その爽やかな笑顔がムカつく。
人1人の運命を掻き回したって、なんの罪悪感もないとその顔が語っていた。
正しいから、世界はそう動くのだと。
これが魔法少女を生み出した存在。
きっとパプラが優しいから私は勘違いしてしまったんだろうな。
「結局……いくら見た目を人間に近づけたって、お前は人間じゃないんだな」
「そうだよ。知らなかったの?」
あぁ、そうかよ。
……………………………
…………………
……
門を出るとアイリスが宣言通り待ってくれていた。
その姿を見て、少しだけホッとする。
「酷かっただろ、アレ」
まるで何を言われたのか分かっているかのような慰めだ。
実際、分かっているのかもしれない。
アイリスも星付きの魔法少女なんだから。
「新しいチームを結成しろって」
デバイスに表示された魔法少女達の名前の羅列、それをアイリスに見せる。
私の新しいチームメイト候補だ。
その文字列からは、何の温かみも感じられなかった。
「だろうな、そんなとこだと思った」
乱暴に頭を撫でられる。
髪がぐちゃぐちゃになったけど私はされるがままに頭を撫でさせる。
その乱暴な温もりの方が遥かに人間らしかったから。
「私の時も同じだったよ、チームメイトを失うたびまるで変わりは沢山いるってな感じでよ」
「アイリス……さんも仲間を失ったの?」
「あぁ、そんな経験ばっかりだ。私は歴が長いからな……引退した魔法少女は大勢見てきた」
「そう……なんだ」
レッドアイリスほどの強者でも、仲間を失うことはある。
そのことが重くのしかかった自責の念を少しだけ軽くしてくれた。
「ところで何でさん付けなん?」
いや……一応先輩だし?
同じ星付きとはいえ上下関係は大事だよね。
「私なんか終いにはもう1人でいいって言ってアイツを蹴りつけてやったけどな!」
「あ、あはは…………」
暴君と呼ばれる彼女らしいエピソードだね。
白き一角獣っていわば自分達の上司みたいな存在なのに暴力を振るうなんて。
コットンキャンディがチームに入るまでソロで活動してたって聞いたけど……そんな経緯があったんだ。
新しい仲間を無理やり組まされるのに……そして失うのにうんざりして1人になったのか。
「だけどな、カメリア……お前は1人になるな」
「…………うん」
「キャンディのやつがチームに加わって分かった。1人じゃ腐るだけだ」
結果的にはアイリスは一角獣を肯定した。
だけどその提案は精霊とは違う、人間的な思いやりだった。
どんなに強くても、1人では潰れてしまう。
先輩魔法少女としてのアドバイスだった。
「分かった……けど。新しいチームなんて無理だよ」
「あ?何でだ」
「わ、私……人見知りなんだよおおぉぉぉおっっっ!!!」
問題はそこだった。
私を誰だと思っている。
ド級の陰キャだぞ!??
リリィとハイドランシアとの仲だってあんなに苦労して築いたのに!
新しいチームに加入して一から人間関係を築くなんて……無理ゲーすぎるぅぅぅ!!!
そう頭を抱える。
何だかアイリスに呆れた目で見られているような気がするけど知ったこっちゃない。
いっそのことアイリスのチームに入れてもらえたり……しない?
「チッ……なんだぁそりゃ!しかたねぇ、貸してみな!」
「あぇ?」
首から魔法少女のデバイスが掠め取られた。
私のデバイスを手にしたアイリスは空中に映し出された画面をスクロールする。
真剣な顔。
もしかして……私に相応しいチームメイトを探してくれているの?
確かにレッドアイリスであれば魔法少女内で顔が広い。
彼女に教えてもらって一人前になった魔法少女が沢山いるから。
私と仲良くなれそうな魔法少女に心当たりがあるのかも。
あの……おとなしい子がいいです。
「よし、コイツだ」
やがてアイリスはスクロールする手を止めて1人の魔法少女指差した。
「コイツとチームを組め、そうすりゃ問題ねぇ」
「えっと…………どんな方です?」
彼女の指差した魔法少女の名前を見たけど……聞いたことあるような、ないような。
少なくとも会ったことはないと確実に断言できた。
「私の一番弟子だ」
「一番弟子?」
「最初の弟子じゃねぇぞ。私が教えた中で一番出来のいい教え子だ」
えぇ!?
