月次試験 1
7/20に内容を大幅に変更しました。以前の内容をご覧になった方は、「第4部分 王女と貴族騎士」から読み直してくれるようお願いいたします。
翌日の朝まで、一学年の宿舎は死んだように静まりかえっていた。皆、リーゼラーネのことをうかがっており、会話も外や廊下ですることはなく、仲の良いもの同士で誰かの部屋に集まり、小声でおこなっていた。唯一レンネーアだけが宿舎の外への出入りを繰り返していた。
食事が終わり、月次試験の時間となる。通常の授業はなし。
一年生は男女とも外の広場に集められた。ただ昨日と違って、地面に人数分の魔方陣が描かれており、一人ずつ乗るように指示された。
生徒たち杖を所持している。今日の試験から、魔術の自由使用が解禁されるのだ。今まで学んだ理論を実践に移す機会であった。
杖は一人を除き全員が持っていた。ただ一人の少女だけ槍を肩に預けている。
(槍のおかげでわたくしだけ目立ちますわ)
(そのわりには嫌がらないな)
(呂布様が槍を使いたいのであれば、異存ありません)
金が数回鳴らされた。生徒たちは背筋を伸ばす。試験監督が声を張り上げた。
「月次試験の説明をはじめる」
試験監督はルドガランではなく陰気な中年の男だった。ノルベックといい、高圧的なため生徒たちに好かれていない。
「足元には魔方陣がある。開始の合図と共に諸君等は試験場所に転送させられる。転送先はそれぞれによって異なる。また試験内容も個人で異なる。なにをおこなうかは転送先に手がかりがある」
さらに教師たちが、生徒に首飾りを手渡した。
「それを首にかけろ。先端には水晶がついている」
透明な水晶が陽の光を反射していた。生徒全員同じものだ。
「今回の試験は点数制ではない。手がかりを得て試験を受け、合格すれば水晶は青くなる。失格すれば赤。日没までに水晶を青にせよ。時間切れでも赤くなる」
さらにノルベックは「質問は認めない」と釘を刺した。
説明を聞いた生徒たちに緊張感が高まる。昨日受け取ったばかりの杖をお守りのように握りしめているものも多かった。
「ではただ今より、試験を開始する!」
鐘が鳴らされる。同時に足元の魔方陣が輝き、浮遊感に包まれた。
◇ ◇
頭がくらっとしたのは一瞬のことで、リーゼラーネは聖メイリナ学園から遙か遠い場所に飛ばされた。
遙か遠いと思ったのは、転送先が草のまばらに生えた荒野であり、四方を見回しても一軒たりとも建物が無かったからだ。
荒野はうっすらと霧がたなびいており、視界が良くない。時々晴れるがすぐに悪くなった。
「さて、いったいどのような試験なのでしょう」
リーゼラーネが呟く。
「わたくしたった一人、心細いですわ」
「試験の手がかりとやらはあるのか」
「どこにもそのようなものは……」
彼女は歩こうとして、「きゃっ」と声を上げた。
躓いて転びかけたのだ。足元には、事件に埋められた石があった。
「びっくりしましたわ。どうしてこのようなものが」
「なにか書いてあるな」
よく見るとただの石と思ったものは石板だった。表面が平たく削られており、文字が彫られている。
リーゼラーネは目を凝らした。
「……一年生生徒リーゼラーネ月次試験課題。女を一人倒し、勝利せよ、とありますわ」
「簡単だな」
「ノルベック先生にしては分かりやすい課題ですわ。いつもは意味を理解するのも一苦労の長い文章ですのに」
「倒す相手を探す必要があるな」
背後から、がさりと草を踏みしめる音がした。リーゼラーネは槍を握りしめて振り返った。
「何者です!」
「僕だよ」
敵意はないとばかりに、軽く両手を上げた男子生徒だ。クイラリーである。
「寂しいところに転送されたなあと思ったんだけど、君がいるなんて」
リーゼラーネは槍を肩にかけた。
「お一人なのですか」
「友達もいる」
彼の隣にいるのは眼鏡の男子生徒、ヒルドラックだった。ヒルドラックはわずかに顔をしかめている。
「友達とはなんだ」
「僕の友達だろう」
「止めて欲しい。お前を友達にしたつもりはない」
「またまた。僕のことが好きなんだろう」
聞くところによると、この二人は縁もゆかりもなかったのだが、入学式で意気投合して行動を共にするようになった。ただてさえ目立つ二人だったが、共に歩くだけで目を引くようになったらしい。
「お二人は、試験攻略の手がかりを得たのですか」
「一応ね」
クイラリーは、南の方向で課題の書かれた石板を見つけたと言った。
「荒野から脱出せよってあったんだ」
「それもノルベック先生にしては簡単な文ですわね」
「僕だけじゃなくて、ヒルドラックも同じだった」
眼鏡の男子生徒はうなずいた。
「わたくしは女を一人倒すのだそうです」
「おや。だったら僕たちは違うね」
「ええ。女子生徒だったら攻撃していたかもしれません」
警戒をすぐに解いた理由がこれだった。クイラリーは「怖い怖い」と言っている。
「ルドガラン先生に突っかかったのもそうだけど、君って血の気が多いねえ」
「淑女に対する言葉とは思えませんわ」
「そういう娘は好きだよ」
彼は明るく笑っていた。
霧はまだ荒野にたなびいている。さきほどまで違い、徐々に晴れつつあった。
「わたくしたち三人だけでなにをさせようというのでしょう」
