月次試験 2
7/20に内容を大幅に変更しました。以前の内容をご覧になった方は、「第4部分 王女と貴族騎士」から読み直してくれるようお願いいたします。
三国志演義における呂布の見せ場の一つに、劉備、関羽、張飛を向こうに回して一歩も引かなかったというのがある。武勇の高さを表わすのにふさわしいエピソードだ。
この世界の呂布は少女の姿を借りている。だが力は以前より勝るとも劣らなかった。
膨大な数のスケルトンのが押し寄せてくる。だが呂布が槍を薙ぐたびに、粉々になって散っていった。
「どうした! この程度では気晴らしにもならんぞ!」
目は輝き、振るえば振るうほど槍の穂先は鋭さを増す。簡素でどこにでもある一般的な武器だが、呂布が使うことによって名刀にも勝る破壊力を得ていた。
レンネーアは当初、余裕の表情で戦いを見つめていた。だが召喚した多くのスケルトンが砕けていくにつれ、顔は青ざめ、身体には震えが生じはじめた。
「かかりなさい、かかりなさい!」
スケルトンに命じる。恐怖を知らない存在は、武器を手に躍りかかる。それでも呂布がひと薙ぎするたびに敗北していった。盾を持っているが、何の役にもたっていない。
レンネーアは二千体という膨大な数を召喚していたが、見る見るうちに数を減らしていった。
前方に出ていた彼女だったが、スケルトンを盾にしつつ足を滑らせながら後ろに下がっていく。
何度も杖を振るが、十数体のスケルトンが出現したが、それで終わりだった。魔術は使えば使うほど精神力を消耗する。これ以上の召喚はしたくてもできなかった。
「ミ、ミレイユ……!」
声が上ずっている。
「私を救いなさい! あなたも召喚するのです!」
「む、無理ですレンネーア様! 私のような身分のものは魔術を学ぶことを許されてなくて……!」
「それでも私の侍女なの!」
理不尽極まりないが、それだけ彼女は恐怖していた。
呂布の力を得たリーゼラーネの目は爛々と輝き、槍の威力はさらに増している。すでに千体以上のスケルトンを倒していた。槍はついに折れたものの、スケルトンの手から奪い、また攻撃する。
彼女は疲れを見せなかった。そして全身は歓喜に包まれていた。
「この程度か! 烏桓の方がよほど歯ごたえがあったぞ!」
バラバラになった骨が宙を飛び、消えていく。レンネーアは自分を中心に何体ものスケルトンを盾代わりにしていたが、呂布の穂先はあっという間に迫った。
「そこか!」
槍の穂先が右から左、左から右へと薙ぐ。スケルトン最後の一体が粉々になった。
そしてレンネーアとミレイユだけが残された。
「あ……あ……」
レンネーアは恐怖で身体が動かない。槍が喉元に突きつけられる。
「ゴールドとやらも大したことないな。所詮、魔術などというのはお遊びだ」
「そん……な……」
「その首を切り落として城門に掲げてもいいが、訊きたいことがある」
呂布は槍の穂先をレンネーアの喉元に食い込ませた。
「おれ……リーゼラーネをさらい、ならず者に殺させようとしたのは誰だ」
「え……ええ……?」
「おれを害そうとしているのは誰かと聞いている」
呂布は手加減をしない。死ななければいいのだとばかり、喉の皮膚を傷つけた。
レンネーアが悲鳴を上げる。
「やめて、やめて!」
「早く答えろ」
「知りません、本当です!」
「知らないのなら生かしておくことはないな」
「私に袋が届いたのです! 中の手紙をリーゼラーネの部屋に置くだけで、将来の栄光が約束されると! 第六王女ではなく、第一王女になることも夢ではなくなると書いてありました!」
「おれは第八王女だ。わざわざ手出しするまでもないだろう」
「それはそうなのですが……理由はは知りません……」
「その手紙はどうした」
「燃やせと書いてあったから燃やしました……」
呂布は「ふん」と言うと、少しだけ力を緩めた。
「つまりお前も誰かに操られていたということか。ならば命じよう。またお前に誰かが接触してきたのなら、すぐおれに知らせろ。いっさいのつまらん謀はなしだ。ただおれにのみ従え」
「第六王女の私が……」
「元第六王女にしてもいいぞ」
「……わ、分かりました!」
槍を引く。極度の緊張から解放され、レンネーアが地面に倒れた。リーゼラーネは隣のミレイユに目をやる。
「この女を連れて行け。今日のことは他言無用だ」
ミレイユは無言で、何度もうなずいた。
二人の元から離れる。クイラリーとヒルドラックがぽかんとしていた。
「いや……君ってずいぶん強いんだね」
クイラリーが呆れたように言う。
「魔術を使わないのにこんなに戦えるなんて、はじめて見た」
「黄巾の大軍に比べれば、あんなのは雑魚だ」
「なんだか声も態度も男らしいし、君本当に王女なの? 別人じゃなくて」
無邪気な質問だったが、リーゼラーネが慌てた。
(ちょっと呂布様、わたくしに代わってくださいませ)
(なにを急いでいる)
(疑われたら大変ですわ)
(今さらいいだろう。なんならこいつらの口も封じるか)
(代わってください!)
数回まばたきをする。リーゼラーネに戻った。
彼女は男子生徒二人に微笑んだ。
「お見苦しいところをお目にかけましたわ」
「レンネーア嬢となにか話していたみたいだが……」
ヒルドラックの疑問ににこりとする。
「ただの会話です。わたくしの姉ですから」
「仲が悪いのではないのか」
「姉妹はそういうものですわ」
強引に話を終らせる。すると胸元の宝石が青に変化し、足元の地面が輝いた。
「あら……課題を終らせたので学園に戻るみたいですわね」
「僕とヒルドラックはまだみたいだ。もっと周囲を探索してみるよ」
クイラリーの言葉も遠くからのように聞こえる。リーゼラーネはスカートを摘まんで頭を下げた。
「ごきげんよう。ここであったことはどうぞご内密に」
「スケルトンの大軍を槍一本で殲滅したなんて、誰も信じないよ」
「忘れてくださいまし」
リーゼラーネは荒野から消え、次の瞬間には聖メイリナ学園に戻っていた。