それって魔法少女の中でもかなりの実力者ってことじゃない?
逆に私が釣り合わない気もするけど……
「あいつは私らと同じで、魔法少女に憧れを抱いてねぇ。気が合うと思うぞ」
なる……ほど。
私とアイリスの共通点、魔法少女に憧れを抱いていないし、夢を見ていない。
だからこそ魔法少女の辛い現実を目にしても折れないし、願いを曇らせない。
彼女が私たちと同じだというならば、アイリスが気にいるのも何となく分かる。
失望のない願いは強く、逞しい。
「それにあいつも今のお前と同じく、ソロだ」
「チームを組んでないの?」
「あぁ、1人で活動してる、まぁ理由はちょっと特殊だが」
特殊……どんな理由なんだろう?
まぁ、どんな理由であれ1人で活動できるってことはそれだけ実力のある魔法少女なのだろう。
「すでに出来上がってるグループに混ざるよりはやりやすいだろ」
うん、私のことをよく分かってるね。
すでに完成している仲良しグループに入り込むことほど難易度が高いことはない。
私は陰キャなんだぞ、輪の中に入るのは不得意なのだ。
一対一なら気まずくとも何とかコミュニケーションがとれるかもしれない。
それにあのレッドアイリスが一番弟子と豪語する魔法少女だ。
きっと悪い人じゃないはず!
「ありがとう、とりあえず会ってみるよ!」
ファニー……ダチュラ・メテルか、話しやすい魔法少女だといいなぁ……
……………………………
…………………
……
「みんな〜〜〜ッッッ Let's funny time!!今日も皆んなに元気届ける魔法少女ファニーダチュラ・メテルちゃん、デス(爆!!)」
「はぁ?」
「今日わぁ〜なんとあの話題沸騰中の魔法少女ブラッディカメリアちゃんとコラボでぇ〜〜す!ぱちぱちぱち」
「へぇ゛???」
「ほら、拍手拍手」
「……………………????」
「ノリ悪いなぁもぉ〜」
なに、これ?
えと……早速連絡をとって、今日はレッドアイリスの一番弟子に会いに来たはずなんだけ……ど。
なにこのキャピキャピした少女は?
実力派の魔法少女は一体どこに?
「あ、気おつけてよぉ。一応オンエア中だから」
戦いには全く向かないフリルだらけのメイド服に身を包んだ魔法少女が横を指差す。
彼女が指差す先にはカメラを搭載したドローンが浮かんでいた。
撮影中を示す赤いランプが点灯している。
カメラのレンズに私の惚けたアホ面が反射していた。
オンエア?
待てよ……
不意に記憶が蘇る。
リリィが負傷するより前の記憶。
みんなで魔法少女コレクターズを集めにコラボカフェに行った時の思い出。
そうだ、この魔法少女の名前を私は以前聞いたことがある。
隣の席の人たちが噂してた…………
「配信系魔法少女……ファニーダチュラ・メテル?」
「……?そだよぉ。気安くメテルちゃんって呼んでね!」
な、なんで今更思い出してしまったんだ。
見えてる地雷だったのに。
回避できたのに!!!
「それよかカメリア氏〜お得意の赤面ダブルピース見せてくださいよぉ〜」
「p」
「ぴ?」
「ぴぴぴぴげきぐわぁあああああああッッ!!!!」
「おお!カメリアちゃんお得意のバグり芸だ!生だと迫力が違うね(爆)」
どうしてこうなった!どうしてこうなった!?
私は無自覚にネットアイドルの配信にお邪魔してしまったみたいだった。
電子の海に黒歴史がまた一つ。
唐突に結成された新チーム。
次回、大暴れするファニーダチュラ・メテルに振り回されるカメリアをお楽しみに!
ちなみに(爆!!)は「カッコバク!!カッコトジ」ってきちんと言ってるよ。