「どこかに移動しなきゃいけないのかな」
「……どうもそうではないな」
最後の言葉はヒルドラックだ。ずっと霧の向こう側を見つめている。クイラリーが聞き返す。
「どうして」
「誰かいるぞ」
同時に霧が晴れた。
視界がはっきりする。そこには少女が二人いた。
一人は第六王女レンネーア。もう一人は侍女のミレイユである。やはり転送されてきたのだろう。
レンネーアはクイラリーとヒルドラックを見て顔を輝かせた。だがリーゼラーネを見つけてすぐにしかめる。
「……レンネーア。我が妹。男性二人と一緒に、なにをしているのです」
「ただ飛ばされただけですわ」
リーゼラーネは言い返した。
「なにを考えているのか知りませんが、わたくしは月次試験をおこなっているだけです」
「ふん。どうせ試験にかこつけて、男性によからぬことをするつもりだったのでしょう。まったく姉妹の恥ね。しかも相手がクイラリー様とヒルドラック様なんて」
彼女は手に杖を持っている。先端の金を見せびらかすようにしていた。
「やはり罰を与えないと駄目なようね」
「あなたにそんな権利がありますの」
「ええ。ありますとも。私の課題がなにか知ってるかしら」
隣のミレイユが紙を拡げる。レンネーアが受け取り、掲げた。
「私の課題は、女を一人倒し、勝利せよです。その女とはつまりあなた、リーゼラーネのこと」
杖をこちらに向ける。
「これはあなたに罰を与えてよいという学園からの許しでもあります!」
リーゼラーネは聞きながら首を傾げた。なにかおかしい。自分の課題は石板に彫られており、クイラリーとヒルドラックも同じだった。どうしてレンネーアは紙に書かれているのだろうか。
彼女の心の内を察したように、レンネーアは笑った。
「ルドガラン先生と話し合ったのですわ。生意気なリーゼラーネにはお仕置が必要だと。だからあなたをわざわざここに転送させて、私と戦うようにしたのです」
「呆れました。よくそんなことができたものです」
「私はゴールド級で王女でもあります。ルドガラン先生には王宮魔術師への栄転を約束しました」
つまり地位で釣ったということだ。聖メイリナ学園の教師も決して低い地位ではないが、王宮魔術師はそれを遙かに上回る。栄達という欲に逆らえるものは多くなかった。
「さあリーゼラーネ。大人しく私に跪くのです」
リーゼラーネがなにか言い返そうとした途端、男子生徒が二人進み出た。
「聞けば聞くほど、とんでもない話だ」
「学年長として見過ごすわけにはいかんな」
クイラリーとヒルドラックが杖を手に、リーゼラーネの盾になるよう動いている。
レンネーアはにやりとした。
「クイラリー様にヒルドラック様。私のやることを見逃した方が身のためです。そうすれば私の夫候補になれます」
「好かないやり方だ」
「そうかしら」
ヒルドラックの台詞を否定するや、レンネーアは杖を振った。先端の金が輝き、光が地を這う。
荒野が揺れた。
地面のあちこちが次々に盛り上がる。地中から押し出される形で穴が開き、中から頭、腕、そして胴体が現われた。
出てきたのは人の形をしているが人ではなかった。骨のみでできた兵士、骸骨兵であった。
スケルトンは剣か槍、そして盾を装備していた。一見して戦闘目的だと判断できた。
「わたしはかねてより召喚魔術に興味を持っていまして」
レンネーアが誇るように言う。
「契約魔術の儀を終えた暁には、ぜひ試してみたいと思っていましたの」
「すげえ数だ……」
クイラリーが呟く。荒野を埋め尽くさんばかりのスケルトンが出現し、敵意を向けてきていた。
「これがゴールド級の力です」
「僕たちはプラチナだ」
「でもこれだけの数を相手に、息切れせずに戦えますか? 私が召喚した数、二千体ですのよ」」
さすがのクイラリーも、押し黙った。
彼女の言葉には一理あった。いかにプラチナ級の魔術が強力とはいえ、次から次と襲われてはいつかは力が尽きる。対抗する魔術もあるが、一年生ではまだそこまで習得していない。
レンネーアは勝ち誇った顔つきだった。
「クイラリー様。ヒルドラック様。私が興味あるのはリーゼラーネだけです。食堂での屈辱をさえ晴らせば、あなた方には手出しはしません」
「……いや、騎士として引き下がるにはいかない」
クイラリーは言った。
「か弱い方の淑女を守るのが務めだ」
「お前に賛成だ」
ヒルドラックも同調する。二人はリーゼラーネを守るように前に立つ。
だがリーゼラーネは文句を言った。
「ちょっと。わたくしの意見は聞いてくれませんの?
「僕たちがなんとかする。その隙に逃げるんだ」
「馬鹿な考えはお捨てになって」
リーゼラーネは二人を押しのけ、さらに前に出た。手には一本の槍。
「この程度相手、問題にはなりませんわ。ねえ呂布様」
「うむ」
彼女はつかつかと歩く。スケルトンに近づくや、いきなり槍を振った。
風圧と衝撃。数十体のスケルトンが砕けて舞った。
「な……なにごとです!?」
目を剥くレンネーア。リーゼラーネは呂布の声で言う。
「ならず者を斬った後は、殴ったり足を引っかけたりと不満ばかり溜まった。この相手ならやりがいがある」
「呂布様、やっちゃってくださいませ」
「無論!」
呂布の操るリーゼラーネは、地面を蹴ってスケルトンの群れに突っ込んだ。